目立ってしまうと
「ローダンセの王侯貴族の中には貴女の顔と出自を知っている者もいる。そんな状況の中で、貴女は集団熱狂暴走に関わると言っているのかい?」
俺のそんな問いかけに対し……。
「認識阻害の眼鏡があるし、容姿も変えている。何よりもこれまでにこの国で魔獣退治を何度もしているが、まだバレていない」
やや希望的観測とも言える答えを口にする水尾さん。
「これまで露見しなかったことが今後も露見しない保証はないよ? それに魔獣退治に出かけてはいるが、城下にいるため、王侯貴族子女に目撃される機会も少なかった。だけど、集団熱狂暴走となれば、それらの目に触れる確率が格段に上がる」
この国の貴族は、あまり魔獣退治に出かけない。
そのために、これまでは王侯貴族やその子女たちの目に止まることは少なかっただろう。
彼女たちが王城に行ったのは、一度だけ。
トルクスタンに伴って「花の宴」に一度だけ参加している。
その時、認識阻害の眼鏡をかけていた彼女たちを、アリッサムの王族と結びつけることはないだろう。
アリッサムの王族……、三人の王女殿下たちは揃って、黒髪、黒い瞳、そして、桁外れの魔力を持っていると周知されている。
だが、今の彼女たちは葡萄茶髪、緑の瞳を持つ女性と、緑髪と青い瞳を持つ女性で、何より最大の特徴である双子には見えない。
水尾さんがトルクスタンの薬によって、俺たちが侍女になる時と同じように、若返っているためだ。
双子で、2,3センチの身長差は可能性としてあるが、10数センチ以上の差があることは珍しい。
しかも、アリッサムの双子の王女たちは19歳のはずなのだ。
そして、人間界へ行ったローダンセの王侯貴族たちは、日本人女性としてはやや高めに当たる双子を見ている。
その片方がまさか、背が縮んでいるなんて思わないだろう。
だから、大人しくしていれば、人目に触れなければ、気付かれることはほとんどない。
だが、好奇の目に触れれば、調べようとする人間は出てくる。
中には、今よりも少し若い時代の「富良野水尾さん」の姿を覚えている人間がいるかもしれないのだ。
認識阻害の眼鏡は、一度、その存在を認識してしまうと、再度、対象を誤魔化すことは難しくなるだろう。
そのために、できれるだけ目立たず、大人しくしていてほしいのだが、水尾さんの性格上、それが難しいことも分かっている。
主人と同じタイプだ。
誰かが困っている状況で、自分の手にそれを救える方法があるならば、それを試してみたいと思ってしまう。
見捨てても文句は出ない場面であっても、それを見過ごしてその先で後悔したくないのだろう。
だから、そんな相手には、自分の身以外を秤に乗せるしかない。
自分だけだと思うから、その身の扱いが軽くなるのだ。
何かあっても、被害は自分だけ。
他者に迷惑は掛からない。
そんなはずがないのに。
そんな姿を見て、心を痛めない身内がいるものか。
「貴女だけの問題ではない。貴女の出自が発覚すれば、リア嬢も道連れだ」
「ぐ……」
それは理解できているようだ。
自分が見つかれば、双子の姉も芋づる式に引っ張られる。
双子と聞いて、片割れの詮索をしないはずがない。
主人を含めて身近な女性を総浚いされるだろう。
それは、こちらとしても避けたい事態なのである。
だが、我慢ばかりでは人間、いつかは破裂する。
その破裂するものが感情か、魔力か、精神的なナニかなのかは、その人間の資質次第であるが。
「但し、その危険性があるのは、集団熱狂暴走に直接関わった時の話だ」
「「え……?」」
俺の言葉に二つの声が重なった。
「王侯貴族が関わるのは、集団熱狂暴走に関することだ。通常の魔獣退治に対しては、この国の高貴なる方々はあまり積極的に関わってはいない」
下手すると、魔獣退治のほとんどをたった一人の貴族子息に押し付ける気満々である。
貴族の責務はどこに行ったのか?
