機械国家の対策
「スタンピード?」
茶色の髪、琥珀色の瞳を持つ男……、トルクスタンは不思議そうに目を瞬かせた。
「そうだ。カルセオラリアではどう対処していた?」
「そうだな~」
少し考えて……。
「移動魔法で飛ばしていくのが一般的だな」
そんな変な言葉を口にした。
「は?」
「移動魔法で飛ばしていくのが一般的だな、と言った」
聞き違いではなかったらしい。
「もっと詳しく説明できるか?」
「俺は魔獣退治に行ったことがないからな~。話に聞いただけだぞ?」
「行ったことがない?」
ストレリチアも王族は集団熱狂暴走の現場に行かないらしいが、カルセオラリアもそうなのか?
「王族は邪魔らしい」
「邪魔……」
「そのために俺はルカと違って、野性の魔獣自体見たことがない。だから、魔獣退治に関しては、ルカに聞いた方が良いと思うぞ?」
まさか、野性の魔獣を見たこともないとは思っていなかった。
確かにルカ……、魔法国家のミオルカ王女殿下ならば、野性の魔獣は見慣れているだろう。
だが、それでは意味がない。
今、聞きたいのはそれではないのだ。
「スカルウォーク大陸の話を聞きたいのに、ルカ嬢に聞いてどうするのだ?」
「ああ、そういうことか」
それだけで、納得してくれたらしい。
「だが、スカルウォーク大陸は、もともと魔獣の数も多くないし、強くない。そのためか、スタンピードも発生しにくい。それぞれの国で対応しているから、俺が話せるのはカルセオラリアの話だけになるぞ?」
「それで構わん」
カルセオラリアはスカルウォーク大陸の中心国だ。
他国もそう変わらない……、と思いたいが、先ほどの話を聞いただけでは、カルセオラリアだけの処置のような気がする。
凶暴化した魔獣たちを移動魔法で飛ばす?
アレを?
まず、あの早くなった動きを捉えることが難しい気がした。
「さっきも言ったように、カルセオラリアでスタンピードは発生しにくい。事前対策もしているからな。そして、スタンピードが発生しても、それに影響される魔獣の数が少ない。そのために移動魔法でそれらを捕捉して海沿いに飛ばすと聞いている」
「数が少ないというのは、どれぐらいだ?」
「多くても、100を超えるぐらいか……? 見たことがないし、俺は直接報告を聞いたことすらないから、分からん」
少ない!?
セントポーリアで発生した集団熱狂暴走は、そんなものではなかった。
視界を埋め尽くす魔獣の群れ。
セントポーリア国王陛下が幾度となく斬っても、その視界が開けるのは一瞬だけ。
同胞が斬り殺されても怯むことなく向かってくる狂気の渦が、その数を減らした気がしなかったことを覚えている。
尤も、人間は慣れる生き物らしい。
半日もそれが繰り返されれば、その光景は当たり前のこととなった。
感覚が麻痺したとも言う。
おかげで、二日目からは狂気の色に染まった魔獣の群れが、次々とミヤドリードが出した召喚獣たちにしか見えなくなったのだ。
「それも、スタンピードがフレイミアム大陸の規模だったら無理だろうとは思っている。ルカから聞いたように、万を超える群れが押し寄せるとか、あの大陸はいろいろおかしい」
彼女が伝えたのは、十年以上前に一度だけアリッサム国内で起きた集団熱狂暴走だったのか、その兆候段階の話だったのかは分からない。
だが、トルクスタンの言っている規模だったなら、セントポーリアで起こったものとそこまで差はないのだろう。
魔獣の強さについては大きな差があるかもしれないが。
「移動魔法で海沿いに飛ばすというのはなんだ? 何故、海沿いなんだ?」
そこまでするなら、海に直接、放り込んだ方が良いのではないだろうか?
「海沿いに飛ばされた魔獣は、その周囲に住む人間たちが狩るらしい。食材になったり、魔法具などの素材になったり、一種の財産価値となる」
「その周辺に住む人間たちが容易に狩れるものなのか?」
あんなに兵たちが苦戦していたようなモノなのに、城下や町から離れて暮らすような人間たちが退治できる気がしなかった。
いや、城下や町から離れているから、魔獣に慣れているのか?
