現状確認
わたしには幼い頃から護衛が二人もいる。
その内の一人、護衛の兄は、わたしのために必要とあれば、相手の精神を狙い撃つことも躊躇わない。
それが悪いとは言わないし、言えないのだけど、やはり、目の前で知り合いに行われるのは、心苦しくなってしまう。
精神攻撃をされた相手ではなく、それを行った護衛兄の方が気にかかるのだ。
確かにわたしが気にしなくても良いことではある。
でも、そんな手段を迷わず使わなければいけない世界にずっといたのかと思うと、やはり胸が痛むのだ。
今、痛覚はないし、何なら、胸の一部もそっくり無くなっているはずなのに、変な話だよね。
『主人の身体の穴について、心当たりはあるかい?』
護衛兄は紅い髪の青年に問う。
『魂から、魔力の源泉が引き抜かれているだけだと思う』
紅い髪の青年は少し、言葉を探したようだが、わたしの方を見てそう言った。
『魔力の源泉?』
護衛兄は、さらに問いを重ねる。
『大気魔気を取り入れて、自分の体内魔気に変換する役割を持つ見えない臓器……、いや、器官か。生まれた時に、大陸神から加護と共に与えられるものだそうだ。一般的にはそんな器官が存在するかも怪しいと言われているが、神官たちは存在すると断言している』
『大気魔気から体内魔気への変換については、あの魔法国家ですら分かっていないらしいからね』
『あの魔法馬鹿どもに理解できるかよ』
紅い髪の青年は皮肉気に笑う。
『近年、魔法国家の魔法学は、魔法を効率的に使う方法、魔法の威力、魔法の種類ばかりに重きを置いていた。自分たちで魔法を創り出すことすら忘れた魔法国家が今更、魔気……、大気や体内に含まれた動力のことなんか気にしたとは思えんな』
まるで、見てきたかのようにそう言う。
いや、実際、見てきたのだろう。
『その魔力の源泉とやらが魂から引き抜かれたら、どうなるんだい?』
だが、護衛兄は特に気にした様子もなく、質問を続ける。
『普通は引き剥がせない。魂に根付いているはず……、なんだがなあ……。あのク……、ケダカクウツクシイモレナ様が何かしたとしか思えん』
実際、わたしの胸に穴が空いている。
それが紅い髪の青年の言う通り、魔力の源泉とやらを引き抜いているためかどうかまでは分からないけれど、事実としてそれがあるのだ。
『心臓に近い部分の穴はそのためか……』
『いや、場所については異なる。例によって例の如く、神の気まぐれってやつだ。生誕の祝賀を与えた印付けとも言われている』
紅い髪の青年が知っているのは神官としての知識らしい。
生誕の祝賀ってことは、誕生祝いってことかな?
『神が魂に付けたものだから、身体を解剖しようが、肉体を損壊しようが見つけることはできない。でも、確かに存在する。魔法を使っている時には神眼所持者ならば、その部分が浮かび上がって視えるらしいからな』
この言葉から、この紅い髪の青年は神眼持ちではないようだ。
自分で視ているなら、伝聞の形をとることはないだろう。
『ああ、でも、例外はある。生誕時に祝賀を享けただけでなく、命名の儀で大陸神の加護まで授かるような特別な人間たちは、二十歳を超えると、その部分が誰の目にも視えやすくなるそうだ』
その言葉で、思わず、護衛兄を見かかって……、我慢した。
この場で唯一、二十歳を超えているのは護衛兄だけだ。
だからこそ、その言葉に心当たりがある。
二十歳を過ぎると、お風呂に入るだけで浮かび上がる印。
それは確か……?
