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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 大樹国家ジギタリス編 ~

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少年の決意

「九十九はもし、わたしが先に死んだらどうする?」


 彼女は唐突にそんなことを言った。


「は?」


 それはあまりにも不自然なタイミングだったので、彼女の言葉にオレは思わず、目が点になったと思う。


「わたしがいないとお役御免になっちゃうよね?」


 困ったように彼女は笑う。

 だから、思った。


「……占術師に何か言われたのか?」


 そうとしか思えない。


 確かに今まで、何度も危険な目に遭ってはいたが、それでも、そんな弱気なことを口にしたことはなかった。


 もっと能天気で、そんな言葉からはかけ離れた少女。

 どちらかと言えば、オレたち兄弟の方がその言葉に近い。


「わたしが早く死ぬ可能性があるって」


 彼女はそう言いながら、へにゃりと力なく笑った。


 そんなことを言われても、彼女は笑おうとするのだ。


「じゃあ、オレはもっと早く死ぬだろうな」


 オレは、素直に思ったことを口にした。


「へ?」


 短くもその言葉には、どこかオレの言葉に対する不信も含まれている気がする。


「護衛が主人より長生きしてどうするんだよ」


 それはオレたちを馬鹿にしている言葉だ。


 腕を信用していないと言うことでもある。


「……そ~ゆ~のはやめて」


 彼女は露骨に眉を下げて、嫌悪感を示しながら、オレの言葉を制止する。


 それは人間界で育ったための言葉だろう。

 だが、ここは魔界だ。


 人間世界の常識など通じないと知れ。


「先にそんなアホなことを言いだしたのはお前の方だ」


 だから、オレがここで退く理由は全くない。


「そりゃそうだけど……。でも、わたしのために犠牲になるとかそ~ゆ~考え方を持っているなら今すぐ遠くに放り投げて。すっごく嫌。はっきり言って迷惑」


 彼女はまくしたてるように一気にそう言った。


「断る」


 だが、こればかりは彼女の意思に従うことはできない。


 オレたちの根本(こんぽん)を否定するな。

 こればかりは「命令」されてもお断りだ。


 昔から……、この命を救われたあの日から……、オレは彼女のために生きると決めていた。


 その思いは幼少期を共に過ごすうちに深まり、捨て置かれても、忘れられても、一度も揺らいだことがない。


 例え、それらを全てを忘れられても、この先、一度も思い出されることがなくても、これだけがオレの生きる道であり、生きる意味でもあるのだ。


 それを全否定されてはオレも黙っていられない。


「……なんですと?」


 だが、オレの台詞に対して、彼女はさらに眉間に皺を寄せる。


 どうやら、オレの言葉に納得ができないらしい。


 それはオレも同じだ。

 彼女の言葉に納得できない。


「オレはお前を先に死なせることはない。多分、兄貴も同じことを言うと思う」


 兄貴の意思を直接、確認したことはない。

 だが……、恐らくは同じことを言うだろう。


 兄貴も彼女たち母娘(おやこ)にその命を救われた。

 弟を盾にしてでも、彼女たちを守るだろう。


 それが、彼女たちのためになるのなら、オレは盾でも剣でも努めてやる。


「病気とかならどうするの?」

「死なせない」


 幸い、人間界に行ったことで、普通の魔界人より知識を得る機会があった。


 多少の風邪や腹痛ぐらいの対処はできる。

 感染性のものは厄介だが、魔法を使うことで人間界以上の処置を行うこともできるのだ。


 人間界の医学書だって、分かる範囲ではあったが、かなり読み漁っていた。


「答えになってないよ」


 オレの言葉に彼女は肩を竦めた。


「アホなこと聞いてるからだよ」


 オレははっきりとそう答えてやる。


 もっと分かりやすく理由を言ってやろう。

 それで、この女が納得するとは思わない。


「普通の怪我ならオレが絶対に治すし、病気だとしても、手を尽くす。だから、お前は楽に死ねると思うなよ。オレたちを少しでも長く生かしたいなら、死ぬ気で生きろ」


 オレはそう言いきった。


「……なんだろう。この努力してくれるのだろうけど、脅されている感じがするのは」


 しっかり、脅しているからな。

