神言(しんげん)検証の会
困ったような情けないような、彼女にしては酷く気弱な呼びかけが、オレの頭の中に直接届いた。
「わたしは何もしてないのに……」
なんでも彼女の話では、占術師は突然、人が変わったかのように話し出し、そして、倒れてしまったらしい。
「ああ、大丈夫や、嬢ちゃん。こんなんよくある話やで」
王子はそう言うが、いきなり話し出して倒れるとか、オレにとってはホラーでしかない。
「九十九、紙、筆。持ってない?」
「は?」
彼女のそんな突然の申し出に。
「はい、どうぞ」
そう差し出したのはやはり兄だった。
「ありがとうございます!」
そう言って、彼女は筆を走らせる。
そして……。
「多分、足りないけど……」
「何を書いたんだ?」
「その占術師が倒れる前に言った言葉。でも……、かなり早口だったし、全部は覚えられなかったと思う」
そう言いながら、オレと兄貴にメモを見せる。
『聖女のち、眠れる魔神、加護の魂、祝福、加護、神の国、神秘のもり、火のゲン、火のゲン、火のゲン、風のゲン、光のゲン、光のゲン、光のゲン、地のゲン、水のゲン、空のゲン、誇り高き闇のゲン。運命の女神は勇者に味方する。この魂を導けよ』
「なんだ、これ?」
メモを見て最初にオレが抱いた感想はそんな言葉だった。
「日本語だな」
「いや、流石にそれは分かる。そして、オレが言いたいのはそこじゃない。これの意味が分からんって話だ」
「栞ちゃん、文章はこれで全部?」
兄貴が中身を確認しながら、そう言った。
「中身に自信はありません。もっと長かったかもしれないし、数も違うかもしれません。もう一度言ってくれたら分かるのですが……」
「嬢ちゃん。これは多分、神言やろ。リュ……、占術師の意思やないで。一回限りのもんや」
「「神言!? 」」
オレと高田の声が重なる。
本当に神の言葉を口にする人間がいたってことか。
「嬢ちゃん。先ほどの言葉を、よぉ、思い出したり。占術師はこないになるまで頑張ってくれたんやからな」
誰かに少しだけ似ている気がする占術師の顔は、青褪めていて、少し前に見た彼女の状態にもよく似ていた。
目を閉じて、両手足どころか身体に力が入っていない状態で、王子に抱え上げられている。
そして、その王子の表情は酷く柔らかいのにどこか真剣で、少なくとも先程までの軽さはなかった。
それで、思った。
ああ、それだけその幼馴染が大事なのだなと。
あの王子の瞳は、占術師という職業の人間を心配するものではない気がする。
そして、あの抱え方は本来、きついはずなのに、それを感じさせていない。
宝物のように、壊れ物のように、大切に腕の中に収めていて、そこに不安定さはない。
あれ?
もしかしなくても、オレが筋力ないだけじゃねえか?
米俵みたいに担がなくてもいけるものなのか?
そう言えば……、あの抱え方は、腹が痛いって当人からも苦情が出ている。
ちょっと考えてみようか。
そうすれば、彼女からの文句も減るだろうと、オレはそう思った。
「魔力切れの状態に似てたな」
水尾さんは占術師の部屋から出ながら、そう言う。
「オレは高田の状態に似ていたと思いましたが……」
「体内魔気をひっかき回された高田は、血色の方はあそこまで酷くなかった。でも、あれは白を通り越して、蒼い。唇も紫で、人間界なら酸素欠乏症って診断されるような状態だ」
「酸素欠乏症……」
魔力切れと酸欠が似てるってことか。
オレと水尾さんが部屋から出ると、先に退出していた彼女と兄の姿が目に入った。
先程のメモを検討中のようだ。
「各属性と思われる言葉が入っているが……、この数の違いはなんだろう? それに闇だけ修飾されているのも気になる」
「修飾は多分、他の言葉にも付いていたかもしれません。大いなる、清らかな、静かなるはどこかにあった気がします。闇は最後の言葉だったから印象強くて頭に残ったのだと思います。もう少し、思い出せればよいのですが……」
兄貴の言葉に、高田はすまなそうな顔をする。
「いや、突然、倒れた女性の前に、よくこれだけの言葉を覚えていたと感心するよ」
「それに……、漢字が分からなくて……、。ゲンってなんでしょう?」
「候補が多すぎるね。『源』、『元』、『現す』、『言う、』『弦』、『原』、『減る』など思い出せるだけでもつらつらと出てきてしまう」
「腹、減った」
兄の言葉に緊迫感のない言葉を言ったのは、当然ながら、魔法国家の王女殿下であった。
「「「…………」」」
「なんだよ、三人共その目は。先輩が『腹』、『減る』、って続けて言うから悪いんだ」
水尾さん、多分、字が違います。
「場所、借りようか」
「いや、使うならこの隣室がどちらも空いているそうだ。そこの使用許可は頂いている」
「「「いつの間に……」」」
「この占術師の部屋に向かう前だが?」
うん。
この兄にそう言った突っ込みは無用だったな。
オレたちは部屋に入って、食台を召喚する。
流石に備品を勝手に使うことはできない。
宿の家具と違って城の調度品だ。
うっかり壊したら、弁償できるか分からん。
室内だから、勝手に火を使えない。
そうなると、用意できるのは保存食か。
オレは、いくつかの保存食を広げていく。
ピザに似た焼き物とサラダ、それに、冷えたスープを出す。
