我田引水
「尤も、あの方との婚約者候補の関係も解消される可能性が高いとも思っている」
『あ?』
どちらかといえば、現状、その可能性が高すぎて困る。
「あの方が見ていると知っていて、高田栞にキスした殿方がいたからね」
だから、わたしは皮肉を込めてそんな言葉を口にした。
『あ~、そうか。その可能性は全く考えてなかった』
だが、それに対して、そんな酷い返答はどうかと思う。
そして、あの時のこの紅い髪の青年は、その辺りを全く考慮していなかったということはよく分かった。
それだけ切羽詰まっていた状況であったということではあるのだけど、彼の命が助かった今となっては、いろいろ複雑な気持ちになってしまうのはわたしだけだろうか?
『でも、大丈夫じゃないか? お前のことを嫌いだったら、あの時、俺に向かって魔法を放つなんて無謀はしないと思うぞ?』
さらに、そんな楽観的な言葉。
この人が事態の責任を負うわけではないけれど、高田栞の立場としてはかなり腹立たしい答えだと言えるだろう。
「あの方は優しい人だから、高田栞があなたから強引にキスされたことに対して怒ったんだと思う」
実際、護衛兄弟たちも反応している。
彼らは護衛として当然の反応だとは思うけど、婚約者候補の殿方は、純粋にわたしがされた行動に対して怒ってくれたのだろう。
「だけど、その前に友人とは言え、あなたに連れ出されたことは事実だからね。そっちで、関係解消を求められるんじゃないかな?」
護衛兄弟たちは口付けの方を気にしていたけれど、それ以前に、他の異性と二人きりになるのもお貴族さまとしては問題であったことは、シオリも知っている。
セントポーリア城内で、何度もそんな騒ぎを聞いたことがあるから。
婚約者がいながら、それ以外の異性と二人きりで会うとかお出かけするとかは、男女関係なく喧嘩の元になるらしい。
そして、高田栞の知識としても、その考え方は納得できるものらしい。
セントポーリアの常識から見ると、護衛ならば、異性と二人きりでも問題ないのだ。
だから、セントポーリア国王陛下が認めた高田栞の護衛は、男性二人組なのだから。
そもそも高貴な血筋の女性は守らなければいけない者。
より多くの次世代を生み、育み、慈しむために。
それが、セントポーリアの基本的な考え方なのである。
それに対して、ローダンセは異性が護衛になること自体がアウト。
護衛や使用人であっても、側にいるのが異性なら、浮気を疑われるそうな。
そして、男性の浮気に対しては寛容だけど、女性の浮気には厳しいのもローダンセ。
女性を大事にするセントポーリアと、男性優位のローダンセの違いである。
その辺りを婚約者候補の殿方がどう判断するかが分からない。
お国柄の違いとなると、高田栞の経験も、シオリの知識も、どこにも活かせないことがよく理解できる。
『まあ、まだ来ていない未来の話をしてもどうしようもない。だが、万一、それが理由でお前が婚約者候補から外された時はすまん』
軽い謝罪だとは思う。
だけど、この人には本当に、わたしたちを仲違いさせたいとかいうような悪意は一切なかったようだ。
そこだけは救いだろう。
「別にいいよ。その時は縁がなかったと思うだけだろうから」
実際、そう思うしかない。
そうなると、またどこかに旅することになるのかな?
