予想外の言葉
「ところで、ユーヤは何の用? まだ本調子ではない高田を置いて、私たちに会いたいなんて、かなりの事態だと思うのだけど?」
先ほどの表情から一転して、葡萄茶色の髪、緑色の瞳をした真央さんは好奇心旺盛な瞳をこちらに向ける。
緑色の髪、青い瞳の水尾さんも、難しい顔をしながら早く話せと言いたげに俺の方を見ていた。
少し前までは黒髪、黒い瞳という俺たち兄弟や主人と同じ色合いだったために、少し見慣れない。
その方が話はしやすいのだが。
「貴女たちは、集団熱狂暴走という災害をご存じか?」
俺がそう切り出すとほぼ同時に……。
「良し、出る」
緑髪の女性は、すぐに動き出そうとする。
「待ちなさい、ルカ。ユーヤの前振り段階ですぐに動かないの」
葡萄茶髪の女性が慌ててその肩を掴むが、緑髪の女性はその手を振り払った。
「アホか。集団熱狂暴走は時間との戦いだ。初動が遅れれば、遅れるほど対処が難しくなる」
そして、水尾さんはそう強い口調で言い切る。
「場所は分かるのかい?」
俺はまだいつ、どこで発生するかも言っていない。
だが、水尾さんは……。
「一ヶ月以内に発生しそうなのが北東。規模も多分、これが最大級だ。二、三カ月の猶予がありそうなのが、北北東に二カ所ある。これらもこのまま育つと、手間取ると思う」
淀みなく、その方向を指し示しながら言った。
俺が知っているのは北東のものだけだ。
それも、人から教示され、その付近に集中したから観測できたのである。
だが、彼女は違う。
俺が「集団熱狂暴走」という言葉を使っただけで、すぐにその場所を特定した。
それも、俺が知らない場所まで。
―――― これが、魔法国家の第三王女殿下
知ってはいたが、改めてその力を見せつけられた気がする。
「気付いていたのかい?」
「いや、フレイミアム大陸と感覚が違うし、周囲も慌てる様子がないから、違うかもしれないと思っていた。大気魔気の変調なんて珍しくないからな」
だが、魔法国家の第三王女殿下はけろりとした声でそう言った。
「だけど、今、先輩が『集団熱狂暴走』と口にした。それなのに、偶然ってことはないだろう?」
自大陸と違うため迷っていたが、俺の言葉で確信したということらしい。
「ついでに言うと、半年以内もいくつかあるね。それらは方向がバラバラだから、育たないかもしれないけれど」
魔法国家の第二王女殿下は厳しい表情の第三王女殿下と違って、こんな時でも朗らかな顔をしていた。
「でも、やっぱり、この大気魔気の変化は集団熱狂暴走の前兆だったのか。フレイミアム大陸とは全然、気配が違うから私もちょっと自信がなかったんだよね」
さらにそう続ける。
確かに、遠くにある気配は、俺がシルヴァーレン大陸で体感したものとも少し違う気がした。
「……と、言うわけで出る」
「待ちなさい、ルカ。そんな命令をまだ誰も出していないでしょう?」
水尾さんはすぐにでも出たいらしい。
だが、そんなに、すぐに準備が整うものなのだろうか?
