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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 大樹国家ジギタリス編 ~

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最短で三日後

「行き先が決まったのは良いけど……。定期船が運行を開始するまで、動けないことには変わりはないんだよね」

「…………」


 わたしがそう言うけれど、九十九は黙っている。


「まあ、お金を使わずに泊まる場所が確保できたのは幸いだったと思わない? いろいろと楓夜兄ちゃんに感謝だね?」

「その前にオレの質問に答えろ」


 わたしの言葉にも九十九は怖い顔のままそう言った。


 うう。

 見逃してください。


「なんで、こんな時間に、こんな所でも迷子になってんだよ! さっき案内されたばかりだろうが!!」


 残念ながら、彼は見逃してはくれなかった。

 そして、彼の言うことは尤もなことだから仕方ない。


 お休み中の定期船が動くまでの間、楓夜兄ちゃんはこの城樹に逗留することを許可してくれた。


 本当に感謝である。


 もともと、このジギタリスの城樹には、占術師に視てもらう目的以外にあまり人が来るわけではないらしい。


 国家としての規模は大きくないため、他国より使者が来ることも少なかったそうだ。

 尤も、隣国であるセントポーリアは別らしく、定期的に使者が訪れているとも言っている。


 セントポーリアの国王陛下は、隣国も大事にする考えを持っているようだ。


 そして、何故か、ここ最近は、使者だけではなく兵まで頻繁に来るようになったらしい。

 わたしにとっては、頭が痛いことだ。


 そのため、広さの割に空いている部屋が多く、掃除する手間は変わらないので使ってくれとのことだった。その言葉に甘えさせてもらったのだ。


 そして……、夜にちょっとだけ……と思って……冒頭に戻る。


「通信珠を持っていただけ進歩したと思ってよ」

「……もっと反省しろ。セントポーリアから今日は兵も来ていないみたいだが、そいつらに見つかるとかなり面倒なことになるんだぞ」

「うぬう」


 確かにそう言われては、何も言うことはできない。


「どこに行く気だったんだ?」

「暇だからふらふら~っと」

「……知らない所でその行動は本気で止めろ」

「……そうだね」


 そうは言ったものの、本当は凄く不安だったのだ。


 占術師の言った言葉はあのよく分からない神言(しんげん)ばかりではない。


 極小の確率とは言われたけれど……、わたしは、早ければ三日後に、死んでしまうかもしれないのだ。


 そんな状況で、大人しく部屋でじっとしていられなかった。


 いきなり明日とか言われるよりはマシだったけど。


「……どうした?」

「へ?」

「なんか変な顔してるぞ」


 九十九が何かに気付いてしまったようだ。


「失礼だね。元からこんな顔だよ」

「普段はここまで酷くねえよ。魔界に来る前の日みたいな顔だ」

「……そうかな?」


 九十九は意外と鋭い。

 基本は言動が残念だったりするけど、決して彼は鈍いわけではないのだ。


「何があった?」


 よっぽど変な顔をしているのか、九十九は重ねて追及してくる。


 わたしの護衛という立場にある彼に、あまり下手なことは言えない。

 だけど、このまま誤魔化し続けるのも難しいと思った。


「九十九はもし、わたしが先に死んだらどうする?」

「は?」


 唐突なわたしの言葉に、彼はその黒い瞳を見開く。

 まるで、信じられないものを見るかのように。


「わたしがいないとお役御免になっちゃうよね?」


 そんなわたしの言葉で何かに気付いたのか。


「……占術師に何か言われたのか?」


 彼はそう言った。


 確かにいきなり過ぎたか。


 わたし自身は、最近よく、死んでもおかしくないようなこともあったから、この質問自体はそこまで驚くようなことではないと思っていたけど、少しばかりタイミングが悪かったようだ。