だが、どれも違った。
トルクスタンは言葉を続ける。
「移動魔法で飛ばした魔獣は、弱体化するらしい」
「弱体化?」
「中には他の生き物……、人間の姿を見て怯える様子を見せる魔獣もいると聞いている。少なくとも、スタンピードの時のような好戦的な魔獣は全くいなくなるそうだ」
集団熱狂暴走は大気魔気によって狂ったと聞いている。
だが、それは治ると言うことか?
たかが移動魔法で?
「それをルカ嬢に話したことはあるか?」
「ああ、ある。だが、フレイミアム大陸の魔獣には効果がなかったのか、試しに一頭だけ近くの海沿いに飛ばした魔獣は、移動後にそのまま海に突っ込んだらしい」
そうなると、スカルウォーク大陸の魔獣だけの特性ということか?
分からない。
比較対象が極端すぎるためだろう。
「しかも、効率も悪いと言われた。まあ、万の魔獣を少し飛ばしたところで、かえって疲れるよな?」
「広範囲で捕捉しても……、確かに難しいだろうな」
聖騎士団や魔法騎士団ならば、広範囲で獲物を捉えて飛ばすことはできるだろう。
だが、目的地をある程度、固定するとなると、意思を統一する集団魔法ではかなり難しくなる。
フレイミアム大陸内に、ランダムで飛ばせば、突然、現れた魔獣で周囲が大混乱だ。
やはり現実的ではない。
「それならば、王族が邪魔だというのは何故だ? 移動魔法を使うなら、王族の方が大量に長距離を飛ばせるだろう?」
「少し昔の記録らしいが、王族が出てきた時、魔獣たちの速度が上がったらしい。そのため、移動魔法で捉えにくいし、効きにくくもなるそうだ。要はいない方が楽なので、王族は出るなと伝えられている」
大神官の言葉を思い出した。
―――― 魔獣は人類の王族を積極的に狙います
どうやら、その状態は大陸に関係がないらしい。
それは、確かに邪魔だろう。
王族がそこにいるだけで、ある意味、魔獣が強化されるようなものだ。
数が少なく、王族が出なくてもなんとかなる量ならば、わざわざ相手を手強くする必要はない。
「集団熱狂暴走が、城下近くで発生したらどうする予定だ?」
「どうするんだろうな?」
次期国王の口からは、なんとも頼りない言葉が返ってきた。
「俺が生まれてから……、そんなことが一度もなかったからな。だが、発生箇所によっては移動魔法の準備が整う前に、城下に到達する可能性はある」
トルクスタンは少し考えて……。
「陛下がどんな提案をするかは分からんが、俺ならば、城下に向かってくる魔獣たちの方向を逸らすように結界魔法を使った後、海沿いに飛ばすか、結界魔法で閉じ込めた上で、海沿いに飛ばすかな」
自分の考えを俺に伝えた。
気になる点は多々あるが、そこまで理想論でもない。
この男ならそれぐらいはできるだろう。
魔獣の群れの規模が、本当に100頭ほどだったならば。
「海沿いに飛ばすという基本姿勢は変わらないのだな?」
「数少ない魔獣は貴重な資源になるからな。スカルウォーク大陸は、フレイミアム大陸のように少し結界から離れただけで、魔獣がのんびり歩いているような大陸ではないことが理由だろう」
確かにどの国でも魔獣を素材としたモノはある。
衣服、日用品、愚弟の話では薬品になる素材もあるそうだ。
今いるローダンセ城下には、魔獣の素材の買い取り場所が複数あるとも聞いている。
あの集団熱狂暴走を見た後では、魔獣は駆除することが正しいと思い込んでいたが、利用方法を考えれば、簡単に処分をしない方が良いということも理解できる。
だから、セントポーリア国王陛下は集団熱狂暴走以外で魔獣退治には出ないのかと、唐突に納得した。
魔獣から被害を受けた地もあれば、魔獣の恩恵に預かっている職業もある。
セントポーリア城下にも魔獣退治を生業としている人間はいたし、魔獣の素材を取り扱っている店はあった。
だから、どの大陸も集団熱狂暴走に悩まされながらも、魔獣という種を滅ぼしていないのだろう。
為政者はそこまで考えねばならないらしい。
ご苦労なことだなと思いつつ、そこまで手を広げなければならないセントポーリア国王陛下のことを思うと溜息が出るのだった。
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