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「ところで、何故、わざわざローダンセに戻って、いきなりスタンピードの話をした? シオリが目を覚ましたが、休養がもう少し必要だという報告だけで良いだろう? お前たちは俺宛に伝書も使えるのだから」
これまでの報告は伝書だった。
だから、わざわざ対面の報告であったことにトルクスタンは疑問を持ったらしい。
それならば、回りくどい言い方は止めた方が良いだろう。
この男は単純だからな。
「ウォルダンテ大陸……、いや、ローダンセ城下近くで集団熱狂暴走の兆候があると聞いたからだ」
「マジか? どこ情報だ?」
「大聖堂で聞いた。神官たちは集団熱狂暴走の情報に過敏らしい」
嘘は言っていない。
最初に聞いたのは別口であったが、大聖堂でも聞いたことは確かだ。
そして、神官たちが集団熱狂暴走の情報に詳しいことも知らされた。
まあ、それはグランフィルト大陸内だけかもしれないが、そこまで断定されていないから、やはり俺は嘘を口にしていないことになる。
大神官自身は、他大陸に出向いていたらしいからな。
尤も、大神官が他大陸に行った目的は、集団熱狂暴走ではなかったようだが。
「その割に、ローダンセが騒いでいないが?」
やはり、王族としてそこが気になるらしい。
「気付いていないのか、別の目的があるのか、隠し方が巧いだけかもしれんが、俺はこの国の王家を信じていない。だから、先にお前に伝えた」
度重なる不手際。
あれで信用できるはずがない。
「そうか。それで、俺の役目は?」
トルクスタンは俺を真っすぐ見た。
「伝えておいてなんだが、そこまで俺からの情報を信用するのか?」
その迷いの無さが逆に心配になってしまう。
騙されるとか思わないのか?
少しは疑え。
「ユーヤは絶対に嘘を言わない。そして、情報を伝えた上で俺を利用する。そういう男だ」
「信用してくれて嬉しいと言うべきか、お前の中の俺も、結構、酷い評価だなと苦笑するべきか迷うところだな」
「そうか? 情報に関しては信用しているぞ? 男としては全く信用していないけどな」
無条件に信頼はしていないらしい。
「それらの点に関しては、お前も同類だ」
そう言いながら俺が笑うと……。
「違いない」
トルクスタンも楽しそうに笑った。
この男からの情報に関しては信用している。
だが、男としては信用できない。
互いにそう思っているのだから、何一つとして問題はない。
警戒すべき点がはっきりしているのだから。
「トルクスタンに頼みたいことは、今から一月以内にローダンセ城下の審査門の位置から北東10キロの距離付近に集団熱狂暴走が発生しそうなことを、ローダンセの王族に伝えてほしい……、このぐらいか」
「審査門から北東に6.2マイレン? それはかなり近いな。だが、国王ではなく、王族で良いのか?」
「理想は国王のみだな。だが、そう他国の王子がそう何度も国王に謁見の申し込みを行うのは難しいだろう?」
本心を言えば、国王のみに伝えて、その後の動きを知りたい。
だが、自国ならともかく、他国の王子はそう易々と会うことなどできないだろう。
城に滞在するのを断っているという点も痛い。
「できなくはない。俺はローダンセ国王陛下相手への伝書の許可は得ている」
どうやら、この国の人間のことを信じることができないのは、俺だけではないらしい。
国王すら、信じていない。
だから、他国の王族と直接やり取りをするのだろう。
「それならば、頼めるか? 伝書の準備は俺がする」
伝書に使う物は決して安くはない。
そして、そう簡単に手に入らない。
金を持っているトルクスタンは気にしないかもしれないが、それでも、頼むのは俺の方だからな。
「分かった。情報の出所は隠した方が良いよな?」
トルクスタンは迷わずに承諾し、さらに確認してくる。
俺は少し考えて……。
「万一、聞かれたら、俺でなく、『大聖堂』からだと答えるのは問題ない」
そう答えた。
名前を使うなとは言われていないから問題ないだろう。
あの方もそれぐらいは考えているはずだ。
寧ろ、自国の王城貴族からの情報と言われるよりは信憑性も増す。
仮に疑われたとしても、安心を得るために調査ぐらいはするはずだ。
放置したら広がる大災害。
出所不明の情報であっても、未然に防げるならそれが一番良いという考え方は、恐らく、どこの大陸も同じだと思う。
スカルウォーク大陸もトルクスタンはそこまで意識はしていないようだが、未然に防ぐ処置を施しているようだからかな。
「アーキスには伝えるか?」
この国の貴族子息であり、トルクスタンの親戚である男の愛称を口にする。
「ローダンセ国王陛下に伝えたら、確実に知らされるだろう。この国で有数の魔獣退治ができる人材だからな」
「知らせないということか?」
「国の有事だ。国王陛下より先に一貴族子息が知ってはいけない話だろう?」
俺がそう言うと、トルクスタンは上を向く。
「それはそうだが、お前には別の意図がある気がしてならない」
そこは否定しない。
俺はあの貴族子息もあまり信用をしていないから。
主人が納得しているからその意思に従っているだけだ。
「ルカには?」
トルクスタンは何の疑問もなく、その名前を出す。
この男にとっては当然の判断なのだろう。
「それは、これから俺が伝える。できればリア嬢にも聞いてもらいたいから、二人に面会の手筈を頼めるか?」
「分かった。ちょっと待ってろ」
そう言って隣室へ駆け込んでいく。
止める間もなかった。
仕事が早いのは良いことだが、せっかちなのはアイツの悪い部分だと思っている。
そして、離れた場所から十秒と経たずに聞こえてくる罵声。
それらのほとんどは、我が主人の口からは聞いたこともない種類のものだということが分かる。
いや、口の悪い愚弟でも血のつながりのない他人に対してあんな言葉は吐かないだろう。
一体、どこで覚えてきたのか?
