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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟罰ゲーム編 ~

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冷却時間

「美味しい……」


 緑色の髪、青い瞳の女性は、カップを持ち、そう呟く。


「それは良かった。冷えても大丈夫なお茶だから、ゆっくりと味わっ……」


 俺が言い終わる前に、ごっきゅ、ごっきゅっと、淑女の口や喉の辺りから聞こえてはならない音が出た気がする。


 いや、気のせいだ。

 俺は何も聞かなかったし見なかった。


「おかわり、いるかい?」

「いる」


 そう言いながら緑髪の女性はカップを差し出す。

 俺はそのまま、ポットからお茶を注いだ。


「美味しい……」


 今度は静々と、気品ある仕草でそのお茶を飲んでくれた。

 そして、一息吐くと……。


「先輩は座らないのか?」


 こちらに青い瞳を向けて、一言そう口にした。


「座ると、すぐに動けないからね」

「でも、そんな恰好で立っていられると、落ち着かない」


 まあ、今の俺は高校の学生服姿だからな。

 そんな人間が近くで立っているのはあらゆる意味で落ち着かないだろう。


「今は、すぐに動く用事もないだろ? 座って。高校生のガキを立たせて喜ぶ趣味はない」

「だが……」

「良いから座って。身分を気にするなら、今の私はカルセオラリアの王城貴族だから、同じ王城貴族である先輩と身分差はない」


 そう言いながら、軽くテーブルを叩いた。

 座れと言うことらしい。


「そこまで言われたら、断れないな」


 これが実際、普通の王族と護衛の関係ならば気にもならなかっただろう。


 だが、俺と目の前の女性の関係はちょっと特殊だ。

 だから、俺はそうでもないが、彼女の方は落ち着かない。


「なんで、高校の時の制服なんだ?」


 女子生徒の制服はともかく、男子生徒用の学ランと呼ばれる黒の学生服の見分けは付かない。


 中学校、高校ともに男子生徒用の学ランと呼ばれる学生服は、ほぼ統一規格らしいのだ。

 ただ中学の時の学生服は、黒に近い紺色だったが、目に見えて分かる差異などそれぐらいだった。


 それでも、この距離ならば、校章が刻まれたボタンは目に入るらしい。


「罰ゲームだよ」

「それは聞いた。何の罰だ?」


 さて、なんと答えたものか。


「貴女はこちらの事情をどこまで知っている?」

「仮面舞踏会に行った高田が、そこで会った友人の命を助けるために、いつものような創作魔法を使ったために、通常の魔法力枯渇よりも重篤な症状を引き起こして、その回復のためにセントポーリア城下で休養中って所まではトルクから聞いている」

大凡(おおよそ)、間違ってはいない」


 大筋では間違っていない。

 そこからさらに複雑な事情がついて回るだけの話だ。


 その仮面舞踏会で会った主人の友人がミラージュと呼ばれる国の王族だったり、創作魔法の詠唱が人間界の(りゃく)拝詞(はいし)と呼ばれる祝詞だったり、その身体に宿っている神の意思を一時的とは封印に成功したり、その封印が恐らく大神官を越えるものだったり、その結果魔法力の枯渇どころか魂まで影響があったり……など、軽く思い出せるだけでも眩暈がするような事実が並んでいるだけのことだ。


「後は、その友人ってやつの髪の色が紅かったことも聞いた」

「なるほど。そこまで知っているならば、話は早い。結果として、俺たちは主人を守れなかったため、俺も弟も処罰を願ったわけだ」


 厳密に言えばかなり違うのだが、主人を守れなかったのは事実だ。

 そして、直接的な理由を言ってしまえば、確実に俺はこの場で焼き尽くされる。


 だから、一部しか伝えないことにした。


「護れなかったって……。友人を守ろうとしたのは……、つまり、また高田のお節介ってことだろ? なんで、いちいち厄介事を背負うんだろうな」


 そう言いながら溜息を吐く。


 それでも、彼女はその友人を放っておけとは言わない。

 それは、彼女自身が放っておけないタイプの人間だからだろう。


 貴い血を引く人間が持つには、甘く脆い感情。

 だが、そんな感情に惹かれる人間もいるのだ。


「今回の貴女と同じだよ」

「あ?」


 俺の言葉に不思議そうな顔を向ける。


「他国の集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)など放っておけば良い。それなのにわざわざ渦中に飛び込むなど、正気の沙汰ではないという話だ」


 そう指摘すると、その表情は険のあるものに変わる。


「先輩も、私が間違っているって言うんだな?」


 先ほどまでの苛立ちも思い出したのだろう。

 落ち着いたと思った口調に棘が復活した。


「いや、別に間違っているとは思っていない」

「嘘吐け」

「俺は嘘を吐かないよ」


 そう言ったところで、信じてはもらえないだろうけどな。


「他国の集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)は放っておけばいい。この考え方は一般的だと思う。普通の人間に、アレに立ち向かえというのが間違っているだろう」

「先輩……?」


 視界を埋め尽くすほどの魔獣の群れ。

 それも通常ではなく、狂気に狂った猛々しい魔獣だ。


 並の人間なら、恐れ、怯え、平静を失っても仕方がない。


「俺も集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)を体験したことはある。正直、あんなものに何度も巻き込まれるのはごめんだと思った」

