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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟罰ゲーム編 ~

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スタンピードに備えて

「貴女はどうやって、その集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)を乗り越えたんだい?」


 長い長い前置きの後、ようやく、俺は本題を口にできた。

 そして、それに対する答えは……。


「根性」


 なんとも前向きな言葉だった。


 ああ、うん。

 アレは根性がないと乗り切れないな。


 理屈としては分かってしまうから何とも言えない気分になる。

 そんなわけあるか! ……と、彼女の言葉を否定できないのだ。


「具体的な手段は?」

「それは陣形の話? それとも使った魔法の種類の話? 迎え撃った場所? 時間帯? それにかけた時間? 犠牲者の数? 負傷者の数? かかった金額? 雇った人間の数? それから……」


 思ったよりも詳細を話してくれるつもりらしい。

 そして、それだけつらつらと出てくる辺り、それらを全て覚えているのだろう。


「話を聞く限り、いつもの魔獣討伐と違って、事前準備の間も碌になかったと思うが、知らせを聞いてから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、まずはそこが知りたい」

「……珍しい所を突くな。だが、そんなところは先輩らしい」


 俺の言葉に水尾(ルカ)さんは笑みを零す。


「私が王配に言われたのは、魔獣たちが城下に迫っているから早く出ろってことだった。|あの時は、確か、2時間《二刻》後、城壁のどこかに到着予定だったかな~」


 さらりと言われたが、かなりとんでもない話だった。


 そして、狂ったように走りくる魔獣の群れが、そんな状況になっても誰にも気付かれなかったとも思えない。


 仕組まれたか。

 隠されたか。


 そう邪推してしまうのが自然だろう。


「それで、私はすぐ城下の酒場に駆け込んで、後で浴びるほど呑ませてやるから、()()()()()()()()()()()()()()って叫んだ」

「そこは死にたい奴だけついてこいという場面ではないのか?」


 向かう先は狂った魔獣の群れだ。


「あの場所で何も気付かずに呑んでいたら死ぬだろ?」


 けろりとした顔をそんなことを口にする王族。


「酒場に飛び込んだ理由は?」

「アリッサムは、休日の騎士とか、流れ者、旅人、探検家、行商人とかは酒場に集まりやすかったんだよ。騎士団に要請しない、できないような個人的な依頼(厄介事)がそこにある掲示板に貼りだされたからだろうな」


 それは理解できる。


 セントポーリアは城内や城下の公的な掲示板、商店の看板下設置する広告板、他には聖堂内、宿泊施設、酒場や娼館、変わったところでは個人の家の側面などに貼り出されるのだ。


 余談だが、セントポーリア城下にある娼館は、「ゆめの郷」とは異なり、貴族たちが自分の情人(情婦や情夫)を置く施設である。


 家に置くことができないような秘密の愛人たちをその施設内で囲うわけだ。

 そうまでして、婚約者や配偶者以外の情人(相手)を自分の管理下に置きたいのかは謎である。


 セントポーリアの「ゆめの郷」は、城下から離れているから、秘密裏にこんな施設ができてしまったのだろう。


 そして、城下に店を開く時は、当然ながら国の許可が必要だ。


 さらに言えば、その施設利用は登録制となっており、利用者たちについてセントポーリア国王陛下が全て把握しているのは、一部の文官にしか知られていない事実である。


 その意味を理解できた後、無知というのは実に恐ろしいものだと思った。


「いきなりそんなことを叫んで信用してもらえたのかい?」

「ああ、()()()()()()その酒場にはしょっちゅう、()()()()()()()からな」


 それだけ聞くと、とんでもない話のようだが、この世界に飲酒の年齢制限はない。


 ……いや、彼女は王族だった。

 問題しかない。


 王族が幼い頃から城下の酒場に出入りして、よく無事だったなとも思う。


 立場的に王女を警護する人間たちはいただろうけど、それでも、酔客たちの前が危険なことに変わりはないのに。


「初めてそこに連れて行かれたのは、4歳。最初の魔獣討伐戦直後だった。その頃から、4,5年近くも出入りしていれば、顔見知りも増えるし、それなりに話もできる」


 かなり幼い頃からそこに行っていたのだろう。

 だが、連れて行かれたという時点で、本人の希望でもなかったようだ。


 当然か。


 いくらこの世界の飲酒に年齢制限がなくても、4歳から酒場に生きたがる王族などそう多くはないだろう。


 連れて行った人間は、一体、何を考えていたのか。


「私をその酒場に連れて行ったのは、当時の聖騎士団長だ。集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)の兆候で変質した魔獣たちを討伐した後、魔法力回復のためと称して連れて行かれた」