だが、無理もない。
あの男のことだから、いつものように入室の合図もせず、二人の部屋に飛び込んだはずだ。
だが、ここはアイツの城ではない。
そして、相手は女性なのだ。
向かった先が主人の私室であったならば、部屋の扉を開ける前に、確実に仕留めておくところだったが、そうではないから放っておいた。
気が済んだら、出てくるはずだ。
どんな状態で出てくるかは分からんがな。
幸い、訪れる先はこの国が最後である。
だから、戻りの時間を気にする必要はない。
女性の部屋を訪問するのに、遅い時間になると困るが、それもこの場所にいた人間ぐらいしか分からないことだ。
それにしても、空属性の王族が使っている部屋だけあって、結界がしっかりしている。
これならば、契約の間ほどではなくても、外に魔法の気配は漏れないはずだ。
中にある調度品まで守るようなものならば良いが、流石にそれは高望みが過ぎるというものだろう。
だが、場所を提供しているロットベルク家にとっては悪い結果にはならないとも思っている。
客室に置いている調度品が無事ではなかったとしても、それよりも良い物に取り換えてもらえるのだ。
寧ろ、全て取り換えることになっても喜ぶだろう。
使っている人間は世界で最も豊かな国だと言われている機械国家カルセオラリアの王子なのだから。
そして、トルクスタンは必要経費を惜しまない。
自分の不注意で損壊した調度品の買い替えることを、必要経費と言うかは謎だけどな。
「ゆ、ユーヤ。二人が会うそうだ」
暫くしてようやく静かになった後、トルクスタンがヨレヨレと出てきた。
見たところ外傷はない。
だが、精神的な疲労が大きそうだ。
「どこまで話した?」
「お前が二人に会って話をしたいとしか言っていない」
「集団熱狂暴走の話は?」
「していない。俺よりもお前の口から聞いた方が良いと思った」
話していないのか。
だが、トルクスタンの言い分も分かる。
「そして、俺は立ち会うなと言われた」
「ほう?」
どうやら、トルクスタンから余計な口出しをされたくないらしい。
「お前は問題ないか?」
念のため、確認しておくと……。
「ある」
不服そうに答えられた。
「一人ではなく、二人だが?」
一対一ならば、俺も問題だと思う。
主人ならばともかく、それ以外の高貴な立場にある未婚女性ならば、相手が望まない限りは余程の事情がない限り、人が知るような場所で、二人で会うことなどしないだろう。
魔法国家アリッサムはなくとも、あの二人が王族であることは変わりない。
だが、双子だ。
つまり、二人一緒にいるために二人きりにはならない。
そのために、問題はないと判断したが、この幼馴染は許せないらしい。
「お前なら二人を同時に相手することだって可能だろう?」
「阿呆なことを言うな」
自分はそこまで器用な人間ではない。
そんな面倒なことは命令されない限りは御免である。
「アホじゃない。俺なら喜ぶ展開だ」
「ド阿呆」
お前だって、そんなに器用ではないだろう?
そして、双子の美女たちに挟まれた所で、何もできない癖に。
「美女2人と密室だぞ? 男なら血迷ってもおかしくはない!!」
「超弩級の阿呆。俺を公私の区別も付かない愚者に見えるのか?」
「見えない!!」
見えないのか。
「それでも、心配は心配なのだ! だから、ユーヤ! どうしても、ここを通りたくば、俺を倒し……」
スパーンッ!!
トルクスタンが最後まで言い終わる前に、小気味いい音が響き渡る。
「遅い」
その背後から葡萄茶色の髪、緑の瞳をした女性が姿を現した。
その手には見覚えのある道具が握られている。
どうやら、待ちきれなくて出てきたらしい。
「待っていろと言われたから素直に待っていれば、いつまでもぐだぐだとグチグチと……。トルクと違って、ユーヤは暇じゃないの。多忙なの。ごめんね、ユー……?」
そこで、俺の姿に気付く。
「これは、ルカの反応が楽しそう」
そう言って、俺を迎えに来たはずの女性は、にんまりと意味ありげに笑うのだった。
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