重い懺悔とともに
この話から暫く重い話が続きます。
「それで……、懺悔というのは?」
どんな話かは分からないけれど、あまり良い話にはならない気がした。
「既にお気付きだとは思いますが、私は、クレスと関係を持ちました」
「へ?」
年上のおね~さんからの衝撃な告白。
関係って……、その……?
「勿論、男女の関係です」
うわ~!?
はっきりきっぱりあっさり言った~!
見かけによらず堂々とした人だ!!
ある意味、格好いい!
「本来、占術師はそうなると力を失います」
「え?」
力を失うって……。
「占い……占術の力がなくなるって事ですか?」
「そうです。尤も……、完全になくなるわけではないようですが」
そう言って……、彼女は自分の手を見つめていた。
「えっと……、なんと言ったら良いか分からないんですけど……。その、そうしたらお仕事は引退ですか?」
「そうなります。術の能力が劣った占術師に仕事は来ないでしょう」
それを承知でこの人は……その……楓夜兄ちゃんと……?
「ちゃんと後継者はいますから……、その点に心配はありませんよ」
「いえ……、そういった心配はしてません……けど」
職業を選ぶのは本人の自由だし、それを知っていてこの人は楓夜兄ちゃんを選んだのだから、第三者であるわたしに何かを言う権利は無い。
「それほど楓……、いえ、クレスノダール王子殿下のことが好きなのでしょう? それなら、それで良いと思いますよ」
この時……、わたしは単に彼女は……、誰かにそんなことを言って背中を押して欲しかったのだと思った。
占術師の能力を失っても尚、貫こうとする気持ちを応援して欲しかったのだって勝手に思ってしまった。
でも、全然本当は違ったのだ。
そのことに気付いていたら、あんな結果にはならなかっただろうか?
「逆です」
「え?」
「私たちは本来、そんな関係になってはいけなかった。いけないはずだったのです」
彼女はそんなことを言い出した。
これこそが、彼女の懺悔だったと気付くのは、その理由を知るずっと後。
「な、何故?」
「それは……言えません」
わたしの問いかけを彼女は拒絶する。
「相手が王子殿下だからですか? 身分違いだから……とでも?」
「そう言うわけではないのです。でも、私たちはそうなってはいけなかった。私が全て悪いんですから」
「何故です? 実は、クレスノダール王子殿下のことが……、好きではなかったと言うのですか?」
わたしがそう言うと、彼女は一瞬、大きく目を見開き……。
「違います! そうではない! それならこんなに苦しまなかった。私は……、私はっ!!」
さらに、大粒の涙を零し始めた。
自分より年上の……、それも大人の女性がこんな風に感情を剥き出しにして泣く姿なんて、映画やドラマでしか見たことがないので、戸惑ってしまう。
こんな時どんな言葉をかければ良いのだろう?
まだお子様のわたしにできることなんてあるのだろうか?
でも、この人はそんなことを少しも気にせずに続ける。
「私が……全て悪いのです! 全てを知っていて彼にに惹かれてしまった。何も知らない彼に罪はないのに……、王子にも……、王子にも、まさか……王子がっ!!」
「好きならそれで良いというわけじゃないのですか?」
「いけないことです。私たちが惹かれ合うこと、それ自体が大罪なのです」
「好きなのが……、罪?」
そんな馬鹿な……。
他人を好きになることが罪になるなんて……、絶対におかしいと思う。
思い込みの激しい強い愛は、自分を救えずとも、この世界を救ってしまうはずなのに。
「いずれ……、シオリ様もお分かりになります。私たちの罪が……」
それは真実なのか。
その言葉が予言なのかどうかなんて、今のわたしには分からない。
「そして……、その時、知るでしょう。私の穢れを……」
「人を好きになるのが穢れているわけないじゃないですか!」
これ以上、彼女のそんな言葉を聞いていたくなくて、思わず、わたしは叫んでいた。
「いつ、どこで、誰を好きになっても、そのこと自体に罪なんて絶対にありません! 人を好きになれないと言うのならともかく、そこまで深く……、自分を傷つけてしまいたくなるほど人を好きだっていうのに、何故そんなことを言うのですか?」
彼女は、明らかに極端な考え方に寄って……、いや、酔っている気がした。
そんなにボロボロに泣くほど、楓夜兄ちゃんのことを好きだって言うのに、どうしてそんなことを言うのか?
「愛せば愛するほど……、深くなるのは愛だけではありません。罪もまた、同じ」
「え……?」
「誰もが、幸せになるばかりではないのですよ、愛というものは……」
「そ、そりゃ……、そうかもしれませんけど……、それでも!」
人を好きになることが悪いことにもなるなんて思いたくもない。
わたしはまだ、この人のようにここまで激しい感情を持ったことなんてないけれど、それでも人を好きになることが間違っているのなら……、それは多くの人間の存在を否定することになってしまう。
「私は……、あの人と出逢わなければ良かったと思います」
「何故!?」
この人はそんな重くて哀しいことをいうのか分からなかった。
そして、そこまで言われたら……、楓夜兄ちゃんはどう思うのだろう?
