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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟罰ゲーム編 ~

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魔法国家と大神官

「私が魔法国家の第三王女殿下にお会いしたのは、第一王女殿下の成人の儀でしたので、あの方が11歳ですね。緑羽(りょくう)時代で、偶然にも、栞さんとお会いした直後でした」


 不意に飛び出す主人の名前。


 だが、主人がこの大神官と会ったのは10歳の春休みだったと聞いている。

 記憶しているアリッサムの第一王女殿下の年齢と生誕日から考えれば、一ヶ月と離れていないだろう。


「儀式とは言え、第一王女殿下にお会いできたのですか?」


 だから、そちらの無難な問いかけを口にした。


 アリッサムの嫡子……、長女は生まれてすぐに隔離される。

 父親を含めた異性と僅かでも交流させないために、20歳まで箱入りのまま育てられるのだ。


 だが、成人の儀となれば、15歳である。


 そして、目の前の御仁はかなり整った顔立ちではあるが、その体格や声からも分かるように男性だ。


「王族の儀式を行えるのは、高神官以上なのです。そして、その時代も今も、高神官に女性はいません」

「それならば仕方ありませんね」


 確かにそうだ。

 アリッサムがどんなに不満を口にしたとしても、神務を行う時は大聖堂の意思が優先される。


 それをゴリ押せば、中心国であっても、いや、中心国だからこそ各国からの非難は避けられないだろう。


 これまで築き上げた名前を落とさないために、受け入れるしかない。


「中心国の嫡子の儀式と言うことで、大神官や赤羽(せきう)を遣わす予定だったようですが、()()()()()()()()()姿()()()()()の派遣と要望がありまして、()()()()()で、私が赴くことになりました」


 この場にいたのが主人ならば、驚愕の声を上げていたことだろう。

 愚弟ならば、吹き出していたとも思う。


 だが、予測できたことだ。

 アリッサムの妥協点と大聖堂の妥協点。


 双方の折り合いが付くのは、中性的な容姿の高神官を派遣すること。

 女装までさせたことは予想外だったが。


 15歳のこの方なら、間違いなく俺や愚弟よりも美女になるだろう。


 だが、その姿を想像するよりも先に、法力国家の王女殿下が興奮し、その横で主人が筆記用具と紙を笑顔で準備する姿を幻視したのは何故だろう?


 そして、アリッサム女王陛下の時代には、この見目麗しい大神官が存在しなかったわけだが、どう対応したのだろうか?


「たまにあることです。聖堂に高神官に至ることができる神女は少ないので、多少の無理は仕方ありませんね」


 この大神官にしては珍しい表情をした。

 まるで遠くを見るような目である。


 どうやら、この御仁にも不本意なことはあるらしい。


「未婚女性を神事とはいえ、卑しい男性に近付けたくないという国もありますし、痛ましい行為によって男性から傷つけられた女性も少なくありません。そのため、アリッサム女王陛下の成人の儀の際は、()()()()()()と聞いております」


 ……すぐに正解が分かってしまった。

 そして、残念ながら意外性もなかった。


 元大神官である聖爵閣下は、精霊族の血が入っているためか、白寿を越えているはずなのに、壮年の見目麗しい容姿を保っている。


 三十年ほど遡っても今と変わらない、あるいはもっと若々しくても、威厳ある高神女として振舞うことは可能だろう。


 庶民の神事ならばその立ち合いは正神官以上であれば良い。


 貴族の神事ならば上神官以上。

 王侯貴族の神事となれば高神官以上が必要となる。


 そう考えると、庶民は選び放題なんだなとどこか明後日な方向に思考を飛ばしたかった。


 尤も、指名をしたところで、相手神官がそれを承諾するかは別の話だ。

 この美貌の大神官は今も尚、引く手あまただろう。


「ただ、その対面は今、思い出してもあまり気持ちの良いものではありませんでした」


 そんなこの方にしては直接的な言葉を口にする。

 同時に、主人や法力国家の王女殿下以外の人間に対しても、そんな感情を抱くのかとも思った。


 この御仁は人間嫌いとは言わないまでも、そこまで興味や関心を抱くような人ではない。


 ……つまり、第三王女殿下に関しては、それなりに気になる存在であり、それを俺に伝えても良いと思う程度の信頼は得ることができたということだろう。


 尤も、明日、入れ替わりで来ることになっている弟にも同じような話をするのだろうが。


「魔獣の血で濡れ、(すす)や灰を被り、たった一人で魔獣の中を突き進んでいた時よりも、広間の壁で双子の姉といる方が、光のない瞳をしておりました」


 それは想像できる。

 あの第三王女殿下は魔獣を狩りに行く時は生き生きとしていた。


 同行している愚弟もその姿を見ている。


 そして、同時に第二王女殿下から先に聞いていた双子の王女殿下たちの扱いからも、そうなっても不思議ではない環境にあったことを俺は知っている。


 集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)の話は初耳であったが、騎士団を派遣するような魔獣戦にはいつも駆り出されていたと聞いている。