 意図が伝わっているなら何よりだ。


 オレたち兄弟の命を肩に乗せていることを重いと感じる程度には、彼女は他人の命を軽んじていない。


 下手すれば、自分の命よりも重いと考える可能性もある。


「脅されていると少しでも思うのなら、今回のように考えなしに動く癖はやめてくれ。せめて、事前に相談しろ。お前は自分以外に2人分の命を背負っていると自覚してくれ」


 だから……、頼むから、自分が死ぬなんて簡単に口にしないで欲しい。


 たったその言葉一つだけで、どれだけオレの精神を削っていくと思うんだ?


「占術師の言葉は気にするな。それに、早く死ぬって言っても、今日、明日の話ってわけじゃないだろ?」

「うん、多分」


 思いの外、あっさりと返答される。


 嘘をついている様子はないが、どこかその即答は不自然に感じた。


 確かに何でも見通すと言われている占術師に「早く死ぬ」と言われては、あまり落ち着いてはいられないだろう。


 だけど……、それ以外の何かを感じた気がしたのだ。


「それならいつものように呑気に笑っとけ」


 そう言って……直後、思いついたことを口にしてみる。


「ああ、それでも不安なら、いつかのように寝るまでついていてやろうか? それなら眠れるだろ?」


 そこでうっかり寝てしまうかもしれないが、寝るだけなら問題はないだろう。


 流石に人間界にいた時のように、誰かから布団に放り込まれることはないだろうから。


「……何、寝ぼけたことを嫁入り前の娘に提案してるの? 異性の護衛」


 彼女はジトリとした目でオレを見る。


 かなり不信感が漂う視線にオレは少しだけ笑いが出た。


「嫁入り前の自覚はあったか」

「嫁に行けるかは置いておいて、自覚はあるんだよ」


 いやいや、そこは置いておいたらいけないところだろう。


 一般的に見ても、健康的で、王族の血を引いているような女が、どこにも嫁に行けないとは思えない。


 多少、性格に多少、難があると言われても、欲する人間は少なくないだろう。

 それに……、性格はともかく、見た目も悪くないなら、尚更だ。


 ちょっとばかり、幼く見える部分が残念であるが。


「うっかりわたしが『お願い』していたらどうするの?」

「……引き受けるが?」


 それについて、オレの方は特に問題はない。


 これがどちらかに恋愛感情があるとか、お互いに異性として意識しているとかいう状況なら少しは考える必要はある。


 それは今後、面倒くさいことになるから。


 だが、断言しても良い。

 それはない、と。


 大体、オレを異性として意識しているのならば、先ほどからの彼女の表情や仕草はありえない。


 それ以前に……、彼女自身、自分が「女」だという自覚が皆無だと思っている。


 一般的な魔界人の女は、一人で自衛もできないのに、ふらふらと単独で出歩くような不用心なことはしない。


 魔界は命だけではなく、女性の人権ってやつも人間界ほど重くないのだ。


「じゃあ、早く寝ろ。眠れなければオレを呼び出せ。話し相手ぐらいはなるから」


 オレの言葉に彼女は安心したのか少し口元に笑みを浮かべて。


「そうだね。ありがとう」


 そうお礼を言ったのだった。


 彼女は「早く死ぬ」と、占術師に言われたと言う。

 だが、オレにはそれが一年以内のことだとは思えなかった。


 彼女が本当にそんなに早く死ぬというのなら、何もオレは悩む必要はない。


 少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ―――― 誰にも傷一つ、付けることは許さない。


 自分の中にあるのはただそれだけ。

 自分の命と天秤に載せても、兄貴と比べても遥かに重い命。


 王族の血とか、護衛対象とかそんな分かりやすく単純な言葉では言い表せないほど大事な存在。


 あの女を傷つけることは、例え、神と呼ばれるものであっても、許さない。


 この時のオレは心の底から本気でそう思っていた。


 まだオレは……、彼女を一番傷つけることになるのが、自分だと思いもしなかったから。

本日三話目の更新です。

次話からはいつものように定時に二話更新します。


そして、この話で第14章が終わります。

次話から第15章「おもい語り」です。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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