神官たちの対策
祝・2700話!
「聖跡に触れるよりも、法力の力が上がるという話が、神官たちの間で実しやかに囁かれているのですよ」
大神官自らが「実しやか」という言葉を使う以上、それは真実とは言い難いのだろう。
それから導き出されるのは……。
「神気穴に触れるからではなく、それを塞ごうとするから法力が上がるということでしょうか?」
そう考えるべきではないだろうか?
「まず、神気穴は目に見えません。そこに在ることを感じるだけです」
それはそうだろう。
見えていたら、もっと騒ぎになっているはずだ。
どの国も最大のモノは、城にあるはずなのだから。
「そして、その場にいるだけで、魔気の護りが弱ければ、体調不良を起こします」
「そうですね」
だから、王侯貴族たちがその身体で大気魔気を体内魔気へと変換する必要があるのだ。
「そのため、その神気穴へ向かった魔気の護りが弱い……、魔力が強くない神官たちは、それを塞ぐしかなくなるのです」
「なるほど」
ある意味、命懸けの行為ともいえるのだろう。
法力を強くしたければ、神と所縁のある場所へと行かねばならない。
それは聖跡と呼ばれていたり、神像と呼ばれるものだったりするわけだが、その中に目には視えないが神気穴と呼ばれる大気魔気の素が噴き出す場所がある。
失敗すれば動けなくなるが、成功すれば法力が上がる場所。
そして、それは他の人間に先を越されてはならない。
先着一名様の時間限定サービスなのだ。
周囲を出し抜いてでもその場所に向かい、一度で成功させようとするだろう。
失敗してしまえば、その機会は他の神官たちの手に渡ってしまう可能性が高いのだから。
それでも人間の足では行けない場所があるはずだ。
そんな時はどうするのだろう?
「地の地の中には、前人未踏の神気穴はないとされています。過去の集団熱狂暴走発生の地。大気魔気が濃い場所。精霊族の集う領域。神々の伝承が残る地域。高位の神官がよく出かける先など、神官たちは常に調べ続けていますから」
それは、正義のためではない。
自分さえよければという我欲の方が多いだろう。
それでも結果として、この大陸を救っているというのはなんとも皮肉な話だ。
だが、それこそ神が求める娯楽なのかもしれない。
「神や精霊族から、その場所まで誘われる者もおります」
「そうなのですね」
それこそ、神や精霊族に認められた本物の神官ということに他ならない気がした。
そして、目の前の御仁はそのタイプなのだろう。
「私や義父は、長年、とある精霊族を探しているのですが……」
おや?
なんとなく、寒気がしたような?
「その目撃証言のある地に向かうと、何故か、集団熱狂暴走が発生目前の場所だったりしたことが幾度となくありました」
ああ、誘われている。
それも分かりやすく。
「義父も似たような経験を数十回としたそうです」
……元大神官である聖爵閣下もか。
「集団熱狂暴走の兆しを見つけた以上、神気穴を塞ぐのは神官の義務と伺いましたが、お探しの精霊族は見つかったのでしょうか?」
そんな分かり切った言葉を口にする。
見つからないから、いろいろ苦々しい思いをしているのだ。
しかも、その相手は明らかに自分を餌にして、元大神官と現大神官の二人を振り回している。
結果として、大陸が救われているとはいっても、その心中が複雑なことは想像して余りある気がした。
大神官はその整った顔に笑みを浮かべ……。
「これを……」
一枚の折り目が多く付いた紙を俺に向かって差し出した。
これを見ろということらしい。
「拝見いたします」
そう言って受け取った紙には……。
―――― Merci pour votre travail acharné cette fois-ci également.
グランフィルト大陸言語で「今回もお疲れさまでした」と書かれていた。
「それを受け取ったのは、私が紫羽になる直前、人間界に行くことが決定した直後に神気穴を塞いだ時でした。いつの間にか、私の背後に落ちていたのです」
「そうですか……」
それ以外にコメントのしようがなかった。
何を言っても、必ず何かを踏む気がする。
「それまで何の疑問も持っていなかったのですが、その時、初めて、かの精霊族によって、良いように操られていたことに気付いたのです」
それまでに、一体、何度嵌められたかは分からないが、そこに至るまでに何の疑問も持っていなかったことの方が凄いとも思う。
この方の性格がどこか歪んでしまったのは、その精霊族のせいとしか思えない。
……一体、どこの気高く美しい精霊族なのだろうか?
