怪力乱神
『あのケダカクウツクシイモレナ様は、お前をローダンセから連れ出し、意識と魂と肉体を分離させた上で、大気魔気のことを考えて、さらに源泉を引っこ抜いた。そんなところだろうよ』
『その元凶が偉そうに言うな』
『言っとくけど、俺が望んだ結果じゃない。その女が勝手にしたことだろう?』
護衛弟の言葉にも紅い髪の青年は、余裕を持って答えた。
その通りだ。
高田栞が勝手にしたことである。
だから、紅い髪の青年の意思は何一つとして含まれない。
その言葉に賛同してあげたいところではあるけれど……。
「一応、高田栞は意思確認したでしょう?」
『あ?』
わたしの言葉に怪訝な表情を向ける紅い髪の青年。
「生への渇望は捨てられなかったと、あの時、確かにそう言ったよ?」
だから、あの問いかけに繋がる。
―――― わたしを抱けば、その命が助かるのなら、あなたはどうする?
アレは高田栞が行った意思確認だった。
知りたかったのは、紅い髪の青年の死への忌避感と、高田栞への気持ち。
その答え次第では、高田栞は無茶をしなかったことだろう。
本気で死を望んでいたのなら、助けようなんて思わなかった。
だけど、諦めていないのなら、終わらせたくなかった。
そして、同時に他人よりも我が身を大事にするなら、やはり、助けたいとは思えなかった。
愛していると言ったその直後に、高田栞を傷つける手段を厭わなかったのなら、その程度の想いだと切り捨てただろう。
それはなんて、我儘な思いなのか。
「怪物でも何でも良いんだよ。あなたを助ける想いがあったのだから」
『なんだ? それは口説いているのか?』
「説得を口説くと言う意味で使うのなら、そうなんだろうね」
わたしはそう言いながら、笑みを浮かべる。
上手く笑えているかな?
ちゃんと高田栞っぽい?
高田栞を知っている人たちの前で、意識して感情表現するのはちょっと苦手だ。
本体と意識の違いを、ほんの少ししかない差異を、この人たちは見抜いてしまうから。
「化け物で、怪物で、怪力乱神なのは当然でしょう? わたしを誰だと思っているの? 『高田栞』だよ?」
あえてそう言った。
「常人に理解できる存在であるはずがないでしょう? 中心国の王族で、『聖女の卵』で、『封印の神子』の血を引いていて、生まれる前から神さまに執着されていて、『救国の神子』の一人に容姿が似ていて、創造神さまからも接触を図られるような女だよ?」
『ちょっと待て? 前半から中盤はともかく、後半は初耳なんだが?』
眉間を右手で摘まみながら、紅い髪の青年はそう言った。
「あなただけに聞かせたわけじゃないからね」
先ほどの言葉は、護衛兄弟たちは知っている事実。
「『化け物』とか『怪物』とか、奇々怪々、怪力乱神、奇怪千万、奇妙奇天烈、摩訶不思議。そんな言葉を吐かれたぐらいで、この高田栞の魂を傷つけられると思うなよ?」
できるだけ尊大な口調でそう言ってみた。
それも、高田栞が使わないような言葉で。
参考は高田栞の友人。
「大体さ~。女に向かって平気で傷つくような言葉を吐き出す男もどうかと思うし、そんな言葉から完璧に守らなきゃと思い込んでいるのもどうかと思うんだよ」
あえて、誰のことを言っているのかは言わない。
それでも、ここで言っておくべきことだ。
「高田栞はそんなに弱くないし、脆くもない。小さなことまで庇われるのは迷惑だ」
弱い女だと知りつつも、強い女として見る。
強い女だと言いつつも、弱い女として扱う。
『阿呆か。男とか女とか関係なく、人を傷つける言葉を吐くヤツの方が悪いし、それに対して咎めるのは当然だ』
別方向からの返答。
迷わない。
ブレない。
揺らがない。
高田栞の護衛は、わたしが吐き出した、相手を傷つけるような言葉でも、その固い信念を曲げない。
『主人に対しても、友人に対しても、「化け物」、「怪物」なんて言われて黙っていられるほど、オレはお行儀よく育てられてねえ』
本当にこの男が一番の敵だ。
高田栞が何度もそう叫ぶのも分かる気がする。
突き放しても、突き飛ばしても、何なら物理的にふっ飛ばしても、懲りずに真っすぐ懐に入ってくる護衛弟。
甘くて、優しくて、何より打たれ強すぎる。
何をしたら、この護衛弟の心が折れるのか、本気で考えたい。
『何より、お前が自分自身、傷付いていることを認めているじゃねえか。それを見逃せと?』
そうだね。
多分、高田栞は傷付いた。
普通の人間でいたい。
そんな叶わぬ願いを今も抱いているから。
馬鹿な話。
客観的に見てみなさい?
