各大陸の対策方法
「随分、お疲れのようですね」
背が高く白い衣装に身を包んだ男にそんな労りの言葉をかけられる。
情けなくも顔に出てしまったらしい。
「午前中、嫉妬深い男に何度か殺されかけまして」
我ながらよく生きていると思うほどだった。
幾つになっても、男は嫉妬する生き物らしい。
おかげで、一度、心と身体を落ち着かせるために、城下の森に戻ることになってしまったのは、我ながら不覚ではある。
主人がまだ寝ていたことは僥倖であった。
愚弟の緩んだ顔は気になったが、寝ている女性に手を出すようなことはしないだろう。
「それはそれは。異性から好意を持たれやすい雄也さんならではの話ですね」
それをどう受け取ったのか、笑いながらも若干、棘のある含みを返された気がした。
考え過ぎかもしれない。
だが、この男とはあまり相性が良くないから、そこまで外れてもいないだろう。
早さを優先せず、愚弟に任せるべきだったか?
「それで、集団熱狂暴走のお話でしたね」
「はい。この国の事例をお伺いしたくて参りました」
セントポーリアの事例については、セントポーリア国王陛下から聞かされ、さらに書物の記録も確認している。
やはり、陛下は何度か経験されているらしい。
尤も、そのほとんどが集団熱狂暴走が発生する前の兆候段階で、食い止めてはいるらしいが。
俺が参加させられた集団熱狂暴走は、珍しく発生したものだったそうだ。
魔獣退治未経験者をそんなものに参加させないで欲しい。
そして、その話の代償が、地下でのストレス解消というのは割に合わない気がしたが、普通に考えれば国王と呼ばれる人間と至近距離での問答など、ありえない。
相手は笑顔で風魔法を数発放ちながら、俺は防戦一方の会話ではあるが。
あれに剣技が入れば、一瞬で勝負がついてしまうことはよく分かった。
「この大陸では、集団熱狂暴走でストレリチアの王族が出向くことは、ほとんどないと記録されております」
「王族ではなく、神官たちが出向くと言うことですね」
「はい。神官たちにとっては信仰心を試される修行の場となります」
他大陸では王族たちが行くというのに、神官で大丈夫なのだろうかと不安にはなる。
そして、さらりと言われているが、他者の命が掛かるような自然災害で、修業して欲しくはないと思うのは俺だけだろうか?
だが、現状、ストレリチアは生き残っている。
このグランフィルト大陸内では、ストレリチア以外の国は既に滅んでいるというのに。
そして、ストレリチア一強になった後も、そこまで大規模なものが発生していないということだ。
「大神官猊下も参加されたことはありますか?」
「集団熱狂暴走そのものの経験はありませんが、その前兆段階ならば、正神官時代には既に万を超えておりました。正確な数字については都度、報告しているため、大聖堂に確認すれば分かりますよ」
「そんなにあるのですか!?」
しかもこの方の正神官時代は5歳から10歳だと聞いている。
ほとんど年齢一桁だ。
そんな時代からアレを経験したというのか?
「恐らく、雄也さんが考えているモノとは違うことでしょう」
俺の驚きが伝わったのか、大神官はそんなことを言った。
この方は精霊族の血も入っている。
この距離では防ぎきれない心の声も届いていることだろう。
「違う……と申しますと?」
「120年ほどの話ですが、この地では、ほぼ集団熱狂暴走にまで発展しておりません」
「未然に防いでいるということですね?」
確かに100年ほどこのグランフィルト大陸では、集団熱狂暴走の記録は見当たらなかった。
それだけ、兆候時点で押さえ込んでいるということだろう。
「はい。この地と光の地は、集団熱狂暴走の兆しが見つかると、不明瞭であっても即、対処に動く人間が多いようです」
グランフィルト大陸よりも見事な対処を行っているのは、光の地……、ライファス大陸だ。
あの大陸は、一千年ほど、集団熱狂暴走と思われるような災害の記録がなかった。
「風の地は、未だ人手が足りないようですね。ジギタリスは自国で発生しない限りは動きませんし、ユーチャリスは慌ただしく自然災害に対応できる人間が限られています。中心国であるセントポーリアで動けるのは王のみ。これではとても難しいでしょう」
その通りだ。
ジギタリスは自国領土内で兆候が見られない限りは、動かないと聞いている。
そして、ジギタリスでは何故かあまり集団熱狂暴走の兆候が見られないらしい。
逆にユーチャリスはすぐにセントポーリアに泣きつく。
食糧事情を盾にして。
王位継承権で揺れているため、指揮系統が定まっていないことも原因だろう。
だが、その話は十年近く前から始まっているのだ。
いい加減、誰を上に据えるか決めていただきたいものだと思う。
尤も、それはセントポーリアにも言えることではある。
嫡子はいるが、最近、それに反旗を翻そうという動きが出てきた。
セントポーリア国王陛下がお若くなければ、ユーチャリスのように揺れていたことだろう。