 第二王女殿下は双子であって、いつも第三王女殿下と共にあったわけではなく、魔法に制限があったために、魔獣戦には出ることを許されていなかった。


 だから、その詳細まで知らなかっただけだ。


 女王陛下に付き添われる第一王女殿下。

 儀式の場において姿を見せない王配。

 そして、同じ王族でありながらも儀式中、広間の隅にいた双子の王女殿下たち。


 そんな言葉だけでもアリッサム王家の纏まりが分かるだろう。


 ―――― ああ、不快だ


 何に対しての感覚かは分からない。

 ただ漠然と不愉快な気分を持っていることは理解した。


 自分の(うち)に渦巻くコレを理解できる言葉にして表現するのは、容易ではない。

 それでも、自分は今、ナニかに対して、言いようがない感情を抱いている。


「その後も何度か、火の地の……、アリッサム以外の場所でお見かけしました。第一王女殿下の成人の儀以降は、私の存在を認識したのか、時々、こちらを見るようになった気はしております」


 大神官は気配を消していたことだろう。

 それでも、気配を察知したらしい。


 どちらも異常だ。


 もともと気付いていたけれど無視していたのか。

 そのタイミングで見つけるようになったかは本人でなければ分からないな。


 意識的なのか、無意識だったのかも。


「ところが、ある時から、第三王女殿下の気配が変わったのです」


 その変化が分かるほど、気に掛けていたことも驚きだが、なんとなく、大神官はこれが言いたかったのだろうと思った。


 前置きが長すぎるが、必要なことではある。


 11歳からさらに数年。

 そこから導き出される答えはそう多くない。


 第三王女殿下は人間界に行ってたのだ。

 12歳時の小学校卒業、中学校に入学か。


 あるいは……。


「13歳以後のあの方は、まるで別人のようでした」


 中学二年生。

 後輩ができて、初めて「先輩」と呼ばれる年代。


 それで、この目の前の男が何を言いたいのかを察する。


 恐らく、それは誤りではないのだろう。

 そうでなければ、あれだけ懐くはずがないのだ。


 だが、それを受け入れがたく思っている自分がいる。


 これ以上、()()()()()()()()()()

 愚弟が聞いてもそう言うだろう。


 それが、もうとっくに背負っているものだったとしても。


「三年前、栞さんがあの方をこの国に連れてきた時、得心が行きました。栞さんが姫に影響を与えたように、私を変えたように、クレスノダール王子殿下を落ち着かせたように、第三王女殿下の心を導いたのでしょう」

「それは……」


 その言葉に対して、反射的に何かを言おうとして……。


「……などと、()()()()()を申す気は全くございません」


 外ならぬ大神官自身に止められた。


「は……?」


 まるで、愚弟のような間の抜けた言葉しか口から出てこない。


「栞さんと第三王女殿下は大変、仲が良いことは存じております。我が姫も嫉妬するほどに。それでも、あの第三王女殿下の変化の全てが栞さんによるものとは貴方も考えてはいないでしょう?」


 大神官にしてはどこか挑発的な笑み。


「ですが、困ったことに昔の第三王女殿下を知った上で、栞さんとの関係性を考えれば、そのように結び付けようとする短絡的な方はいるでしょう。特にローダンセには、()()()()()()()()()()()()もいるはずです」


 主人と第三王女殿下は中学校で出会っている。


 だが、それ以前。

 第三王女殿下は小学校も人間界にいたのだ。


 その小学校に……、ローダンセ貴族子女たちが、少なからずいる。

 俺や愚弟、主人も知らない小学校時代の第三王女殿下を知る人間たちが。


 特に同学年……、近くにいた時期が長い人間ほど、主人と第三王女殿下の関係を知っている人間が増えるだろう。


 なんて、厄介だ。

 そっちの視点は全く考えていなかったのだから。


 ローダンセでは主人だけを守れば良いと思っていたが、それだけでは全く足りないらしい。


 そして、第二王女殿下よりも、もっと付き合いの長い第三王女殿下の方を崩されれば、主人は揺らぐだろう。


 ―――― わたしは飛び出すと思います


 罠だと分かっていても、飛び出す宣言をしてくれた主人だから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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