御礼代弁
高田栞の魂の神格化が進んでいることに関しては仕方がないことらしい。
まあ、このまま魂が磨きに磨かれて、神に近しい魂になったとしても、高田栞が生きている間には影響もないのだ。
いろいろ大変なのは死んだ後、聖神界に行ってからになる。
だから、それらは死後の高田栞に任せよう。
それよりも……。
「高田栞が、あなたに言うことがあったのを思い出したんだけど、わたしの口から伝えても良い?」
『あ?』
境界のわたしと現実世界の高田栞は、同一だけど違う存在だ。
だから、わたしの口から言うのはどこか違う気がしたので、確認しておく。
『何を言うのか分からんが、一応、聞いてやろう』
紅い髪の青年は尊大な態度で応えてくれる。
「服、ありがとう」
『あ?』
「大神官さまははっきりと言わなかったけれど、喪服。あれはあなたがくれたんでしょう?」
セントポーリア城下から、大聖堂へ行った時、「聖女の卵」に贈られた葬送の儀用の真っ黒な神子装束を受け取った。
あの時、大神官さまは誰かからの贈り物とぼかしたのだが、リプテラに戻った後、識別してから知ったのだ。
それが、誰の手によって作られた服だったのかと。
高田栞は識別の結果を覚えていられないらしいが、魂は、覚えている。
『喪服とは違う。葬送の儀用の祭服だ』
否定する気はないらしい。
「まあ、喪服は遺族が着るものだからね。確かに違うんだけど、黒一色って、どうも喪服っぽくて」
『人間界でも、冠婚葬祭用正装は礼服と呼ばれているはずなんだがな』
そうなのか。
高田栞はそこまで知らないらしい。
まず、ほとんど縁がなかったし。
「あの服に入っていた銀の刺繍……、文字って、ダーミタージュ大陸言語?」
『文字って分かったのか?』
何故か、目を丸くされた。
「うん、分かったよ。わたしの護衛が」
『護衛かよ』
その後、識別でも「ダーミタージュ大陸言語で『送る言葉』が入っている」と表示されたのだけど。
「意味は分からなかったけど」
『葬送の言葉だ』
「それは大神官さまから聞いたけど、意味を教えてもらえなかったんだよね」
わたしがそう言うと、紅い髪の青年は少し考えて……。
『Deixe-me guiar sua alma.』
そんな言葉を発した。
聞き覚えのない発音、聞いたこともない言語である。
うん、分かっていた。
この紅い髪の青年が素直ではないことを。
『Não hesite em seguir esse caminho.』
さらに続けられる言葉。
確かにあちこちに文字っぽい物が入っていたから、あれだけではないとなんとなくは思っていたけれど。
だけど、いろいろ酷くないかい?
『Até que esta alma seja curada.』
さっぱり分からない!!
ラシアレスの知識の中にダーミタージュ大陸言語はないから。
『確か、刺したのはそんな言葉だったと思うが……、分かったか?』
「分からんわ!!」
そして、分からないことが分かっていてそう言っている辺りが、腹立たしい。
『なるほど……。この魂に導きをってところかな?』
「ふっ!?」
だが、別のところからそんな声が聞こえた。
それは……、聖歌?
『チッ、分かる奴がこの場にいたか』
紅い髪の青年は舌打ちをしながら、護衛兄を見た。
その言葉から、わたしに意味を伝える気はなかったらしい。
『聖歌じゃなく、オリジナルの言葉を自らの手で刺繍している辺りが、キミらしいね』
「へ?」
聖歌じゃなかったというよりも、自らの手で刺繍と言う部分に驚いた。
だけど、その不服そうなお顔から、護衛兄の言葉が真実であることが分かる。
自分でやっていなければ、否定するだろう。
でも、何処で気付いた?
『法糸を縫い込むのは、本人の手で行うのが一番なんだよ』
「いや、それは分かっているけど、……ってあの銀の糸って法糸だったの?」
布は法糸だと分かっているけど、あの刺繍に使われた糸もそうだったのか。
法糸は、法力から作り出すものだ。
高田栞も大神官さまが作り出す所を見たことがある。
そして、法糸は法力を持っていれば他人の物でも扱えるが、やはり自分の手で撚ったり、織ったり、束ねたり、編んだり、縫ったりするのが一番、その能力を損なわないとされている。
まあ、元が自分の法力だからね。
自分が一番扱いなれているということだろう。
『流石に織るのはできんが、刺すぐらいは俺でもできる』
え?