本当に高田栞の在り方は、化け物でしかないから。
『王族は怪物だ』
そして、紅い髪の青年もその意見を曲げない。
まあ、当事者でもある。
この紅い髪の青年自身、自分をそう思って、自分にそう言い聞かせて生きてきたのだろう。
『自虐なら他を当たれ。関係ない栞までも巻き込むな。迷惑だ』
なんだろうね。
凄く仲が良い友人に見える時もあれば、絶対に相容れない敵のように思える時もある。
だけど、互いの意見を無視することもない。
これが男の友情って奴だろうか?
なんとなく、護衛兄の方を見ると、目が合った。
だけど、微笑むだけで何も言ってくれない。
ああ、うん。
わたしが収拾を付けろってことでしょうね。
そうだね。
煽ったのはわたしだ。
どちらの言い分も分かる。
分かるから面倒。
王族は化け物。
これは、世間の共通の見解。
だけど、護衛弟はどこまでもわたしを一人の人間として見る。
一人の女として扱おうとする。
それが、高田栞にとっては酷く心苦しいことに、この勘が鋭い青年が全く気付いていないとは思えないのに。
「王族が化け物であることは、わたし自身も理解しているけど、それがどうしたの? 本題はそっちでしょう? それとも、意味なく高田栞の魂を傷つけることが目的だった? それは、あまり、良い趣味とは言えないけどね」
『傷つける意思なんてねえよ。単に今も夢見がちな神子様に、現実を見せているだけだ』
驚いたことに、どうやら、先ほどの言葉で高田栞を傷付けるつもりはなかったらしい。
だけど、これだけははっきり言っておきたい。
「夢見がちも何も、ここ、高田栞の夢の中なんだけど?」
『そこに突っ込むな。言葉の綾だって分かっているだろう?』
うん、分かっている。
分かっているけど、突っ込みたかった。
『王族は怪物……、いや、規格外だ。まずは、それを受け入れろ』
「魂は、受け入れているんだけどね」
高田栞の方は受け入れきっていない。
これだけいろいろなことが起きても、どこかで普通の人間に戻りたがっている。
人間界で過ごした十年が特別で、いろいろなものから見逃されていただけのサービス期間だったって、どこかで気付いているのに。
本当に、誰に似たのか、頑固で困る。
『王族は規格外。だから、一度傷ついたり、魔法力が枯渇するような事態に陥ると、その回復のためにとんでもない勢いで周囲の大気魔気を吸い取ろうとする』
「まあ、理論としては分かる」
王族が傷付くっていうのは、それほどのことだ。
魔力が強いから、体内魔気によってその肉体は守られている。
意識せずとも常時発動している魔気の護りと魔気の守り。
その強固さに加えて、王族の中には、危機的状況を脱するために迎撃態勢をとる者もいる。
高田栞もそのタイプだ。
それも、近年稀に見るほどの有能な魔気の護りを持っている。
幼い頃、それだけ危機に瀕していたということだろう。
意識せずとも、身を護ることができなければならないような日常。
それは、護衛兄弟とも、この紅い髪の青年とも出会うずっと前の話。
高田栞の記憶が封印される前の、シオリの物心つくかつかないかの、そんな遠い昔の時代。
『しかも今回は単純に魔法力の枯渇だけの話ではなく、その魂に影響を与えるほどの状態だった。その修復となれば、下手すると、神気穴すら枯渇させても驚かん』
「いや、そこは驚くよ」
王族がいくら出鱈目な存在であっても、神気穴と呼ばれる場所は別格だ。
それらが無くなれば、その場所から大気魔気が本当の意味でなくなってしまう惑星の源流。
『だから、別の場所で修復させた後、移動させたんだろうよ。そんな事態にならないように。精霊界なら、大気魔気の素が山ほどあるから、問題もない』
わたしの抗議も空しく、紅い髪の青年は意見を撤回しなかった。
寧ろ、強化させた。
だが、大気魔気の素。
それは源精霊と言われる、意識のない精霊族。
つまり、わたしはその精霊族たちを大量に食らったことになる。
いや、この世界はそんな形でできているわけだけど、改めて意識すると、かなり嫌な気持ちになるのはわたしが高田栞でもあるからだろう。
食物連鎖のようなものだし、源精霊は精霊族と言っても、その構成している物質が同じと言うだけで、厳密に言うと、元素と呼ばれる生物とも言えないものだとは分かっている。
空気中の酸素や窒素のような存在を生物とは言わないだろう。
それでも、いざ、意識すると複雑な気分になる。
本当に感情とは理屈では整理できないから面倒くさいよね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




