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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟罰ゲーム編 ~

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かけがえのない存在

「アリッサムで集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)が起きた時、滅茶苦茶王配から責められた。確か、『お前がいるから魔獣たちがあんなにも怒るのだ。だから、お前は死んでもアレを止める責任がある』だったか? そんなことを言われた気がする」


 世間話のようにそう告げた水尾(ルカ)さんに対して……。


「「は?」」


 俺と真央(リア)さんの短い非難の声が重なるのは当然だっただろう。


「え? 何? あの王配。ルカにそんなことを言ったの? え? 本気で?」

「本気だろうな」


 やや息巻いて自分に迫る姉の言葉に対して、妹はごく普通に言葉を返す。


「あの当時、アリッサム国内の大気魔気の調整、制御は王配の管轄だった。他国の集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)の前兆も、王配が察していたから聖騎士団も魔法騎士団も安心して任務を遂行していたんだ」


 少しずつ、当人から語られる昔の魔法国家アリッサム。


「その王配が初めて見落とした。それも、自国内を。立場的には相当、女王陛下からも責められたと思うぞ?」


 ―――― 王配が気付いた時には、もう一週間と間がなかったのです


 そんな声が蘇る。

 あれは、セントポーリア国王陛下の寝所でのこと。


 珍しく、女性の声が通信珠から聞こえると、本を読みながら思ったのだ。

 いつもは男の声しか聞こえないのに。


 だから、つい聞き耳を立ててしまったのだ。


 それは、本来は、俺が知るはずがなかった歴史。


『さらに悪いことが続きました。聖騎士団はヒューゲラに、魔法騎士団はグロリオサにその大半が出向いていたのです』


 通信珠から聞こえる声は高く、でもはっきりとした声でそう事実を口にする。


「聖騎士団と魔法騎士団は呼び戻せなかったのですか?」


 セントポーリア国王陛下は当然のことを確認した。

 この世界には電話も無線機もないが、通信珠がある。


 別の大陸にいながらもこうして通信ができるのだ。

 同じ大陸にいる人間に通信できないということはないだろう。


 通信珠を持っていれば……、の話だが。


『私は戻すようにお願いしたのですが、王配がそれを()()()()()らしいのです。魔獣が攻めて来たぐらいで慌てて両騎士団を戻せば、国の信用を失くす、と』

「愚かな」


 セントポーリア国王陛下は小さい声ではあったが、確かにそう口にするのを聞いた覚えがある。


 自国も、集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)を凌いだばかりだった。

 あの脅威と熱気が冷めやらぬ時期に聞かされた、大国の不始末である。


 いろいろ思うところはあったことだろう。


集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)に備えて、国民たちを逃がすために私どもが動き出した時、あの子が立ち上がってくれました。戦う能力を持たない母や姉たちの代わりに、騎士団もいない状況で。誰にも言わず、たった一人で城下に下りて義勇団を募り、自分が討ち漏らした分だけを頼む、と』


 その声は先ほどのような落ち着きはなく、どんどん早口になっていく。


『でも、あの子はまだ10歳にもなっていないのに!!』


 その声は嗚咽が混じっていたのだと思う。


 そんな叫びを聞いて、母親というものは立場が違えども、我が子のために泣くんだなと、本題とは全然違う部分を考えていたのは自分でもどうかと思うのだが、当時の俺にはそんな感想しかなかった。


『しかも、魔獣の群れの中に飛び込み、傷付いたあの子を癒せる人間すらいませんでした。聖騎士団も魔法騎士団も治癒魔法を使える人間を全て連れて行ってしまったと知った時は絶望するしかありませんでした。いつもなら、有事に備えて数名を置いていくはずなのに』


 それはそうだろう。


 全てを連れて行けば、もし、国に残っている人間が大怪我をした時に、誰も助けることができなくなってしまう。


 聖騎士団も魔法騎士団も、魔法国家アリッサムの自慢の騎士団だ。

 たった一度の失敗で、その名誉は地に落ちてしまうことだってある。


『息も絶え絶えだったあの子を癒したのは同じ年齢の姉です。その姉もあの子もあれから三日経つというのに、まだ意識が戻らないと聞いております』


 その時は、何故、現場に行かなかったはずの姉の方も、意識が戻らないのかが分からなかった。


 だが、今なら分かる。

 マオリア王女殿下が使う治癒魔法は、代償が必要なのだと。


『一国の王としてあるまじき考えかもしれませんが、私は娘を死地に追いやった王配を許せません。何故、御自分ではなくあの子が出なければならないのか。ずっと疑問だったのです。あの方には戦う魔法(ちから)があるはずなのに』


 魔法国家の女王となる女性のために選ばれる男は、女性が20歳になった時、魔法国家で一番の魔力所持者であり、魔法所持者でもあると聞いている。


 そのほとんどは、聖騎士団の団長である、とも。


 だが、アリッサム女王陛下の言葉を聞きながら、ふと思った。


 それは、男の方も望んだことだったのだろうか?