「…………なるほど」

「それで理解できてしまうのが、先輩だよな」


 水尾(ルカ)さん……いや、ミオルカ王女殿下は苦笑した。


「酒精は魔力を一時的に強くする。そのために魔法力の回復量は上がるだろう。それ以外に体内魔気がいつもより放出され、自己治癒能力の向上や身体強化をされたような感覚になるということぐらいは理解できる」


 当然ながら、自身の体験だ。

 俺は5歳の時、そして弟も5歳になった後に、師から酒を飲まされている。


「そう。魔力が強くなるから、必然的に魔法力の回復量も上がり、怪我も治りやすくなる。だから、聖騎士団も魔法騎士団も、酒を飲むことで、常日頃から有事に備えていたらしい」


 馬鹿らしい。


「飲酒は、一時的な魔力の強化、気分の向上、識覚の鋭敏化は確かにある。だが、同時に判断力、集中力、運動能力、思考力、作業能率の低下も起こる。5歳未満であれば、身体機能や精神面への影響も大きい。回復のために、4歳児を酒場に連れて行くなど信じられんな」


 飲酒の効果を否定する気はないが、常日頃から酒場に行って有事に備えていると口にするのは何か違うだろう。


 しかもまだ身体ができていない幼児期に呑ませるのはこの世界でも推奨されていない。

 王族であればまだマシかもしれないが、それでも普通の環境ではないと言えよう。


「……先輩は、()()()()()()()()()()よな」


 どこか呆れたようにそう言われた。


「血は繋がっているからな」

「そこまで体内魔気が似ていて、血の繋がりが全くなかったらビックリするよ」

「そうか」


 あまり意識はしていなかったが、魔法国家の人間の目から見ても、俺たち兄弟の体内魔気は似ているらしい。


「その酒場にいた人間たちは、貴女のことは知っていたのか?」

「知っていた。最初に行った時、当時の聖騎士団長が初っ端から私のことを伝えたから」

「迂闊な」


 それだけでも、飲酒が正常な判断力を失わせていることがよく分かる。


 国が守るべき王族を不特定多数が出入りするような場所へ連れて行くだけでも十分、頭が痛くなるような行動だというのに、それを聖騎士団長自ら公言するとか。


 どれだけ危機意識が足りていないのか。


 勿論、守り切る自信があるからと言われるだろうが、それでもやはり、考えが足りているとは言い難い。


「聖騎士団は魔法騎士団よりも庶民が多く、貴族出身が少ないからな。()()()()()()()()()()()()()()()のは仕方がないんだよ」


 そして、彼女自身はその行動の何が悪いかも理解している。


 尤も、4歳だった当時は、そのことが分かっていなかったから、素直に同行したのだと思うが。


「まあ、悪いことばかりじゃなかったよ。酔っぱらいたちの相手は面倒だったけど、そのおかげで、集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)が起きた時の私の叫びはすぐに伝わり、受け入れられ、その場にいた酔客たちはすぐに行動してくれたんだからな」

「それは結果論だろう?」

「そうだよ。でも、自分たちよりも酒精に強く、強大な魔法を操り、魔気の護りも強力で、不意打ちにも対応できる。そんな人間に悪さできる度胸を持つ人間なんてそう多くないだろ? 何より、自分の居場所を守るためにも、私を煽てていた方が奴らにも利益になる」


 少なくとも、魔法国家アリッサムでは、表立って幼い王女に悪さをしようとする輩はいなかったらしい。


 運が良かっただけか。

 それとも、それだけ周囲によって守られていたのかは分からない。


 勿論、彼女が言うように恩を売って取り入ろうとした打算もあっただろう。

 王配である父親から疎まれていたとしても、彼女の母親こそが、国で一番高い場所にいたのだ。


 しかも、女王陛下の発言から、彼女は愛されていた。

 それを知って尚、彼女に危害を与える理由は少ない。


 だが、世の中、そんな甘い人間ばかりではない。

 考えが足りない人間は何をしでかすか分からない怖さがある。


 尤も、今になってそんなことを言っても、仕方ないのだけど。


「それで、貴女はその酔客たちを引き連れて魔獣の群れの前に立ったということだね?」

「いや、その場に立ったのは第三王女だけだった。酒場で昼間っから飲んだくれていたやつらには避難誘導や、王女が討ち漏らした魔獣の後始末を頼んだ。あの状態で戦力に数えるのは無理だろう」


 その言葉が表す意味は……。


「十年前、聖騎士団も魔法騎士団もいない時にアリッサム城下の近くで集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)は起こった。そして、知らせを受けた聖騎士団が戻るまで、アリッサムの第三王女はたった一人でその場を守り続けたんだ」


 第三王女殿下には本当の意味での味方がいなかったということだけだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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