しかも、最近、以前のように女性が送り込まれるようになったとチトセ様が笑って言っていた。
だから、セントポーリア国王陛下は政務室に常駐、あるいは、隠し通路を通って寝所にいる……、と。
チトセ様を守るために作られた結界の間は、国王陛下にも有効だったらしい。
そのチトセ様自身は、部屋を与えられている。
昔使っていた部屋ではなく、政務室の側に。
普通ならば危険な場所ではあるが、二、三十回ほど、部屋の入り口で昏倒していた文官や兵士が次々に発見されたことで、ある意味、安全になったらしい。
セントポーリア国王陛下も「これ以上、文官や兵を減らすな」と、周囲に怒り狂ったらしいからな。
昏倒していた男たちに繋がっていた家にまで、粛清が入ったことも大きいだろう。
血塗れた話ではなく、ただの仕事増だ。
倒れた文官や兵士がいなくなると、これだけの仕事が減ると言うことを知らしめたらしい。
その家にいる文官には書類が次々と回されるし、兵は配置担当時間が長くなる。
当事者やその監督責任を持つ家ならともかく、繋がっているだけの家には関係ないだろうと抗議が入ったらしいが、その繋がりについて情報国家に依頼をかけていると言われたら、流石に怯んだらしい。
つまり、繋がりのある家もなんらかの形で関わっていたということだ。
加えて、「その部屋にいる女性文官はその10倍の仕事量を、ほぼ休みなくこなしている。つまり、その損害補填にしてはかなり安いはずだが、彼女の仕事量に合わせた方が良かったか?」などと言われては、どの家も黙る以外なかった。
繋がりの確認ついでに、情報国家がどんな情報を得たのかも分からないのだ。
そのため、チトセ様の部屋に、正面から夜襲を掛けようとする愚か者はいなくなったわけだが。
さらに言えば、チトセ様は、一度もその部屋で休まれたことはないらしい、と追記しておこう。
恐らく、政務室で真摯に仕事をしていた方が、チトセ様は好意を持ってくれる気がする。
尤も、彼女の仕事量を超えるなんて、セントポーリア国王陛下でも無理なのだが。
チトセ様が言うには、秘書官とは仕える主人よりも仕事ができなければならないらしい。
……同感である。
「光の地は、どの国も半年前に、その周辺の魔獣を殲滅するようですね。以後、落ち着くまでは毎日のように魔獣討伐隊が組まれるとイースターカクタス国王陛下が話されたことがあります」
半年……。
集団熱狂暴走の兆候が最初に出るのがその時期だったか。
そこから抜かりなく対応していくらしい。
恐らく、イースターカクタスからそれ以外の国……、アストロメリアとオルニトガラムへ情報が伝達されているのだろう。
「水の地は、常に魔獣退治をしている国が多く、その兆しの発覚も早いようです。ただ……、そうですね。ここ120年ほどは、大規模な集団熱狂暴走に繋がることも多く、精霊族がいなければ、滅ぶ国もあったことでしょう」
120年……。
ウォルダンテ大陸……いや、ローダンセという国の史書を知っていれば、気にかかる年数ではあるが、それ以上に気になる単語があった。
「精霊族……ですか?」
集団熱狂暴走と精霊族の関係性が分からない。
「水の地は昔から、精霊族が多い地です。そして、積極的に人類と交わってきた地でもあります」
それは知っている。
実際、あの国には、精霊族の存在が此処彼処に感じられるから。
貴族のほとんどに精霊族の血が入っていることも間違いないだろう。
「魔獣たちは中級以上の精霊族の気配を避ける傾向にあります。それも本能的なものなのでしょうね」
「……と、言いますと?」
「魔獣は人類の王族を積極的に狙いますが、中級以上の精霊族には近寄りません」
今、もっと聞き捨てならない言葉が入っていた気がする。
だが、まだ指摘はしない。
「それは、大気魔気に理由があるようです」
どうやら、「待て」は正解だったようだ。
あまり表情を変化させることが少ない大神官の口元に、微かな笑みが見える。
「大気魔気は人類の身体を通して変質します。それは、その地の大陸神の加護が強いほど、効果を発揮する。それはご存じですよね?」
「はい、存じております」
「そして、その反対。精霊族は、大気魔気の数を増やせます。特に純血であれば、そこにいるだけで、大気魔気は濃くなるようですね」
それも知っている。
だから、今でも大気魔気濃度が高い場所には、必ず、精霊族が関わった跡があるのだから。
「魔獣は通常の栄養とは別に、純粋な魔力摂取を必要とします。そのために大気魔気が濃い場所に向かうことについても、ご存じと言うことでよろしいでしょうか?」
「はい」
なるほど。
確かに、本能だ。
同時に……、いろいろなことが見えてきて不快な気分となる。
「つまり、魔獣にとって、中級以上の精霊族は糧の素であり、人類の王族は自分たちから糧を奪う存在……、という考え方でよろしいでしょうか?」
俺がそう答えると、大神官は満足そうに頷いたのだった。
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