そして、それをまたも真央さんが止める。
予め、分かっていたかのような動きで。
「何故、止める? 先輩が来て、私に話したってことは、すぐに出ろってことだろ?」
「違うから。この先輩はそんな命令を出さないから。ルカ、たった一人で? そんなアホな命令を平気で出せるのは王配だけだからね?」
これだけでも、魔法国家の異常さが分かる話だ。
だが、第三王女殿下は不思議そうな顔をしていた。
何故、止めるのかが分からないらしい。
「あの時だって、聖騎士団も魔法騎士団の準備を待ったでしょう? まずは、落ち着きなさい」
「でも! 間に合わなかったらどうするんだ? 何も知らない民が犠牲になるんだぞ!?」
「その責任はウォルダンテ大陸に生きる者にある。決して、ルカにはないよ」
その通りだ。
ウォルダンテ大陸の無辜の民が犠牲になったとしても、他国の人間である我々に咎も責もあるはずがない。
「それで? ここで今、集団熱狂暴走の話をして、ユーヤはルカに何をさせたいの?」
真央さんは笑っているように見えるが、その目は油断なく俺を見据えていた。
集団熱狂暴走に関して、彼女たちにさせたいこと。
まず、話を聞きたい。
いや、それ以上に……。
「ルカ嬢とリア嬢にはカルセオラリアに戻って欲しい」
俺がそう言うと……。
「は?!」
水尾さんは、案の定、驚きの声を上げ……。
「あ~、まさか、そう来るとは思わなかった」
真央さんは、困ったように笑った。
どちらにとっても予想外の言葉だったらしい。
「先輩、ふざけてるのか?」
俺に向かって、そう凄む緑髪の女性背後に紅い炎が見えた気がする。
「ふざけてなどいないよ」
だが、これぐらいは予想通りの反応だ。
「寧ろ、貴女こそ、ふざけないでいただきたい」
「なんだと?」
「集団熱狂暴走は自然災害に属する。自然災害対策は国の事業であり、それぞれの国の王家に判断を委ねる国策……、政の一つでもある。それは理解できるかい?」
尤も、フレイミアム大陸とシルヴァーレン大陸の対策は示し合わせたかのようによく似ている。
王族が持つ圧倒的な力を使って魔獣たちを掃討するという力押しだ。
だが、それができる国ばかりではない。
寧ろ、そんな国の方が少ないと思いたい。
「何が言いたい?」
「もし、ウォルダンテ大陸の国家がそれぞれ動いて、既に何らかの対応をしている所だったらどうするんだい?」
「あ?」
一体、何を言っているのかという顔をされた。
「先ほども言ったが、集団熱狂暴走は自然災害だ。そのために大陸独自のやり方もあることは知っているだろう? そして現在、その対応が水面下で進行している最中だった時、周囲にとって予想外の動きはその対策を阻害してしまう可能性がある」
国策はその種類によって、内密に事を進めることも少なくない。
公表すれば混乱することが予想される、第三者が知れば邪魔が入る、人知れず進行することが望ましい、利益が絡む、不利益を被る、莫大な金銭を動かす、当事者に伝われば隠される、……など、秘匿する理由は様々だが、言ってしまえば国の都合である。
それでも国策は国策だ。
国王が決定し、国そのものが動き出していることを、他国自国に関係なく私情から止めてはならない。
「国策の動きを止めてしまったなら、その結果が良くても悪くても、その国の王の政に反対したと捉えかねない。その国からよく思われていなければ、こちらの意思に関係なく悪意を持って邪魔したと受け取られるだろうね」
俺がそう言うと水尾さんはその青い目を見開く。
「つまり、今の段階で貴女自らが、率先して対応しようとするのは、他国の王の決定に異を唱えるに等しいということだよ」
「そんな……」
どうやら、そこに気付いてはいなかったようだ。
凶暴な魔獣たちが出現した場所に居合わせて、退治する。
それは、身を護るために必要な行為であるために問題はない。
そして、城下に貼りだされた依頼に応じて魔獣を退治する。
それも、正当な行為だ。
そちらは既に害が出ているのだから。
魔獣狩りに出る。
それも、生態系を崩さない限りは問題ないだろう。
だが、集団熱狂暴走の兆候はそれらと性質が違う。
本来なら、その自然災害に対してその発生源となる国やその周辺国を統治している人間、国王が判断し、その対策を立てるものだ。
「スカルウォーク大陸のカルセオラリアは、集団熱狂暴走で向かってくる魔獣たちを利用することで国民に利益を提供している。しかも、王族は出向かないと聞いた。対応している人間たちの邪魔することになるから、と」
「邪魔……?」
茫然とした顔で俺に問いかける。
集団熱狂暴走で王族が邪魔になるなど、考えたこともなかったのだろう。
俺もトルクスタンから説明されて理解したことだった。
だが、その辺りはトルクスタンが彼女に説明をしていなかったことが悪い。
「集団熱狂暴走中の魔獣は、王族たちの姿を見ると強化されたかのようになるらしい。突進速度も上がり、通常の対策が取れなくなるそうだ。タチの悪いことに、その場に王族がいれば、優先的に狙うようになるとも聞いた。そのために王族は来るなと言われている」
「そんな……」
「所が変われば、対策も変わる。ストレリチアも王族は集団熱狂暴走に出ず、神官たちだけで押さえ込んでいるそうだ」
やり方は全く違うけどな。
アレは神官でなければ無理だろう。
「何よりも、この大陸は魔獣が多い。そのためか、それらを食材や、道具の素材とすることも少なくないと愚弟も言っていた。集団熱狂暴走対策の方向性も知らぬまま行動すれば、国に損害を与える可能性も少なからずある」
「魔獣から蹂躙されるよりも利益を追求するってことか?」
俺の言葉に引っかかるものを覚えたのか、その瞳に強さが戻る。
だが、問題はない。
それよりもっと強くて抗い難い輝きを俺は知っているから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
 




