他者の目から見て
神扉の守り人は告げる。
「魔法国家は他国の兆候を見逃し、あえて集団熱狂暴走の発生直前まで待つ国でした」
かつて、フレイミアム大陸の中心国であった国の考えを。
「その……、理由は?」
集団熱狂暴走を、発生させてはいけない。
セントポーリア国王陛下は確かにそう口にしていた。
未然に防ぐことは大変だが、発生してしまえば多くの人間が犠牲になってしまうだろう、とも。
だから、魔法国家が他国の集団熱狂暴走をわざと見逃す理由を予測することはできても、できれば外れて欲しいと願ってしまった。
俺も存外、常識人だったらしい。
救いは、発生させるのではなく、発生直前での対処だったという部分だろうか。
「実際の魔法国家がどうお考えだったかは分かりません。ですが、我が国に来た方々の目にはそう映ったようです」
例の聖騎士団候補たちか。
それでも、そんな一方的な言葉だけで、この大神官が断言するとは思えない。
末端が好き勝手囀るのは何処の世界でもある話だ。
だが、同時に、まだ国の規律にも縛られていないからこそ口にできることもあるとも思える。
「魔法国家国内では、ほぼ兆しの段階で対応できていたようですが、十年前に一度だけ、大規模な集団熱狂暴走が起きております」
それは、俺の記憶にもある話だ。
セントポーリアの集団熱狂暴走に連れ出された後のことだったためか、よく覚えている。
俺は、セントポーリア国王陛下が、アリッサム女王陛下との通信中にそれを知った。
場所としては、アリッサム城から遠く離れた地だったらしい。
人も住まわぬような砂漠地帯だったために結界もなかった。
それでも、アリッサム国内であることに変わりはない。
いつもなら気付くはずのものに、誰も気付かなかったのか。
気付いた時には、信じられない数の魔獣たちがアリッサム城に向かっていたという。
厄介だったのは、当時の聖騎士団と魔法騎士団の大半が、それぞれ別の用件で他国に赴いていたらしい。
スクリア女王陛下の治世において、魔法国家に両騎士団の大多数がいなかったのは、後にも先にもこれっきりだと聞いている。
幸いにして、第三王女殿下が城下に下り、即興で纏め上げた傭兵団たちと第三王女殿下自身の力によって、未然に防がれたため、他国にそれが伝わることはなかったようだ。
アリッサム女王陛下自ら伝えた関係で、セントポーリア国王陛下は知ることとなったが、かの御仁は口が堅いため、国内の誰にも伝わることはなかった。
偶々、その日、寝所で寝転がっていた俺も話は聞いたが、愚弟にも伝えていない。
だが、あの時に思ったのだ。
―――― 仕組まれたか?
その頃には既に、疑い深い性格に育ち始めていたためか、そう考えた。
それを聞いていたセントポーリア国王陛下がどう思っていたか分からない。
だが、あまりにも出来過ぎていた。
両騎士団の大部分がそれぞれ別の国に魔獣の討伐のために出ている隙に、自国で集団熱狂暴走発生?
集団熱狂暴走が簡単に予測できないモノだったとしても、両騎士団が同時に不在というのがまずありえないだろう。
火急の時に誰が国を守る?
しかもそこで活躍したのは、年端もいかぬ王女殿下だったという。
いくら王族とは言っても、何故、その娘だけが戦いに出た?
本来は守られる王族は集団熱狂暴走の際は前線に出るとしても、だ。
国には頂点である女王陛下とその配偶者である王配がいたはずだ。
そして、第三王女というからには、第一、第二だっているだろう。
アリッサム女王陛下はセントポーリア国王陛下と話していたその口ぶりから、戦いに不慣れなことは理解できる。
もしかしたら、第一、第二王女もそうだったのかもしれないということで納得もできた。
実際はもっと複雑な事情があったわけだが、当時の俺がそこまで知る由もない。
だが、王配は別だ。
その存在は女王陛下を守る者。
国内最高の魔力所持者。
かつて、何年にも亘り聖騎士団長を務めた男。
そう聞いていたのに、その娘しか動かなかったのは何故だ?
何よりも、聖騎士団と魔法騎士団が同時に出ることを誰も止めなかった理由はあるのか?
その当時の俺ですら、そんな考えを持った。
だからだろう。
セントポーリア国王陛下が……、「他国のことだからな」と、通信を切った後に小さくそう呟いたのが、今も耳に残っている。
「その十年前の集団熱狂暴走を知る人間は、第三王女殿下に向かってこう言う王配殿下の言葉を耳にしたそうです」
―――― 魔獣たちの怒りはお前のせいだから、お前が責任を取れ
「何故ですか?」
意味が分からない。
いや、集団熱狂暴走の原因が第三王女殿下?
