仮装衣装
「それにしても、本当に学ランを着てくれるとは思わなかった」
昼食のような朝食を食べ終わった後、改めてそう言った。
「罰ゲームだからな」
「罰ゲーム」
元をただせば、護衛たちが兄弟揃って、わたしの裸を見る破目になってしまったことに起因する。
見たと言っても、事故であったにも関わらず、重い処罰を求めた彼らに対して、わたしが提案したのが、暫くの間、コスプレをしてくれ! そして、その絵を描きまくる! ……という、大変、阿呆なお願いごとであった。
いや、首を捧げられるよりもずっと良いと思うのですよ?
わたしは戦国武将ではないし、幕末の志士たちでもないのです。
だから、首をもらう趣味などない!!
まあ、九十九自身も「罰ゲーム」とゲーム感覚でいるようだから、そこまで負担にはなっていないのだろう。
「九十九の学ラン姿、久しぶりだね~」
実に三年ぶり、わたしが見るのは十何回目かの学生服姿である。
「この年齢になって着るのは、人間界でもおかしくないか?」
九十九はそう言うが、見た目の違和感は全くない。
高校卒業した時期であっても、まだ18歳である。
だから、そんなにおかしなものではないだろう。
「何を言う? 人間界なら、二十歳でも学ランを着ている人たちが少年漫画や格闘ゲームでたまにいたよ?」
「そんな特殊事例と一緒にするな。そして、格ゲーはなんとなく分かるが、少年漫画の方が分からん」
「そんな! アニメ化までしたギャグ漫画で、夢オチで有名なあの作品を知らないなんて……」
わたしがそう言うと……。
「あ~、それで分かった。だが、古い!!」
思い当る作品があったようだけど、ツッコミも忘れられなかったらしい。
そして、古い少年漫画ネタが多いのは、わたしに漫画をくれた伯父さんのせいです。
「お前だって、セーラー服を着ることはないだろう?」
「まあ、人間界じゃないからね。でも、母に変身した時に着た覚えがある」
「アレの姿は15歳の千歳さんだったから、ギリギリセーフだ」
それでもギリギリらしい。
「今、18歳とは言っても、高校卒業している時期だからね。もう似合わないか」
「…………」
九十九が何かを言いたげな目でこちらを見ている。
「我慢せず、はっきり言って良いよ?」
なんとなく、予感はしているから。
どうせ、わたしはセーラー服でも違和感がないって言われるんでしょう?
「お前なら、ランドセルもまだ似合うんじゃないか?」
「それは言い過ぎ!!」
わたしの好きな人はもっと酷いことを言う人でした!!
確かに、わたしの身長は小学校高学年女子の平均身長ですけど!!
「流石にランドセルは持ってないが、革製のリュックサックなら……」
「出そうとするな!!」
だけど、九十九が次々に取り出した革製のリュックはとても可愛らしい種類のもので……、思わず背負ってしまいました。
ええ、本当に可愛かったのです。
なんなの?
この護衛!!
何の目的でこんな可愛らしい革製のリュックを数種類も用意しているの!?
……こうして、わたしに背負わせるためか。
流石にこのデザインで、自分が背負うってことはないだろう。
まあ、ランドセルの話を先にしていなければ、これらは普通に可愛い革製のリュックでしかない。
黒や、茶色、黄土色とかいろいろある。
特にこれなんて、色は薄ピンクで可愛らしくシンプルなデザインなのに、いろいろ物が収納できそうなお得感が凄い!!
「栞は革製品が好きなのか?」
「好きってほどでもないけど、革製品って妙にテンション上がらない? 革の装飾品とかちょっとおしゃれな感じだよね?」
雑貨屋さんにある革紐にちょっとした天然石や金属製の飾りが付いた装飾品なんて、小中学生の憧れではないだろうか?
小学生の時、革製の白いサンダルを母の同僚から頂いた時も嬉しくって、普段使いの物ではないのに、それを履いて外で走りまくったら……、まあ、悲劇だった。
夏だったこともあって、変な日焼けをするし、汗のせいか革が当たっていた部分も日焼けとは別の赤い跡ができるし、さらに言えば、普通の靴とは違う場所に靴擦れができた。
そして、革製品は手入れが大変なことももう知っている。
「革の鎧とかも、初期装備としては優秀だし」
「待て? 方向性がずれ始めたぞ?」
「え? 革製品の話だから、一緒でしょ?」
方向は一緒だよね?
