大気汚染?
『ウォルダンテ大陸で集団熱狂暴走の兆候があるってことだけど、具体的に、いつ頃、どの地点で発生しそうなのかは分かるかい?』
護衛兄が紅い髪の青年に尋ねる。
確かに、事前に分かるなら対処できることもあるかもしれない。
わたしはこの世界のことを覚えていられないけど、護衛兄弟は多分、覚えていてくれるだろう。
全部、ぶん投げて押し付けてしまうのは申し訳ないけれど、状況的に許して欲しい。
『恐らくは一月前後。場所はローダンセ国内。城下入り口の審査門から丑寅の方角、一万の周辺だと推測している』
『丑寅……、北東……』
紅い髪の青年の言葉を噛み締めるように護衛兄はがそう呟いた。
忘れないようにするためだろう。
丑寅ってたしか、陰陽道でいう鬼門の方角だっけ?
わざわざ、北東という単語ではなくその言葉を使ったのは、それを意識したってことだろう。
『一万……って、単位は?』
方角を気にした護衛兄と違って、護衛弟は距離を気にしたらしい。
『キロだと思うか? メートルだよ』
「逆になんでメートルなんだ?」
この世界では、距離の単位はメートル法ではない。
確か、国によって違ったはずだ。
だからこそ、護衛弟は確認したのだと思う。
そして、こう言ってはなんだが、キロもメートル法である。
『使いやすいんだよ、メートル法。ああ、寸や尺の方が良かったか?』
『メートル法で良い』
多分、護衛弟は寸や尺の方が分からないと思う。
寸は3センチ、尺は30センチだっけ?
日本人は3という数字が好きだよね。
日本で有名な電波塔である東京タワーも確か、昭和33年に完成して、高さは333メートルだった。
そして、この世界には多分、寸や尺はない。
『一万メートル……、審査門から、近すぎる』
『時速40キロでも15分で審査門に到達。発見からものの僅かで接触の距離ということか。かなり厄介だな』
護衛弟と護衛兄がかなり難しい顔でそんなことを言っている。
時速計算なんて、小学校の時にやったきりだ。
そんなにすぐに計算できない。
『いや、発生したからって審査門や城下に向かうとは限らねえだろ?』
『阿呆。集団熱狂暴走は、王城に近い位置で発生すると、かなりの確率で、王城に向かうとされている。審査門からズレても、王城を目がけて走れば、城下は確実に潰されるだろう』
さらに続く兄弟による遠慮のない会話に思わず、驚いた。
城下が潰される?
貴族たちがいるのに?
いや、15分ではほとんど準備もできない。
城下を守るための招集すら間に合わない可能性が高いのだ。
『進路予測は?』
護衛弟は、それでも念のために確認する。
どうか逸れて欲しいと願いながら。
『全部が真っすぐ、王城に向かうことはないだろう。あの国は、城下の審査門を越えた先に魔力大量含有植物を植えているからな。そこで多少は分散されるはずだ』
イシューって確か、魔力をいっぱい含んだお米に似た植物だったはずだ。
ローダンセ城下に向かう時に見たけれど、最近は、城下から歩いて外に出ることはないからあのわさわさと揺れる薄く細長い黄緑色をした葉は今、どうなっているのか分からない。
「イシューって植物が植えてあると、なんで、分散されるの?」
『ああ、お前は集団熱狂暴走のことをほとんど知らないんだったな』
紅い髪の青年は護衛兄弟から、問いかけたわたしの方に視線を向ける。
『集団熱狂暴走は魔獣の魔力飢餓が原因だ。不純物の混ざっていない大気魔気が減った場所から、不純物の少ない大気魔気を求めてただひたすらに走っていく』
「ぬ?」
高田栞が護衛兄弟から聞いた話と少し違うような?
確か、原因不明じゃなかったっけ?
……そうなると……。
「不純物って何?」
わたしができるのは、何も知らないふりをして聞き出すこと……だろう。
いや、本当に何も知らないんだけどね。
『汚染されていない大気魔気……。この場合、人間の体内魔気で汚れていない大気魔気を言う』
そして、案外、素直な紅い髪の青年はそのまま答えてくれる。
いや、この様子だと、護衛兄弟はこれらを知っているものと思っているね?