「少年、デザートはある?」
「み、水尾先輩、流石にそれは……」
「ありますよ。ゼリーみたいな簡単なものですが」
火を使えない以上、それは仕方ない。
「なんであるの!?」
「ん? 嬉しくないのか? 女って甘い物、好きだろ?」
「嬉しいけど……、九十九といると、わたしの中の『保存食』という言葉が崩れていく気がするよ。『保存食』ってなんだろうね?」
「長期間収容を可能として加工食品ってことじゃねえのか?」
ゼリーは溶けない限りは割と日持ちする。
「ああ、うん。そうなんだけどね」
彼女は何故か疲れた顔をして言った。
疲労回復の薬草はやはり効いていないかもしれない。
もう少し種類を変えてみるか。
「お前の努力はどこか方向を間違っている」
兄貴がそう言うが、気にしないことにした。
食っている以上、食事に関してだけは文句を言わせる気はない。
で、食事終了後。
彼女が書いたメモを再び、検証することになった。
「日本語……、懐かしいな」
水尾さんも、覗き込む。
「『聖女のち』? ……聖女の後ってことか?」
「いえ……『後』じゃなく、『聖女の』、『ち』だと思います。ただ土地なのか、血縁って意味なのか分からないのですが」
「『聖女の地』……よりは『聖女の血』……かな? これなら、栞ちゃんは該当する」
「ああ、セントポーリアの聖女……か。それなら『眠れる魔神』って封印した相手のことか?」
「オレはミラージュのことかと思ったが。『魔神の眠る地』だろ?」
その言葉を見た時、オレの頭にはあの紅い髪の男がちらついた。
「これだけだと、解釈もいろいろだな」
「す、すみません。わたしがしっかり覚えてなかったばかりに」
「いや、これは無理だろう。その場で書き写したわけでもないんだ。でも、火が3つ、風が1つ……? 先輩、中心国の直系王子王女の公式記録は覚えているか?」
水尾さんが何かに気付いたのか、そんなことを兄貴に尋ねている。
「アリッサムが王女3人、セントポーリアが王子のみ、イースターカクタスが王子のみ、ストレリチアが……」
「あ~、光で数がずれた。いや……あの王なら分からねえか。ぶち切って悪かった。続けてくれるか?」
「ストレリチアが王子と王女1人ずつ、ローダンセが7人の王子と3人の王女」
「……多すぎだろう」
オレは思わず、そう言っていた。
7人と3人って、既に野球チームができるじゃねえか。
「で、残りのカルセオラリアは王子2人と王女が1人……か。火が3つ並んだ時点で王族のことかなと思ったんだが……ちょっと、数が違いすぎる。特にローダンセ! ポコポコこさえてるんじゃねえ!!」
それはオレも同感だった。
「王族……か」
「でも、水尾さん、闇がある時点で違う気がしますよ。闇の神が守護する大陸はありませんから」
「それならば、魔法か?」
「ああ、魔法なら闇属性の魔法は確かにあるな。かなり使い手は選ぶけど」
「闇属性って黒魔術ですか? こう、『生きる屍』を操る『死霊使い』みたいな? 嫌だな~。闇の魔術師とかが首だけになっても向かってきそうですよね?」
高田のそんな言葉で、水尾さんは露骨に顔色を変え、兄貴は無言で彼女を見た。
「高田……。それは人間界の知識だな。そして、そんなゲームをやったことがあるってことで良いか?」
「あれ? よく分かったね~。中学の時にハマったゲームの元がそんなRPGでね。友人が見せてくれたのだけど、あれはグロかったよ~。首を落としても『闇の魔術師』が、主人公に襲いかかってくるの」
どこか他人事のように言うが、王子から話を聞いた今、感情を揺らさない方が難しい。
しかし、よりによって、なんてゲームをやってるんだよ。
しかも、友人、何を見せてるんだ!?
それ、普通は年齢制限ものじゃねえのか!?
「魔界の闇属性は、感情に働きかける魔法……精神系魔法のことだ。死体を操る系は……そんなものがあるかどうかを調べたことはないな」
「多分、空属性か風属性だ。空間に作用するか、空気の流れに動かさせるかのどちらかだろうから」
水尾さんが複雑な顔で説明してくれた。
まあ、あの話で一番、顔色を変えたのは水尾さんだったからな。
グロ耐性がないのかもしれない。
オレは動物を捌いたりしてたからな~。
多少、耐えることはできるだろう。
「まあ、この件については今、考えても仕方がないだろう。情報も足りない」
「最後の二文も気になるな」
そのうちの一つは人間界で彼女が口にした言葉だった。
これは……、偶然だろうか?
「定期船が出るのは二ヵ月後……、の方が私は気になる。港町近くで野宿するしかないのか?」
「女性が2人もいる状況で2ヶ月も野宿を続けるのは……」
「私は少年の料理が食えりゃ、どこでも良いぞ」
水尾さんがある意味、嬉しいことを言ってくれる。
「モテモテだな、九十九」
「オレの料理がな」
それでも、複雑な気持ちに変わりはない。
どこか、料理ではなくオレ自身を見てくれる女は……、そう考えて、首を振った。
そんな女がいたところで、現状、オレ自身の方が、その女を見続けることができるとはどうしても思えなかった。
次話は、本日18時に更新します。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