「鉄や鋼は無理だけど、革の鎧ぐらいなら装備できそうな気がするし」
鉄や鋼は想像だけでも重そうだが、革製の鎧ならいけそうだ。
「お前の場合は『体内魔気のまもり』が最大の防御だ。オレたちのちょっとした攻撃ぐらいなら弾く」
そんな夢のないことを言われた。
いや、わたしが戦場に行くわけではないのだから、防御に特化した鎧なんて考えなくても良いかもしれないけれど、やはり剣と魔法の世界で鎧を装備するって一種の浪漫だと思うのです。
「それに、装備品の話なら、お前の最大の防護服は神子装束のいずれかになると思う」
「それもそうか」
魔法使い系や僧侶系の装備品にごつい鎧は似合わない。
法衣とか袖無し外套とか外套とか布の服とか、そんな物になるだろう。
いや、僧侶系……聖職者は結構、戦う神官さんも多いから重い鎧でも良いのか。
あの見た目に凶悪な星球式鎚矛も、騎士階級の聖職者が使っていた武器らしいから。
「でも、神子装束って薄くてヒラヒラな物が多いんだけど?」
ワカがデザインしたものがほとんどだから、可愛い系が多いのだ。
だから、鎧と同系列扱いはどうかと思う。
「あれだけ神舞を踊れるんだから、動けないわけではないだろ?」
九十九はわたしの言葉を動けないから嫌だと思ったらしい。
「いや、破れそうで怖いんだよね」
「アレらを破損できるようなヤツは、人類には少ない」
「そうでしょうね」
神子装束のデザインはワカがほとんどでも、その製作は大神官である恭哉兄ちゃんだ。
以前、それらを識別して、九十九と二人で大きな溜息が出るような結果が出たことは記憶に新しい。
ゲームのように守備力が数値化されていなくても、字だけの説明だけでも神子装束が普通の服ではないことが分かる。
この世界は、単純な鎧の重ね着よりも、神さまの加護とか守護とか精霊族の祝福とかそんな人知を超えた奇跡の重ね掛けこそ最強なのである。
自分のぷにぷにした腕が、護衛たちの剣の刃を欠けさせた時と分かった時は、一種の恐怖を覚えた。
「同時に、オレが持つ装備品の中で最高の物がアレだと思っている」
九十九がどこか不機嫌さを交えた声でそう言った。
だから、それが何を指しているのかがよく分かる。
「アレか」
「アレだ」
法力国家の王女殿下より賜った数々の効果が付いたコスプレ衣装。
あんな形でしか、他国の人間に贈り物ができない立場だと分かっていても、いろいろ複雑な気持ちになってしまうのは、仕方がないだろう。
「でも、その学生服が最高装備と言われるよりは、マシだと思うよ」
「確かにそうだな」
アレは、もともとファンタジー色が強い衣装であった。
黒を基調とした服と同じく黒のマントに、銀色の胸当て、銀色の篭手、銀色の臑当の軽鎧セット。
人間界では完全にコスプレとしか思われなくても、この世界ではおかしくない。
防具だというのに柔らかい銀で纏めるなんて、ちょっと珍しい意匠だなと思われるぐらいのものである。
銀製品が精霊族に対応できると知っている人間はそう多くない。
それらが知られたら、挙って鉄っぽい鎧から銀製の鎧に替える人たちもいるかもしれないね。
尤も、精霊族と戦うことを想定している人なんて、普通は神官ぐらいとは思う。
精霊族は味方ではないけれど、敵でもないはずだから。
「尤も、装備品なんて、身に付けた人間の体内魔気に左右される。体内魔気は身体強化するからな。身に着けた服が紙のように脆くても、魔気の護りも魔気の守りは魔力が強いってだけで、身体は守られる」
それは既に身をもって知っている。
「何の服を着ても強化されないなんて、浪漫がないよね?」
「単純にいつでも好きな服を選び放題だと考えれば良いんじゃないか? それに魔力はその流れを封じられたり、今の栞のように変調することもあるから、状況に適した鎧や服の装備は必要だと思うぞ」
「そっか……」
確かにずっと同じ服を着続けているわけにはいかない。
この世界はゲームのようにファンタジーな面も多いけれど、時として現実をしっかり突き付ける。
でも、神子装束もいろいろあるけど、その中でもどれがわたしにとって一番良いのだろうか?
思いつくのは、神子装束ではなく、唯一持っている神装。
その神装は、雄也さんの希望で恭哉兄ちゃんによって作られた自慢の一品である。
そして、最近、手にした真っ黒な神子装束。
『【鎮魂の神子装束】。鎮魂の神御衣、神帯、神表衣を揃えることで通常よりも耐性強化。ストレリチア製。闇属性の魔力と法糸で織られた布で作られ、装備した者に安らぎと落ち着きを与える。疲労軽減。環境適応能力向上。魔法力回復効果・小。物理耐性・大。法力耐性・中。神力耐性・微小。高田栞専用』
三点セットを揃えると、こんな効果が出るらしい。
神御衣、神帯、神表衣を別々にすると、個別の名前が表示された後、神御衣に物理耐性・中と法力耐性・小、神帯に魔法力回復効果・微小のみ、神表衣に疲労軽減効果と環境適応能力・微増が付いたそうな。
分かりやすいセット効果表示!
最上位と思われる「導きの神装」は神力上昇効果っぽかったんだけど、表現がちょっと分かりにくかったのだ。
でも、今回貰った「鎮魂の神子装束」は、分かりやすく守りの効果である。
しかも、「物理耐性・大」って……、贈り主は、わたしがどんな目に遭うことを想定しての効果なのか。
そして、実はストレリチア製らしい。
神子装束だからかな?
同時に、アレは、「導きの聖女(の卵)」ではなく、この世界でも知る人間が限られている「高田栞」宛に贈ってくれたことが分かる。
神官関係者で、その名を知っているのは多分、人間界で会った恭哉兄ちゃんと心が読めるリヒトぐらいだろう。
この前、会った時は他のことが驚きすぎて、それらが吹っ飛んでいた。
申し訳ない。
今度会ったら、ちゃんとあの人に御礼を言わないとね。
尤も、次回あの人と会う時に、そんな余裕があるかも分からないのだけれど。
今回、登場した二十歳の学生服、そして夢オチで有名な少年漫画とありますが、実は夢オチじゃなかったと後日、作者から語られていたりします。
それを主人公たちが知る前にこの世界に来ているので、こうなりました。
実に、本筋に関係ない。
こんなところまでお読みいただき、本当にありがとうございました。