だから、彼らから目を離す。
護衛兄弟は二人して油断なく、紅い髪の青年の方に目を向けているというのに。
「よく分からないけれど、大気魔気って人間が汚染しているの?」
『人間の身体を通って放出されると、体内魔気と名前が変化していることから分かるように、純粋な大気魔気ではなくなる。吐き出された息に二酸化炭素だけじゃなくて別の成分も大気に混ざり込むと言えば分かるか?』
分かりやすい。
彼は高田栞に対する例え話が上手だよね。
「呼吸で大気魔気が体内魔気に変わるってこと?」
『いや、呼吸はただの例だ。大気魔気の取り込みはお前が今失っている魔力の源泉が行っているため、呼吸器官ではない』
そう言えば、そんなことを言っていた。
そうなると、全身で大気魔気を取り込んでいる形になるのかな?
自分の胸に開いた穴を撫でながら、そんなことを考える。
「人間は大気魔気を汚染しているの? 大気魔気を調整しているって思っていたんだけど」
『視点を変えただけだ。人類は大気魔気を変化させる唯一の種族。精霊族は大気魔気がそのままでも人類が変化させても影響はない。だが、魔獣は大気魔気に不純物が混ざると状態異常を起こしやすくなる』
「話が難しくなってきた……」
なんとなく、なんとなくは分かる。
人間はそこにいるだけで、大気の成分を変えている。
変化の原因であるためか、大気魔気の成分が変わっても問題はない。
そして、精霊族は大気魔気が多少変化したところで影響はないけど、魔獣は変化した大気魔気は身体に悪いってことだろうか?
「人類は、大気魔気の調整をしているってわけじゃないの?」
『あ~、神気穴から放出されている大気魔気をそのままにしておくとどうなるかは知っているか?』
「惑星が暴走するって聞いている」
それは、神の影さまから聞いているから間違いないと思っている。
あの方が、高田栞に偽りを告げていない限り……だけどね。
『ああ、なかなか的確な表現だな。濃すぎる大気魔気は、生態系を狂わせる。具体的には、栄養過多だ。まず、自然の影響がモロに出る植物が枯れ始める。食物連鎖で言う生産者がいなくなればどうなるか。人間界にいたお前なら分かるだろう?』
頭の中にピラミッドが思い浮かぶ。
紅い髪の青年が言う食物連鎖のぷろだくた~とやらは、多分、ピラミッドの一番下にいる生産者のことだと思う。
だが、わざわざ英語に変換して言わないでほしい。
「えっと、生産者がいなくなると、第一次消費者である草食動物も死に絶えることになるから、それを餌とする第二次消費者、肉食動物もいなくなっちゃうね」
勿論、植物が一種、二種減ったぐらいでは、大きくて広いこの世界は、多分、何も変わらない。
だけど、その周辺全ての植物が枯れてしまうなら、その場所の環境に影響が出てくるだろう。
『それだけではなく、砂漠化が進むなど周辺の環境が激変する。そうなると、大気魔気とは別の意味で大気が不安定になっていくのも、説明は不要だよな?』
ああ、そうか。
植物がそこからなくなると、土地の養分もなくなるし、その場所の保水もできなくなる。
砂漠化ってことは雨も降らないのだ。
水と栄養がない土地に未来を見出すことはできないだろう。
そして、アリッサム城は、その昔、砂漠の中にあったとも聞いていた。
この世界では、神気穴の上に城が建設されるのだから、既に環境変化が起きてしまった場所ということになる。
城を置いても、一度、崩れてしまった環境は、元には戻らなかったということかもしれない。
『加えて大気魔気という、大気に魔力が備わっているような世界だ。目に見える変化としては、砂漠化だけでなく、火属性の土地なら燃え盛る大地。水属性の土地ならば、気温は低くないのに凍り付く山など分かりやすい異常が現れる』
フレイミアム大陸の燃え盛る場所については聞いたこともないけれど、ウォルダンテ大陸には、凍り付く山みたいな呼ばれ方をしている場所があった気がする。
それに繋がる話ってことなんだろうね。
だが、まだまだ高田栞には分からないことが多い。
多分、知識が偏っているのだろう。
だから、ここで聞いたことは、改めて、護衛兄弟たちから教えてもらいたいと思うのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




