思い出に触れる
「ところで、雄也は?」
同じ部屋で学ラン姿の九十九が読書をしている図を絵に描きながら、なんとなく聞いてみた。
始めはいつものようにセントポーリア国王陛下とのところかなと思っていたのだけど、その気配を探っても、近くのセントポーリア城にいる感じがしなかったのだ。
「各所に報告の提出」
「各所?」
「セントポーリア、大聖堂、ローダンセ」
「まさかの三カ国!?」
さり気なく言われたけど、その三か所は国どころか、大陸まで違う。
「聖運門を使えば、すぐだ」
「それはそうなんだけど、やっぱり大変じゃない?」
移動は楽かもしれないけれど、それぞれの報告先を考えれば、気疲れしそうだ。
セントポーリア国王陛下と恭哉兄ちゃん、後はトルクスタン王子かな?
それぞれ心配かけただろう。
わたしが目を覚まして動ける程度に回復した……みたいな感じで伝えるのかもしれない。
「大変……。まあ、そうだろうな。セントポーリア城に行った後、そのまま大聖堂に行かず、珍しく、一時撤退をしてきた」
「へ?」
一時、撤退?
「疲れたそうだ」
「それは珍しい」
雄也さんが分かりやすく九十九に疲れたと口にする姿はあまり想像できない。
いや、既にセントポーリア城に行った後ってことにもびっくりなんだけどね。
わたしは、一体、どれだけ寝ていたのだろう?
「登城時は止めておけって言ったんだけどな」
「へ?」
何を止めろと?
「兄貴は三年ぶりに学生服姿……学ランで登城したんだよ」
「どうしてそうなった!?」
それは確かに一度止めた九十九が正しい。
そして、三年ぶりって、昔も学ランで登城していたんですね!?
いや、当時は現役男子高校生だから問題は……、問題しかない!!
「指定の制服ならば、日本の礼装として扱われているだろ?」
「それは日本の話だよね!?」
確かに学生に限らず、制服を着用する自衛官とかも式典参加とかに礼装として制服着用が認められている。
特に自衛官の結婚式は式典参加用の特別な制服があるらしく、それを着用した新郎の圧倒的な存在感に、花嫁さんのウェディングドレスが負けてしまうほどかっこいいと、自衛官が好きなクラスの子が熱く語っていた記憶があった。
だが、この世界でその扱いは許されるのか?
「陛下が気にされたことがなかったみたいだからな~。いつもじゃなくて、忙しい時、限定だったみたいだから問題ないんじゃないか?」
「いやいやいや、何故、それを今、実施するの!?」
雄也さんはもう学生さんでもないよね?
「罰ゲームってそんなもんだよな?」
「理由が酷い!!」
提案したわたしが言うのもあれだけど、あの姿で国王陛下に謁見とか、もはや度胸試しとしか思えない。
「実際、陛下は懐かしんだだけだったみたいだが……」
セントポーリア国王陛下の度量が凄い。
いや、もともとそこまで服装を気にしない方ではあるのか。
わたしもローダンセ国王陛下の前で着たようなドレス姿でセントポーリア国王陛下の前に立ったことはなかった。
よくよく考えなくても不敬ではあるかもしれないが、大体は非公式な場でしか会っていない。
雄也さんもそうなのだろう。
それに、あの異世界感丸出しの服で登城はおかしい。
忙しくても早着替えもできる人なのだから、どこかで着替えているだろうと思っていたのだが……。
「千歳さんが反応してしまったらしくて……」
「…………はい?」
今、自分の母親の名が聞こえたような気がした。
しかも、あまり良い雰囲気がしない。
九十九もどこか遠い目をしているような……?
「千歳さんって、実は、学ランフェチだったのか? 喜ばれたらしいぞ?」
「し、知らない。我が家、学ラン着るような人間がいなかったから」
参観日とか公的の場では普通だったと思う。
私的な場所で見る機会と言えば、九十九が家に来た時ぐらいしかなかった気がする。
ああ、一応、雄也さんも……か?