もう本格的にわたしは護衛たちと一生を過ごすことを覚悟しなければいけない気がしてきた。
どこに行ったとしても、セントポーリアの王子殿下は関係なく追いかけてくるだろう。
わたしがセントポーリア国王陛下の実子で、あの人がセントポーリア国王陛下の直系ではないのだから。
いろいろ考えれば分かることだ。
仮にセントポーリア国王陛下から譲位されても、あの王子殿下は魔力が弱く、神剣ドラオウスを抜くこともできない。
即位の儀で大陸神から加護を受けてもその事実は変わらないのだ。
だけど、わたしの血を引く子なら、魔力は分からないけれど、神剣ドラオウスを抜くことはできる。
それならば、まあわたしが既婚、未婚に関わらず、子を産ませた後で、奪い取るという荒業も使えてしまうわけだ。
それがセントポーリア王子殿下の血を引く必要もない。
わたしの子が、セントポーリア国王陛下の血を引く人間であることに変わりはないのだから。
そして、セントポーリアの王子殿下がわたしに子を産ませても、血筋上は問題ないわけだ。
異母兄妹ではないわけだし。
でも、リスクとかを考えるとね。
セントポーリア国王陛下の魔法に耐えられるほど魔力が強いわたしを無理矢理どうこうするより、わたしの子を攫う方が成功率は高そうだ。
特に生まれたばかりの子なんて、簡単に拉致できてしまうことだろう。
まあ、そんなことをすれば、間違いなく高田栞が怒り狂うだろうけど。
高田栞は母性が強い気がしている。
『意外とあっさりしているんだな』
「契約関係でしかないからね」
契約相手に相応しくないと判断されたら切られるのは当然だろう。
『契約関係なら逆に切られないと思うぞ』
「なんで?」
『奴も選べる立場にないのだろう? 暴食、色欲、強欲、憤怒、嫉妬、傲慢、怠惰な女が相手でも、貴族子息として配偶者を必要とする以上、多少の理不尽は飲み込むしかない』
時々、入る発音の良い言葉に少しだけ苛立つのはわたしだけだろうか?
多分、ヒステリーとジェラシー?
「七つの大罪を網羅した女性でも婚約者とするしかないってこと?」
『いや、網羅するな。だけど、選べるほどあの国内に残っていない。それなら、他国の面倒な女でも我慢するしかない。それが分かっているから、強引に割り込んだんだろ?』
そんな感じの話ではあった。
だけど、そう聞くと……。
「高田栞は、相手の弱みに付け込んだ悪い女ってことになるね?」
そうとしか思えなくなる。
『実際、その通りだろ? まあ、あの国でのあの男の扱いの悪さは相当なものだとも思うけどな。馬鹿な国だ。「盲いた占術師」の言葉を随分、軽く考えてやがる。あの女の言葉は呪いに等しい予言なのにな』
「あれ? モレナさまの言葉?」
何故、そこでそれが出てくるのか?
『あの男が表に出てくるきっかけは、あのク……ケダカクウツクシイモレナ様の言葉だったことは知らないのか? それがなければ、育児放棄をされていたまま、誰にも知られることなく、その命を散らしていたと思うぞ』
それは高田栞も、当人の口から直接聞いた覚えがある。
だけど……。
「それを、あなたが知っているのはなんで?」
国として隠すようなことだろう。
そうなってしまった子は、他国の王族の血を引いていたのだ。
それが表沙汰になってしまえば、国内外の批判の対象になってしまうから。
ローダンセの貴族は、他国の王族の血の扱いも知らないのか、と。
少なくとも、親戚である機械国家の王子殿下は知らなかったと思う。
知っていたら、あの人は見捨てないと思うから。
まあ、年齢的に難しい部分はあったかもしれないけど、カルセオラリア国王陛下が引き取った可能性だってあるだろう。
カルセオラリアの王族の血だって流れているのだから。
『情報の秘匿性を知らん国からすっぱ抜くことはそう難しくない』
紅い髪の青年はそんな情報国家のようなことを言う。
そして、それは方法であって、その目的ではない。
だけど、これ以上は教えてくれないのだろう。
なんとなく、そう思った。
『だから、お前たちの狙いも分かりやすかった。隠れ蓑にしては甘いが、常識で図れば、他国の王族の血が流れている貴族の男の配偶者は、理想的だとは思う』
「常識で図るってところがポイントだよね?」
『そうだな』
わたしの問いかけの意味が分かったのか、紅い髪の青年は不敵に笑う。
『気付いているなら良い。あの婚約者候補とした男の妻になったところで、お前が掻っ攫われて、終わりだ。それぐらい、常識外れの馬鹿は度し難い』
「そう? ある意味、道理に適っていると思うけど?」
『一応、異母兄妹とされている女を犯して子を孕ませることがか?』
そこで「一応」……。
この人はどこまで知っているのか?
「そっちよりも、わたしの子を攫う方が、成功率が高くない? わたし自身を狙うと、被害は甚大だと思うけど?」
頼りになる護衛たちがいるし、わたし自身も抵抗はする。
わたしの魔力の強さを考えれば、簡単に手を出すとも思えない。
『阿呆か』
だが、紅い髪の青年は呆れたように短い言葉を口にするのだった。
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