 仕方ないから、もう少し言葉を続ける。


「わたしが早く死ぬ可能性があるって」


 嘘は言っていない。

 最短で三日後という具体的な話は流石にしないけれど。


「じゃあ、オレはもっと早く死ぬだろうな」

「へ?」


 思わぬ返答に、今度はわたしの方が驚くしかなかった。


「護衛が主人より長生きしてどうするんだよ」


 迷いもなくそう口にする彼。


 それはわたしにとっては少し嫌な考えだった。


「……そ~ゆ~のはやめて」

「先にそんなアホなことを言いだしたのはお前の方だ」

「そりゃそうだけど……。でも、わたしのために犠牲になるとかそ~ゆ~考え方を持っているなら今すぐ遠くに放り投げて。すっごく嫌。はっきり言って迷惑」


 わたしのために盾になるとかそんな献身はいらない。


「断る」


 すごく短い拒絶の言葉。

 そして、わたしの言葉を否定はしていない。


 これは……今、確認していて良かったことなのかもしれない。


 九十九が、こんな考えを本気で持っているなんて、わたしは全く知らなかったのだから。


 ただこれが、「今のわたし」に対しての気持ちなのか、「昔のわたし」に対しての想いなのかは分からない。


「……なんですと?」

「オレはお前を先に死なせることはない。多分、兄貴も同じことを言うと思う」

「病気とかならどうするの?」

「死なせない」

「答えになってないよ」


 魔界には病気の治療薬なんてないのに。


「アホなこと聞いてるからだよ。普通の怪我ならオレが絶対に治すし、病気だとしても、手を尽くす。だから、お前は楽に死ねると思うなよ。オレたちを少しでも長く生かしたいなら、死ぬ気で生きろ」

「……なんだろう。この努力してくれるのだろうけど、脅されている感じがするのは」

「脅されていると少しでも思うのなら、今回のように考えなしに動く癖はやめてくれ。せめて、事前に相談しろ。お前は自分以外に2人分の命を背負っていると自覚してくれ」


 脅されていると思ったのは間違いじゃないようだ。

 彼は、自分たちの命を使って、わたしに忠告をしてくれている。


「占術師の言葉は気にするな。それに、早く死ぬって言っても、今日、明日の話ってわけじゃないだろ?」

「うん、多分」


 最短で三日後ですけどね。

 だから、ギリギリ「今日」、「明日」の話ではない。


 でも、それを乗り切ってもあまり長くは生きられないんだろうな。


「それならいつものように呑気に笑っとけ。ああ、それでも不安なら、いつかのように寝るまでついていてやろうか? それなら眠れるだろ?」


 わたしはかなり不安な顔をしていたのだろう。


 九十九が真顔でとんでもないことを言った。


「……何、寝ぼけたことを嫁入り前の娘に提案しているの? 異性の護衛」

「嫁入り前の自覚はあったか」

「嫁に行けるかは置いておいて、自覚はあるんだよ」


 尤も、最短で三日後に死ぬなら、嫁に行くことなどないのだけど。


「うっかりわたしが『お願い』していたらどうするの?」

「……引き受けるが?」


 ああ、うん。

 魔界人のこ~ゆ~感覚にわたしはついていけない。


 異性であっても護衛は護衛ってことなのだろうか?


 護衛を部屋の置き物として考えろと?

 ちょっとこんな存在感のある置物は無理だな~。


 仮にも彼はわたしの初恋相手だ。


 それが過去の話とは言っても、少しでも好ましく想ったことがある異性に無関心でいることができるほど、わたしは達観していないし、異性慣れもしていない。


「じゃあ、早く寝ろ。眠れなければオレを呼び出せ。話し相手ぐらいはなるから」


 だけど……呼んだら来てくれる。

 その事自体はすごく嬉しいのだから困る。


 わたしはなんて我儘なのだろう。


「そうだね。ありがとう」


 わたしは欠伸を噛み殺しながら、お礼を言ったのだった。


 この時のわたしはまだ本当に何も知らなかった。


 自分のことだけで良かったのだ。


 だから、自分のことしか考えられなかった。


 自分が何もできないことを、どこか当然のように思っていた。


 自分のために周囲がどれほどのことを考えてくれていたのかも分からなかったのだ。


 せめて、この時、誰かに打ち明けていれば……、あんなことにはならなかったかもしれないのに……。


 現実っていうものには残酷で不可解なことが多過ぎて、自分一人ではどうすることもできないことしかないと気付くのは、ほんの少しだけ先の話。


 何も出来なかった自分の無力さを激しく呪うことになるなんて、本当に思いもしなかったのだ。

次話は本日22時に更新します。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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