「あ~、そうなると久しぶりに人間界の空気に触れたからかもな」
九十九が苦笑した。
だけど、その気持ちは分かってしまう。
わたしも人間界の思い出に触れると嬉しいから。
そして、セントポーリア城からほぼ出ることができない母は、わたし以上にその機会が少ないだろう。
ピアノとか、人間界から持ち込んだ物はあるし、兄である伯父さんとは手紙のやり取りができている。
でも、予想外のところで人間界の空気に触れると嬉しいのだ。
あの二度と戻らない宝物のような日々を思い出して泣きたくなるのだ。
この世界に来て、母も三年以上経つが、それでも、生まれ育った場所であり、娘を育てた場所でもあるあの世界を忘れられないのだと思う。
「それで、一頻り騒がれた後、千歳さんの目から涙が零れてしまったらしく……」
それは学ランを見て嬉しさの余り感極まったのか、人間界を思い出してしまったのかが分からない。
「セントポーリア国王陛下によって、契約の間で二時間ほど一対一の模擬戦闘の目に遭ったらしい」
「どうしてそうなった!?」
それは疲れる。
寧ろ、無事で帰ってきてくれただけ良かっただろう。
「好きな女が他の男によって泣かされたら、許せないだろう?」
九十九はそう分かったようなことを言うが……。
「いや、この場合、雄也は何も悪くないじゃないか」
わたしには納得できないものがある。
「相手が悪いとか悪くないとか関係ないんだよ。単にその光景に腹が立った。それだけのことだろう」
「心、狭っ!?」
先ほど度量が広い気がしたのは気のせいだったらしい。
「千歳さんのことになると、心が極端に狭くなるのが陛下の悪癖だろうな」
九十九はしみじみとそんなことを言っているが……。
「それって、母の存在はセントポーリア国王陛下に悪影響ってことじゃないの?」
実はあまり良くないことなのではないだろうか?
母は美人ではないが、それだけ聞くと、傾国というやつっぽい気がしてくる。
美人ではないが。
「容赦ないな、娘は」
「最近、王族の我儘に振り回された記憶が多いからだと思う」
ローダンセに行ってから特にそう思う。
ローダンセの王族たちは、これまで関わってきた王族たちとは根本的な何かが違うのだ。
「セントポーリア国王陛下は千歳さんへの執着をほとんど表に出さない。ある意味、八つ当たりされるのは信頼の証ってことだ」
「八つ当たりってはっきり言った!?」
しかもさり気なく執着とも言った!!
「いや、先ほどの話はどう聞いても八つ当たりだろう。他の男から泣かされたなら、自分が慰めれば良いだけだ。それをせずに原因の排除って……、オレから見たら只の言いがかりで八つ当たりだとしか思えん」
「うぬう……」
しかし、それは王としてどうなのか?
「まあ、体よく大気魔気調整の理由付けに使われた気もするけどな」
「そっちであってほしい」
寧ろ、そうかもしれない。
そう言えば、合法的にセントポーリア国王陛下は雄也さんを契約の間に連れ込めるから。
いや、合法?
この世界は王が法律だから仕方ないよね?
「雄也さんは気の毒だったとは思うけれど、セントポーリアのために犠牲になってもらったってことか」
「いや、兄貴は死んでないからな? 疲労感は漂っていたけど、生きて帰ってきたからな?」
九十九は呆れたようにそう言った。
「でも、そこから大聖堂に行って、さらにローダンセ? 雄也は過労死待ったなし?」
「韻を踏みながら、不吉なこと言うな」
そう言いながらも、少し視線が泳いだ。
過労死はともかく、心配はしているようだ。
「手分けして行けば、良かったのに。大聖堂だけでも九十九が行けば雄也の負担は軽くなるでしょう?」
「今の栞を一人にしてどうする? 暫くは、どちらか一人は必ず張り付くからな?」
「張り付くって……」
そう言えば、先ほど、物理的に張り付いていた。
え?
まさか、雄也さんもあれをするの?
無理無理無理!
九十九はともかく、雄也さんは無理です!!
「嫌なら、早く回復しろ」
「どうやって?」
「知らん」
そうだよね。
分からないから、わたしたちはモレナさまの言葉に藁にも縋るかのように従っているわけだから。
「とりあえず、余計なことをせずに安静にしておく」
絵を描きながらそう言った。
うん、なかなか上手く描けた気がする。
まあ、いろいろ考えなければいけない気がするけど、雄也さんのことだから、大丈夫だろう。
いつものように思いもよらない手法で解決してくれるはずだ。
そう思うしかない。
人に頼ってばかりではいけないと思うのだけど、どうしても頼ってしまう。
それだけ、彼らが有能なのだから仕方ない。
わたしは自分にそう言い聞かせるのだった。
この話で133章が終わります。
次話から第134章「情報収集」です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