「でも、何故でしょうね。そう思えば思うほど……、考えれば考えるほど、本当に出逢わなければ良かったとは思えなくなるなんて……。……矛盾してる」
そう言って、彼女は海を見ながら涙を零し続ける。
何かを見つめる瞳。
でも、多分、彼女の瞳に海は映っていない。
何故か、そう思えた。
「それが……、貴女の懺悔ですか?」
好きなのに、そう思うことがいけないことだって思わずにはいられない。
それなのに、そう思えば思うほど、相手を想わずにはいられない。
確かにそこにあるのは矛盾した感情なのだろう。
でも……。
「いけないことだって否定したところで、貴女がクレスノダール王子殿下のことを好きだってことは変わらないと思います」
人の気持ちってのは、理屈じゃないってことは、まだ恋愛経験の浅いわたしだって分かることだ。
それなのに、何故ここまで彼女はソレを否定しようとするのだろうか?
ここまで来れば、まるで意地になっているだけのようにも見える。
楓夜兄ちゃんへの想いを否定することで……、何かを保とうしているように……。
「ええ、シオリ様……。本当は私にだって分かっているんですよ。クレスのことを忘れるなんて出来ないことぐらい。でも、それが私や……後に王子を苦しめる事になるのも目に見えているのも分かっているんです」
「だから、それは何故なのです!?」
そこを言ってくれなければ、その理由も分からないし、わたし自身も納得できない。
「ストレリチアの……、ベオグラーズ様にお会い下さい。あの方が全てを知っています」
「え?」
不意に、見知らぬ人の名前を出された時、一瞬だけ、彼女の瞳が光った気がした。
そして、そんなことを突然、言われたためか、頭が対応できなかった。
いや……、それどころか、身体が全く動かない!?
「こ、これは……、一体……?」
指や口が、微かに動かせる程度だった。
でも……なんでいきなり?
さっきまであれほど動けたのに。
「私は占術師。だから、それ以外の力である法力や魔法は不得手です。でも……、たった一つだけ、王族すらも縛れる禁呪を得意としています。そして……、それはこの国の結界にも影響はないもの。尤もそれを知っているのはこの国の国王陛下だけですけれどね」
その言葉で……、この状況は、彼女が起こしたことだと分かる。
でも、それ以上に……。
「禁……呪?」
その響きに覚えがあった。
それはわたしの護衛をしてくれている九十九や雄也先輩を魂から縛り付けているモノ。
その名は……。
「貴女もご存知のようですね。大丈夫……。ほとんど害はありませんから。でも、不思議ですね。本当は喋ることも出来ないように命令したのに……。正式な術式ではなかったからということもあるでしょうけど……」
そう言って……、彼女は微笑みながらわたしを見た。
その笑みは、先ほどまで涙を零し、悲観的なことばかり言っていた人と同じ人間と思えないほど穏やかで……。
「それでも、私が教えて頂いたコレは、『眼差』……、眼で行うものです。王族であってもその動きは多少なりとも拘束できるはず……。やはり封印されてはいても、精神に作用するものに対して、その抵抗力の高さは、血でしょうか」
「な……何を……?」
この人は言っているのか?
「ご無礼をお許しください。セントポーリアの王女殿下。でも、こうしなければ、貴女はきっと私を止めようとして無茶をされる。貴女をこのような愚かな女のために、犠牲にするわけにはいきません。貴女はいずれ……、世界を導く……」
何を言っているか分からない。
わたしにそんな力なんてないのに。
でも……、身体は動かせない。
そして、思うように、言葉が出てこなかった。
そんなわたしを見て、彼女は、穏やかに微笑んだ。
それはもう何かを捨て、悟りを開いたかのように。
わたしは、なんとなくその笑顔に不吉なものを感じる。
「私の懺悔……、罪は、クレスノダール王子殿下を愛してしまったこと。そして、その罪は裁かれなければなりません」
「なっ!?」
そうしてふわりと、彼女の身体が後ろに流れ……。
「さようなら。導きの魂を持つ少女。聖女の資格を得ながらも、聖女を否定する貴女に心からの祝福を……」
「ま……っ!?」
何かに吸い込まれるように、その姿が目の前から消えてしまった。
わたしは……、動けなかった……。
例え、彼女の手によって縛られていなかったとしても、動くことなどできなかったかもしれない。
それほど目の前で起きたことはひどく、現実離れしていて……。
―――― こんな酷い夢から早く覚めたかった。
それからほとんど間もなく、呪縛が解けたのか……。
わたしは、その場に座り込んだ。
何も考えられない……。
頭の中が真っ白なのに何かが忙しくグルグルと回っているような気がする……。
動くことも出来ずに……、ただ、そこにわたしはいたのだ。
****
「高田……? どうした?」
気が付くと……、何故か、いつの間にか、九十九が傍にいた。
「え……?」
通信珠を使ったわけでもないのに、なんで彼がここにいるんだろう?
「おい? どうした? なんか……顔に生気がないぞ?」
ホントにいつも、肝心な時に、必要な時に限って……、アレを使わないんだろう。
わたしってヤツは……。
本当に……。
救いようがない……。
「お、おい!? どうした? オレが悪いのか!?」
九十九が妙に慌てている。
ああ、なんか景色が歪んでいると思ったら……、わたしは泣いてるんだ。
「おい? 高田?」
それでも……、彼は声を掛け続けてくれた。
だからだろうか……?
「九十九……、わたし……、わたしっ!!」
そう言いながら、彼にしがみつく。
人を見殺しにしてしまったんだ。
助けられる距離にいたのに、手を伸ばすことすら出来なかったんだ。
誰も助けを呼ばなかったんだ。
「わたしは……、人を……っ!!」
ここまでお読みいただきありがとうございました。