本当にあの文字を入れたの?
「神官が~、夜なべをして~、法糸で縫ってくれた~?」
わたしは動揺して、思わず替え歌を歌ってしまった。
『元神官な? それに、俺の中にいる神が活性化する夜に作業なんかできるわけねえだろ?』
しかも、真面目に突っ込まれるし。
どちらかというと、歌うなと言われたかった。
「刺繍……、できるんだね」
わたしも時間がかかるけど、できなくはない。
上手くもないけど。
布に針を刺すよりは、布用のペンで描く方がずっと早いし。
『法糸を作り出せるようになったら、いろいろ使いたくなるもんだ。それに、法服も基本は無地だからな。手を加えたり、魔改造したくなるんだよ。法糸を縫い込めば、身体強化に似たこともできるからな』
手を加えるはともかく、魔改造とは一体……。
「つまり、あの神子装束は、強化されているってこと?」
『どうだろうな? 法服はともかく、神子装束に刺したのは初めてだから、その効果は全く分からん』
まあ、神官、神女の衣装は作る人も、刺繍する人もいるだろうけど、神子なんて同年代に誕生するかも分からない存在だ。
上神官とかならともかく、まだ正神官にもなっていなかった彼が、そんなものを製作する機会なんて、なかっただろう。
それでも……。
「有難くあなたの初めてをいただくね。大切に使うよ」
その気持ちが嬉しかったから。
だが、わたしは言葉を間違えたらしい。
紅い髪の青年が変な顔をした。
『お前のその言葉のチョイスはわざとか?』
「へ?」
『これは俺が穢れているだけか? それとも、この神子様がおかしいのか?』
さらに、何故か、わたしの護衛たちに確認する。
『穢れているだけじゃないかな?』
『明らかにそこの「聖女の卵」がおかしい』
しかも、意見が割れた!?
どういうこと?
比較的高田栞に甘いことを言う護衛兄と、時として厳しすぎる意見を告げる護衛弟。
分からない。
だけど、はっきり言えるのは、言葉選びがおかしかったことである。
相手に正しく伝えられていないのだから。
御礼を言ったのに、不快な気分にさせてしまった時点で、駄目なのだろう。
「えっと……、あなたが初めて作った神子装束を大切に使わせていただきます。ありがとう?」
これで良いのかな?
最後、ちょっと疑問形になっちゃったけど。
『始めからそう言え』
どうやら、今度は合格らしい。
言葉はほとんど変わっていないから、御礼を言うのに、ため口だったのが駄目だったのかな?
でも、それだと、穢れているって言葉にはつながらないよね?
護衛兄は許容してくれたけれど、護衛弟が不快感を示したってことは、道徳的な話だろうか?
その辺りの判定は、確かに護衛兄の方が緩く、護衛弟は厳しいから。
うむ、人間の考え方は難しいね。
『葬送着は持っていて邪魔になる服ではない。今後、着る機会もあるだろう』
「あまり嬉しくはないな~」
生きていれば誰かを見送ることもあるのは理解できる。
でも、親しい人を送りたくはないとも思ってしまうのだ。
「でも、大事なのは分かる。本当にありがとう」
そう言って頭を下げた。
大神官さまは高田栞に神子装束を数着くれたけど、一枚も黒を基調としたものはなかった。
頂いた神子装束のほとんどは、法力国家の王女殿下がデザインしたものばかりということもあるだろう。
それでも、渡す機会はあったはずなのだ。
人は、死が避けられないのだから。
そう、人は死を避けることはできないのだ。
遅かれ早かれ、等しく、その魂は聖霊界へと送られることになると分かっているのに。
『まあ、できれば、近い将来、俺はアレを着た神子様に送って欲しいものだが、それは過ぎた望みってやつなんだろうな』
それでも、紅い髪の青年が呟いた言葉を、わたしは聞かなかったことにしたのだった。
Deixe-me guiar sua alma.(魂を導かせてください)
Não hesite em seguir esse caminho.(迷わずにこの道を進んでください)
Até que esta alma seja curada.(この魂がいやされるまで)
この世界では、そんな意味で書いております。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