罪深いことである。
「火の地は、三年前まで魔法国家に支えられていました。今では、残された各国がクリサンセマムを中心に、魔獣討伐をしているようです。その成果が出ているのか、今のところ、集団熱狂暴走は発生しておりません」
ようやく、この話題になったか。
待ちわびたぞ。
これまでの話は調べれば分かることだ。
だが、ここから先は記録が残っているかも怪しい話となる。
「今ではなく、魔法国家が健在だった時期のことは分かりますか?」
俺が各大陸の集団熱狂暴走対策の中で聞きたかったのは、フレイミアム大陸の話だった。
それも、アリッサムがある時代のことだ。
それを知る人間は限られているだろう。
だから、この方に聞いても分からなければ、断腸の思いではあるが、主人を通して情報国家の国王に尋ねるしかないだろうと思っていた。
アリッサムはその強大な魔力のために、何でも、魔法で解決しようとする国という印象が強い。
事前に調査して近くの魔獣を殲滅するとか、その根本的なモノ生み出す場所を一時的に塞ぐとか、そんなことはしていないと思っている。
だから、ある意味、一番、参考になる気がしていたのだ。
「貴方や、九十九さん、栞さんは聞かない方が良いと思いますよ」
だが、そんな意外な言葉が返ってきた。
「主人や愚弟はともかく、私も……でしょうか?」
件の国がまともでないことは、少しずつ分かってきている。
それはあの愚弟も何度か口にしていたことだ。
魔法国家の王族たちから語られる異常な国の話。
真っ当な国ならば、人工的に精霊族を生み出そうなんて考えない。
そして、王配が出ることなく、第三王女だけを魔獣討伐隊に組み込むことはしないだろう。
それも年齢が一桁の頃から。
「はい。第三王女殿下を御存じの方には少々、刺激が強いお話となりますから」
恐らくはそうだろうと思っている。
だが、何故、そんな話を他国のこの方がご存じなのか?
「この国には聖騎士団候補も多くお見えになりました。魔法国家襲撃の折、国から離れていたために無事だった人間たちはそのまま、この国に残るしかなくなったのです」
なるほど。
その繋がりで知ったのか。
だが、そう簡単に国を売るような話をするだろうか?
「魔法国家の三人の王女殿下たちの御高名は、他国においても、耳が聡い者なら、一度は耳にされたことがあると存じます」
「はい」
魔法国家の結界都市を維持し続ける女王陛下とそれを補佐する第一王女殿下。
その第一王女殿下を上回るほどの魔力を持つ第二王女殿下。
そして、聖騎士団と魔法騎士団を率いて、多彩で強力な魔法を操り、桁違いの魔獣を屠り続ける第三王女殿下。
第二、第三王女殿下たちが黒髪の双子であることも知っていたが、自分が通う高校に入学してきた時は目を疑った。
他国滞在期は魔力成長期に差し掛かる15歳まで。
だから、高校に通うような人間はいないだろうと思っていたが……、人間界でいう三月の終わりが生誕日だった彼女たちは、高校一年間だけ通うことにしたらしい。
……魔法国家の人間が15歳が終わるギリギリまで人間界に滞在するなど、誰も考えない。
尤も、その頃、第二王女殿下は魔法が不自由だった。
魔法を使わなくても良い世界に少しでも長くいたいと思ってしまったのは、事情を知った後だから理解はできる。
「では、それを踏まえた上でお伝えしましょう」
大神官の雰囲気が変わる。
これまではまだ人間側だった。
だがここからは、違う。
「魔法国家は他国の兆候を見逃し、あえて集団熱狂暴走の発生直前まで待つ国でした」
神扉の守り人は人間に向かって冷えた声でそう告げたのだった。
毎日投稿を続けた結果、驚くべきことに、とうとう2700話となりました。
ここまで、長く続けられているのは、ブックマーク登録、評価、感想、誤字報告、最近ではアクションボタンで反応してくださる方々と、何より、これだけの長い話をずっとお読みくださっている方々のおかげです。
この間、長文の感想をいただいたり、誤字報告を毎日のように頂戴したりと本当にいろいろありました。
特に誤字報告!
最近、多すぎて申し訳ございません。
大変、助かっております。
改めて、隅々まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
まだまだこの話は続きます。
更新が滞らないように頑張らせていただきますので、最後までお付き合いいただければと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