それはあり得ないだろう。
話を聞いた限り、集団熱狂暴走は大気魔気による魔獣の状態異常によるものだ。
大気魔気を調整することができる王族は、それを防ぐ方だろう。
「第三王女殿下は、火の地の至る所で常日頃から魔獣を討伐しておりました」
それは当人からも聞いている。
さらに、愚弟からの話では、異常なほどハイペースかつ、初陣もかなり未熟な年齢だったという。
「そのため、魔獣たちが怒りだしたというのが、その当時の王配殿下の言い分のように聞こえたそうです」
「はあ……」
王配が本気でそう信じていたのか。
単に第三王女殿下を現場に派遣するために言いがかりをつけたのかは他人である俺には分からない。
だが、第三王女殿下に向かって実際にそう告げる王配殿下を見た者がいるということは問題だろう。
迂闊だ。
仮に身内を疎ましく思っていても、第三者の目に触れるような場所で軽々しく口にすべき言葉ではない。
まあ、十にも満たない実の娘を、あんな狂乱騒ぎに追いやるような男だ。
その器も知れると言ったところか。
「雄也さんは、第三王女殿下が魔獣と戦っている姿をご覧になったことはありますか?」
不意の問いかけに対して……。
「見たことはございません。私が知るのは、弟からの報告のみです」
そう答える。
魔法は何度も見た。
主に、主人に対して容赦なく、遠慮なく、楽しそうに放たれる。
アレを魔獣が食らえば、骨ぐらいしか残らないだろうなと思うような魔法もあるし、それ以上の破壊力がある魔法も見ている。
模擬戦闘も何度か見ているため、その戦い方も漠然とだが、掴んだつもりだ。
愚弟の報告からも、魔獣戦でもそこまで大きな違いはなさそうだと予測している。
「おや? それは少し意外ですね」
だが、大神官は表情を変化させる。
「好奇心のお強い貴方のことですから、真っ先にあの方の戦い方を見ているかと思っておりました」
「残念ながらその機会に恵まれませんでした。仕方ありません」
彼女が魔獣退治をするようになったのは、ローダンセに行ってからである。
それまでは、主人がいるため、俺たちもできるだけ魔獣を避けていた。
各国を移動する際も、街道から外れない限りは、魔獣に出会うことはない。
ストレリチアもカルセオラリアも王城で世話になっていたため、魔獣の話を耳にする機会はほとんどなかった。
だが、ウォルダンテ大陸はフレイミアム大陸ほどではないが、魔獣が多い地である。
それも城下には、魔獣退治の依頼が貼りだされるほどだ。
だから、城下に長く滞在するとなれば、どうしても魔獣の話は耳に入ってくる。
そして、ローダンセ城下に滞在するのも、第三王女殿下にとっては暇を持て余すだけだった。
これまでは主人とともに行動したり、カルセオラリアの復興を手伝ったりなど、退屈する余裕がなかったのだ。
だが、ここに来てすることがなくなった。
そのために魔獣退治に出たいと思うようになったのだろう。
そこで一つ問題が発生する。
トルクスタンだ。
ヤツが同行者無しの魔獣狩りに反対する。
だが、トルクスタンを連れ歩くわけにはいかないし、第二王女殿下は最近、少し魔法を使えるようになったばかりで、まだ魔獣退治ができるほどではない。
そこで白羽の矢が立ったのは愚弟である。
ヤツを同行者として魔獣狩りに勤しむようになったのだ。
因みに俺は彼女から疎まれているため、同行者にはなり得なかった。
そのために、彼女の魔獣退治を至近距離で拝むことはまずない。
そして、同時に俺は主人から離れられなくなった。
これまでは、主人から少しぐらい傍にいなくても何も問題なかったのだが、今の扱いは貴族令嬢に準じるものである。
一人で過ごすなどありえない。
常に侍女が控えている必要がある。
尤も、用事があるからと離れたところで、あの主人は気にしないだろうが、離れすぎると、有事に反応できない。
今、主人がいる場所は、ほぼ敵陣なのだ。
そういった意味でも、護衛は主人から離れられない。
「今は、私か弟のどちらかが必ず主人の側にいる必要があります。それなのに、私情で離れるわけにはいかないでしょう」
正直、興味はある。
魔法国家の王族が実戦で放つ魔法。
人間相手の模擬戦闘や、弟からの報告だけでは掴み切れないものがあるから。
攻撃的な魔法を扱う人間ならば、フレイミアム大陸に行かなければ本来、見ることもできなかった魔法国家の王族が戦う姿に興味を引かれないはずがないだろう。
魔法は想像力だ。
自分よりも上位の人間たちが扱う魔法以上に、想像力を補完してしてくれるものなどないだろう。
同じ上位の人間でも主人は例外だ。
次元が違い過ぎて、ほぼ参考にならない。
だから……。
「一度ぐらいは見てみたいと思うのですけどね」
俺はそう本音を零すのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