まあ、土地など護る財産がない人間ならば、その行いも間違っているとは言い難いところではある。
できる者にやらせる。
才能ある人間に押し付ける。
無能な自分は奥に引っ込んでいる。
それは世の中を上手く回すために必要なことだろう。
「だから、集団熱狂暴走から少し離れたところでの魔獣退治や、人目に付かないようにする分には問題ないだろう」
一番良いのは、他の魔獣退治する人間たちの中に混ざって功績を押し付けることだ。
だが、そのツテが彼女にあるとは言い難い。
愚弟ならば、その辺りも考えて動けそうだが、今のヤツは余程のことがない限り、主人から長時間、離れないと思っている。
まあ、明日は、セントポーリア国王陛下と大神官に、ヤツから報告させるつもりだ。
愚弟と俺では視点が異なる。
同じ報告書を持っても、口から出てくる言葉も違う。
まあ、どんなに視点を変えようとしても、主人ほどぶっ飛んだ考え方を持つことはできないが。
「先輩……、それは……本当か?」
「城下で名を広めている『緑髪』ならば、より手強い魔獣を追い求めることもおかしくはあるまい? その女性はローダンセ城下近くの魔獣は、ある程度狩り尽くしただろう?」
勿論、種を絶滅させたわけではない。
魔獣たちが自ら、その場から離れたのだ。
魔獣も、集団熱狂暴走によって狂っていなければ、強者の気配は分かるし、状況によっては避けるだろう。
自分たちの生息地域に、明らかに次元の違う存在が現れた。
そんな場所では長生きできる気はしないし、同じ種の塊である群れごと絶滅する可能性すらある。
それならば、そんな事態を避けるためにその場から離れて別の場所で生きようとするだろう。
本能とは、生きて次世代に血や種を繋ぐためのものだ。
だから、確実な死の訪れを受け入れまいと足掻く。
人間だってそうだ。
簡単に死を受け入れることなんてしたくない。
圧倒的な力の差がある存在が接近する気配を察した時、幸いにして俺一人しかいない状況ならば、まず全力回避や退避を考える。
そして、主人が傍にいる時ならば……、逃がすことを第一に考えるだろう。
なんとなく逃げてくれない気がするが、その時は、愚弟に無理矢理にでも連れ出してもらうことにする。
主人を生かすためなら、ヤツは嫌とは言わないだろうから。
「なるほど。誰にも見つからなければ良いのか」
言っていることは間違っていないが、どこか犯罪者の思考だと思ってしまうのは昨日、夢で会った主人との会話のせいだろうか?
「但し、ヴァルナは暫く動けない」
証拠隠滅に長けたヤツだが、暫くは、余計な魔法力を使わせる気はない。
集団熱狂暴走に関わる必要はないのだ。
だから、主人の治療を優先させるのは当然の判断だろう。
「主人優先は当然だ。ヴァルナがいなくても、なんとかなる」
緑髪と呼ばれる女性はそう言って笑うが……。
「いや、それは無理じゃない?」
別の方からそんな指摘が入った。
「あ?」
「これまで、ルカが魔獣退治に出ることができたのは、ヴァルナがいたからでしょう? でも、暫く戻れないならば、魔獣退治そのものの許可がトルクから下りないんじゃないの?」
そうなのだ。
水尾さんの外出許可は、護衛がいたから出されている。
だが、今、ヤツはいない。
そして、真央さんでは護衛にならない。
寧ろ、護衛される側なのだから。
「つまり、先に倒すべきはトルクか」
緑髪の目が輝く。
いや、一応、庇護者であるトルクスタンを倒すって、この場合は説き伏せるってことだよな?
魔法で倒す気じゃないよな?
「倒して許可が得られるならね?」
真央さんも苦笑いする。
「分かった。行ってくる」
「え?」
水尾さんは身を翻して、扉に向かう。
真央さんは、その行動の早さを今度は止めることができず、その手が宙を切った。
「トルク~、面、貸せ~」
そう言いながら、扉から出て行く双子の妹の背中を見送るしかない。
「ユーヤ? 貴方、アレの責任、取れる?」
「いや? だが、トルクの説得は容易ではないと思っている」
トルクスタンは頑固である。
そして、過保護だ。
この双子に関しては特にそれが発揮される。
それが、幼馴染に対する情なのか。
それ以外の理由から来る感情なのかは俺にもまだ分からない。
それでも、彼女たちを過剰なぐらい守ってくれる方が安心なのだ。
少なくとも、彼女たちを気に掛けている間は、我が主人に対して余計なことを考えないだろうから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




