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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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後悔は切り離せない

「字が雑だ」

「うっせえ、兄貴だって似たようなもんだろう」


 互いに罵り合う関係。

 遠慮のない言葉の応酬は、年の近い同性兄弟の宿命だろう。


 拳で語り合っていないだけ、まだマシだ。

 いや、18歳と20歳の兄弟が、話し合いの際に手を出し合ったら、阿呆だろう。


 オレたちは今、互いに先ほど書いた記録を読み合っている。

 起き抜けかつ、机上ではなかったためか、互いに少しばかり癖が強い文字になっていた。


()()()()

「うっせえ、急いで書いたんだから見逃せ」


 悔しいが、兄貴の方に雑さはあっても、誤字はない。

 オレが発見できないだけか?


「兄貴は、どこまでアイツの言葉を信じる?」

「全てを鵜呑みにする気はないが、主人に関しては信じても良いだろう。嘘を口にしたところで益がない」


 それはそうだ。

 何より、あの男は栞に惚れている。


 実際、それを口にしたし、オレたちに向かって何度も牽制をしていた。

 だから、少なくとも、栞の状態については、嘘を言っていないとはオレも思っている。


 いつものように嘘の光を判断材料にする気はない。

 あの世界で、それらが普通に働くとも思えないから。


 身体強化すらできないのだ。


 オレの嘘を見抜く眼が、どんな条件下で発動しているかは完全に分かっていないが、体内魔気を利用しているならば、魔法が使えない世界では働かないと思っていた方が良いだろう。


集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)については?」


 栞の身体のことも気にかかったが、こちらも気にしないわけにはいかない。


「全面的に信じよう」

「マジか?」


 その判断は意外だった。

 栞のことすら、全てを鵜呑みにしないと言ったのに。


「調べれば分かることを、一時的とはいえ偽っても仕方あるまい」

「調べて分かるのか?」


 そう簡単に分からないから、オレたちも表面的な情報しか持っていなかったのに。


「少なくともあの紅い髪の青年は、俺たちも知っていると思っているようだった」

「そんな感じだったな」


 ヤツの情報源が本当に不明だ。


 その口ぶりから神官の知識、王族の知識というのは分かるが、どうもそれらの世界でも一般的ではないような気がしている。


「それに聞き上手な主人が、かなりの量を聞き出してくれた。彼もあそこまで口にする気もなかっただろう」


 栞は無知なようで、意外な知識を持っている。

 そして、それはヤツも一緒だった。


「明日……、いや、もう今日だな。城内と城下の古文書を中心に浚っておく」


 ヤツの言葉を参考に、古い物を調べることにしたらしい。


「ウォルダンテ大陸はどうする?」

「余裕があれば、トルクに対面で伝えておこう。奴なら万一の時も城下に結界が張れるだろう」


 伝書だけでは伝わらないと判断したか。

 いや、答えがすぐ欲しいってことかもしれない。


「結界で防げるものか?」


 確かに魔獣が突進するだけなら、結界魔法や防護魔法で防げそうな気も……。


「無理だな」

「無理なのかよ!?」


 あっさりと断言された。

 だが、空属性の王族であるトルクスタン王子でも本当に無理なのか?


「ああ、別にトルクが無能と言うわけではない。結界魔法や広範囲の防護魔法に関しては、俺が知る限り、カルセオラリア国王陛下と主人を除けば、アイツがナンバーワンだ」


 今、さり気なく空属性の()()()()()()()()()()がいたぞ?


「この場合は、単純に方向性の問題だ。トルクの魔法力と集中力では、継続的に魔法を使い続けることができん。しかも、集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)を防ぐほどの強固な結界でローダンセ城下という広範囲を覆うものとなれば……、恐らく一日も持たんだろうな」

「いや、十分だろ」


 あの広さを全て護り続けようとすれば、確かに無理だと思った。


 普通の人間ならば、まずあの大きさの結界魔法や防護魔法は無理だし、仮にできたとしても、集中力以前に疲労が先に来るだろう。


 少なくとも、オレには無理だ。

 それだけ継続して魔法を使い続けるのは疲れるのである。


 しかも、かなりの広範囲なら尚のことだろう。


 だが、ここで寝息を立てている女は違う。

 こうして眠っていても、強固な結界を張り続けることが可能かもしれない。


「法具や神具を使えば……」

「範囲が広すぎる」

「……だよな」


 このコンテナハウスを強固な守りにできるのも、範囲が狭いからだ。

 この規模の結界を城下の森にまで広げようとすれば、相当な労力と金がかかる。


 普通の町や村、小さな集落にちょっとした結界を張って魔獣を近づけないようにするだけでも、高価な魔石、魔法具が必要で、しかも定期的にそれを維持するための金や魔力を必要とするのだ。