『同時に、あの子の務めを代わることすらできない我が身も許せません。火の大陸神は、何故、あの子だけに戦う力を授けてしまわれたのでしょうか?』


 その時点で、魔法国家アリッサムの女王陛下も、第一王女殿下も、攻撃魔法と呼ばれる魔法が不得手だということが分かる。


 この世界で一番の魔力を持ちながら、それはちょっとした皮肉だと思った。


「私は神ではないから、火の大陸神の思いなど分かりませんが、子を持つ親の気持ちは少しだけ理解できるつもりでいます」


 アリッサム女王陛下の気持ちの吐露を、それまでずっと黙って聞いていたセントポーリア国王陛下が口を開く。


「国を守るために、我が身を顧みず魔獣の集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)という恐ろしいものに立ち向かったミオルカ王女殿下のことも、それを癒したマオリア王女殿下のことも、アリッサム女王にとってはかけがえのない存在であると同時に、誇りでもあるのですね」


 その言葉は、今にして思えば、セントポーリア国王陛下の気持ちの吐露でもあったのだろう。

 自分の本当の子は、触れることはおろか、その視界に入れることすら許されなかった。


 だけど、かけがえない存在であり、誇りに思っている、と。


 逆境にめげることなく、母親と共に置かれた環境で笑っている娘だった。


 そんな娘はある日、自身と母親の命を護るために、城での生活を捨てて逃げ出し、この先もたった二人で生きていく決意をした。


 少なくとも、あの頃のセントポーリア国王陛下はそう思っていたのだと思う。


 実際、あの時、決意したのは母親だっただろう。

 あの当時の娘にそこまで強い意思はなかったと思っている。


 恐らく、ギリギリまで迷っていたはずだ。


 だが、当時のセントポーリア国王陛下はそれを知らない。

 それだけずっと彼女と接していなかったのだから。


 父親としてではなく、王族……彼女たちの庇護者としても、会う機会はほとんどなく、会話も数える程度だったと記憶している。


 下手すれば、ミヤドリードに連れられることが多かった俺たち兄弟の方が、あの頃の国王陛下とは対話をしていたかもしれない。


 だから、あのチトセ様に育てられた娘は、同じように強い心を持っていると思い込んでいたことだろう。


 実際、人間界に行った後はそう育ったのだから、その考え方はそこまで見当違いでもなかったのだが、少なくとも、この世界にいた時の彼女は決してそんな娘ではなかった。


 まともに接していなかったから、娘に対してそんな理想を抱いていた可能性はある。


 母親のように強い意思を持った誇り高き娘。


 だからこそ、アリッサムの女王陛下に対してそんな言葉が出たのだと思う。

 あのチトセ様と自分の娘である以上、かけがえのない存在ではあっただろう。


 だが、誇りの方は……どうだろう?

 あの頃の娘の姿を知っていても、そう思えただろうか?


 まあ、今となってはどうでもよい話である。

 娘はある意味、セントポーリア国王陛下の理想に育ったと言えるのだから。


 母親のように強い意思と輝きを持ち、思いもよらぬ言動で周囲を狼狽させる魅力的な娘。


 ……本当にそっくりに育ったものだ。


 何故、あんなに変わってしまったのかは分からない。

 本当に環境が人を変えると言うことなのだろう。


 そして、図らずもそんなセントポーリア国王陛下が口にした言葉は、アリッサム女王陛下にも救いとなったらしい。


『そうですね。第一王女は勿論、あの娘たちも、私にとっては、かけがえのない存在であるとともに、救いであり、誇りであり、希望でもあるのです』


 時折、言葉を詰まらせながらも、アリッサム女王陛下はセントポーリア国王陛下にそう答えた。


 禍を転じて福と為す……。

 そんな人間界で覚えたての故事成語が頭を過った。


 だが、同時に……、純粋で高潔、そして娘思いのアリッサム女王陛下の複雑な心情は、同じく純粋で真面目、そして堅物なセントポーリア国王陛下には通じてないのだろうなと子供心に思ったものであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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