「先輩も……? それは、幾つの時だ?」

「4歳で魔獣退治を始めた貴女よりはマシな年代だよ。10歳にはなっていなかったけどね」


 あの時、俺は学習した。

 セントポーリア国王陛下に不用意な発言は許されない、と。


 まさか、魔獣退治を経験したいと言っただけで、あんな場所に連れ出されるとは思ってもいなかったのだ。


 あの頃のセントポーリア国王陛下が通常の魔獣退治に出る機会はほとんどなかったことを知らなかったことも悪かっただろう。


 無知は罪である。


「セントポーリア()そんなに酷い状態なのか? その……、10歳にもならなかった先輩を集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)に参加させなければならないほど?」


 この様子から、自分が置かれていた環境が酷かったという自覚はあるらしい。


「いや、魔獣退治をしてみたいと願ったら、連れて行かれただけだな」

「ちょっと待て? 集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)は、通常の魔獣退治とは全く違うぞ!?」


 そうだな。

 今の俺もそう思っている。


 だが……。


「その違いを知る前に、いきなり連れ出された。あの当時の俺に選択肢などない」


 あの頃の俺は本当に無知だったのだ。


 尤も、セントポーリア国王陛下ならば、わざわざ俺を連れて行かなくても問題なく対処できただろう。

 寧ろ、俺がいない方が楽だったと思っている。


 足手纏いを背に置き、気を配る必要はなかったのだ。


 だが、思いの外、あの現場で俺が使えてしまったらしい。

 使えると判断したモノは使い倒せるまでまで使うのが、セントポーリア国王陛下という人間である。


 その結果、俺はあの場で何度も使い倒されることとなった。


「は? それって、もしかしなくても、先輩の初陣ってことか?」

「そうなるな。それまでは召喚獣以外の……、普通の野生の魔獣と戦った経験はなかった」


 まあ、その召喚獣はミヤドリードが召喚した魔獣で何度も半死半生の目に遭ったり、神獣に近いと言われている希少な魔獣である翼が生えた大蛇(ラステクリタウォク)だったのだから、魔獣戦自体は全く経験がないとも言い難かったのだが。


「え? でも、九十九は魔獣退治の経験はないって……」

「ああ、ヤツは最近まで魔獣退治をしたことはなかったはずだ。俺と弟が行動を共にするようになったのは、ここ三年ほどだな。人間界にいた頃も、基本的には別行動が多かった」


 人間界に行ったばかりの頃は、流石に行動を共にしていた。


 あの国は、5歳や7歳の子供が単独で行動すると、親を探されてしまうのだ。

 だが、兄弟で行動している分には微笑ましく見守られるらしい。


 それでも、弟が小学校へ入学した後、友人たちと行動する、習い事をするなど、理由があれば一人になることも不自然ではないと気付いてからは、別行動が増えていった。


 それでも、兄弟で同じ家に住む以上、顔を合わせることはしている。

 互いの報告もあったからな。


 だが、その頃には一緒に同じ場所へ向かい、何かをする機会というのはあまりなかったように思える。


 共に動くことが増えたのは、主人の護衛任務が主になってから……、つまり、この世界に戻ってからだ。


 それでも、互いに単独行動の時間は作っている。


「だけど、そうか。先輩も……アレを知っていたのか」

「シルヴァーレン大陸のものだけだな。それも一度きりだ。以降は、お呼びがかからなかった」


 あれ以降は、未然に防ぐことができているのだろう。


 セントポーリア国王陛下も過去の歴史を再確認し、集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)の発生しやすい場所を常に気を配っている。


 さらには、セントポーリアだけでなく、隣国のユーチャリスとジギタリスにも人を定期的に派遣しているのだ。


 それだけ警戒すべきことだというのが分かる。


「それならば、その危険性も知っているだろう? アレを放置してはいけないって分かるだろう?」

「分かるよ」


 俺がそう答えると、その青い瞳の女性は分かりやすくホッとした顔を見せた。


 先ほどまで、姉から散々、言われていたのだ。

 だから、賛同を得られると思ったのだろう。


「だけど、それを貴女が対処する必要がないと言いたくなるリア嬢の心境も分かるんだよ」

「え……?」

「さっきも言っただろう? 他国の集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)など放っておけば良い、と」

「だけど……、放置なんかしたら……」


 そう、集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)を放置はできない。

 だから、本格化する前に対応する。


 そんな風に、どの国の人間も同じ結論を出すだろう。


 だけど、それを他国の人間が対処する必要もない。

 人的にも物的にも、あまりにも損耗が激しくて、割に合わないのだ。


 中心国はそれ以外の国を守る責務があるから、他国の集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)にまで乗り出すことになるのは理解できる。


 だが、それも自大陸まで。

 やはり、他大陸の集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)までは気に掛けない。


 そんな義務はないからだ。

 集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)は、その大陸に住んでいる人間たちの管轄である。


 彼女が本当の意味でそこに気付かない間は、何度、同じ話題を出しても堂々巡りになるだけだろう。


 だから、視点を変えるしかない。


 彼女が考えもしない部分。

 昔の彼女にはなく、今の彼女だから気にしてしまう部分。


「貴女が集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)対策に乗りだしたら、主人も出ようとするだろうな」


 自分の行動によって可愛い後輩が巻き込まれるのなら、先輩(貴女)はどうする?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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