 国や土地の管理者から予算が下りれば良いが、当然ながらそれに対する見返りとなる利益を提示する必要が出てくる。


 世の中、代価の無い慈善ではできていない。

 そして、何をするにも金が要る。


 世知辛いと言われても、それが現実なのだから呑み込むしかないのだ。


集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)って、一日では終わらないってことか?」

「規模……、魔獣の数にもよると思うが、()()()()()()()()()()は、5日間だったな」


 兄貴が予定よりも長く家に戻らなかった時は何度かあるが、話を聞いた限り、時期的には夏休みのやつだと思う。


「それ、陛下は休めたのか?」

「陛下を休ませたから、5日もかかったのだ」


 なるほど、一番の戦力が欠ける時間帯があったから、手間取ったということか。

 そして、その頃のセントポーリアの兵は、多分、今ほどではない。


 守護兵団と親衛兵団だけだったのを、さらに、近衛兵団に分けたのが十年ほど前だったと記憶している。


 分けていたとしても、日が浅い。

 一年、二年ぐらいの鍛錬で兵団としての連携が取れたとは思えなかった。


 そして、分けていなかったのなら、その集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)がきっかけで分けた可能性もある。


 いずれにしても、セントポーリア国王陛下が抜けている時の穴埋めをできるほどではなかったのだろう。


「なんで、兄貴が参加したんだ? ()()()()だろう?」


 あの頃の兄貴は、模擬戦闘の経験すらミヤドリードからの訓練と年下のオレとしか経験がなかったはずだ。


 しかも、当時未成年(15歳未満)のガキである。

 そんなヤツが命懸けの戦闘に紛れ込んでいるなんて、邪魔でしかないだろう。


「それ以前から陛下に魔獣退治の機会を願っていたのだ。そんな人間が、陛下から『魔獣退治に行くがついて来るか?』と誘われたらどうすると思う?」


 集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)の話だったよな?

 この時点でセントポーリア国王陛下が酷いと言って良いだろうか?


「どうするも何も()()()()()()()()()()で、()()()()()()する」

「その当時の俺にそんな判断能力はなかったな」


 兄貴がどこか遠い目をした。


 確かに、この答えは今のオレだから出てきた言葉である。


 魔獣退治をしたかった9歳ぐらいのガキが、信用している大人から「魔獣退治に行くがついて来るか?」などと誘われたら、普通に喜ぶだろう。


「誘われたら……、飛びつく……か?」

「一も二もなく、そのクソガキも飛びついたよ」


 いや、兄貴自身のことだよな?

 自分を「クソガキ」と言いたくなるほどのことだったのか。


「後に、あの大量の凶暴な魔獣たちの状態を『集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)』と呼ぶことを知った」


 しかも、何の知識もない状態だったらしい。

 かなり酷い。


「タイミングが良かったのか、悪かったのか……」

()()()()()

「そうか」


 いや、これは昔の兄貴が陛下に騙されるほど純粋だったと考えるべきだろうか?


 これは捻くれる。

 確かに捻くれる。


 しかも、陛下の寝所に泊まって、女たちを追い返しているような時期だ。

 人間不信になって、捻じれまくるな。


 しかし、集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)は、この兄貴でも「最悪だった」と口にしてしまうほどのものなのか。


()()()()()()()()()()()()()()()()できた」

「ああ、確かに野性の魔獣とは外見も匂いも、凶暴さも全く違うな」


 腹が満たされ、寝食の世話までされている飼い犬と、常に食い物のことを考えている野良犬が同じであるはずがないだろう。


 人間界の動物園にいた獣たちだって、人の手が入っているから見られる姿だし、獣臭くても近寄れないほどではなかった。


 屋外で本能に従って生きている野生の獣たちが、そんなにお綺麗なはずがないのだ。


「通常の魔獣とも違って魔力を食らっているせいか、物理耐性も人間からの魔法耐性も格段に上がっている」

「それは、厄介だな」


 もともと魔獣は、人間よりも物理耐性や魔法耐性が高い。


 それがさらに強化されているとなると、かなり大変なことになるのは、魔獣退治経験が浅いオレでも理解できることだ。


 しかも、それが大量。


「一番良いのはあの場でも言ったようにこの主人に知らせないこと。関わらなければ、危険はない」


 兄貴は栞を見ながらそう言った。


 オレもそう思う。

 栞の安全を考えるなら、知らせなければ良い。


 だが、それには最大の問題がある。


「後で知ったら、恨まれるだろうがな」

「そうだろうな」


 事後報告。

 それが良い報告ならばお咎めはそこまでないだろう。


 だが、悪い報告なら?

 確実に恨まれる。


 何故、自分に知らせなかったのか? と。

 それが最善だったと理解はしても、納得できないのが人間の感情だ。


 そして、オレたちの主人は自分だけが安全な場所で護られる状態を酷く嫌う傾向にある。


 栞の安全を考えれば、後々まで恨まれることなど安いものだが、当然ながら、自分の精神は容赦なく削り取られていくだろう。


 いや、栞が傷付くよりはずっと良いのだが、精神的に傷つけることになるのには変わりない。

 信じていた護衛が自分に大事なことを伝えなかった。


 栞に伝えたところで結果が変わっていなかったとしても、選ばれなかった未来の話など分かるはずがない。


 ウォルダンテ大陸の集団熱(s t a m)狂暴走(p e d e)の犠牲が大きければ大きいほどその傷が根深くなる。


 どの選択をしても、後悔は切り離せないだろう。

 オレは大きな息を吐くしかできないのだった。

「誤字発見」

うっ、頭が……。


いつも、誤字報告、ありがとうございます。

最近、特に多いので助かっております。

隅々まで読んでいただき、感謝します!


こんな所までお読みいただき、ありがとうございました。

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