『ああ、聖痕のことか』
護衛兄はそう呟いた。
『いや、なんで、聖痕を知ってんだよ? それこそ、神官知識だぞ?』
『王族に関われば知る知識でもあるだろう? どこかの口が軽い王族が漏らしたんだよ』
護衛兄はそう肩を竦めた。
その口が軽い王族のおかげで、わたしは護衛兄弟の隠された出自を知ることになった。
つまり、それは、誘導だったのだと思う。
それまで、護衛兄は知らなかったってことなのだから。
『まあ、王族に仕えているなら、知っていた方が良いよな。衆目の中、曝け出したら言い逃れもできん』
紅い髪の青年はそう言いながら、わたしを見る。
『尤も、簡単に視える位置じゃないみたいだな。そこの女の聖痕は胸か、背中だ。露出狂でなければ、普通は見えん』
つまりは、わたしはこの穴の開いた部分に聖痕とやらが現れるらしい。
だが、恐らく、わたし自身はそれを忘れてしまうだろう。
この世界で交わされる言葉のほとんどを、高田栞は覚えていられないのだから。
『日頃から、デコルテ部分に気を遣う必要があるな』
『ボールガウンでもデコルテをあまり見せていないのは正解ってことか。今後も隠していく方が良いな』
『当然だ』
そして、何故か、普段の服装の方に気を遣う護衛たち。
いや、大事だけど。
大事なんだけど!!
『お前……、まさか、護衛に服を選ばせているのか?』
その光景を見た紅い髪の青年からは、呆れたようにそう言われた。
「自分のセンスに自信がなくて」
任せた方が楽と言うのもある。
だけど、護衛たちの方が時と場合と状況に応じた選択ができるのだ。
それなら、頼る方が服装に関する大きな問題は起きないだろう。
『センスは磨け』
黒一色の服でも問題なく着こなせる美形は、いとも簡単にそう言ってくれる。
『全部を男に任せるな。奴ら好みの女に仕立てられるぞ』
「それはそれで良いのではなかろうか?」
彼ら好みの女性と言うのも気になるし。
どちらも、とんでもなく異性に対する理想が高そうだよね。
『いや、もっと自分を持てよ』
「自分を持つと、こうなる」
わたしは紅い髪の青年に向けて、胸を張って両手を広げる。
その紫水晶のような瞳には、自分で選んだ部屋着を着た女が映っているはずだ。
その宝石のように綺麗な紫の瞳が一瞬、大きく開かれ……、そして、閉じられた。
それから待つこと数秒。
『まさかと思っていたが……、この世界でお前と会う時に着ていた服は、寝間着か?』
紅い髪の青年は、そんな言葉を口にする。
「そうだね。ほとんどの場合、この世界に来る時は、『高田栞』が寝る直前に身を包んでいた衣服で来ていると記憶している」
この白い世界に来る時は、寝ている時に着ている服が多いが、過去視の時は服を着ているかも分からない。
自分が完全に意識だけの存在になるため、衣服のことは気にしていないのだ。
それ以外のごく普通の夢の時は、いろいろな服を着ている気がするけど、普通の夢自体の記憶はこの世界のわたしでもあまり覚えていなかった。
『今回は、従者を横に侍らせて寝ているって言ってたよな?』
「そうだよ。この穴の治療のためだけど、多分、一緒に寝てくれているからここに来てくれたんだと思う」
ちょっとした役得ではあるが、それを口にする気はなかった。
ただの尻軽女でしかない発言だ。
しかも、この紅い髪の青年は「高田栞」に愛を告げてくれたばかりなのに。
『それで、これか……』
「そんなに酷い?」
『酷い』
確かに男性が喜びそうな服ではないが、そこまで呆れられるほど酷いとも思っていない。
動きやすく、汗も吸い取って、さらに不快にもならないスウェットのような寝間着である。
どこかの法力国家の王女殿下なんて上下ジャージのパジャマでしたよ?
「張り合いがねえだろ? 寝る時に腹や太ももを出せとは言わんが、もっと腕や膝裏、鎖骨や肩ぐらいはサービスしろよ」
「何故に膝裏? そして、鎖骨?」
腕や肩はともかく、膝裏や鎖骨はちょっと不思議な部分だと思う。
『単なる趣味だ』
「さようでございますか」
ここまできっぱりと言い切られるとなんとも言えない気分になる。
分かりやすく誰もが反応するような色気がある部分じゃないから余計に、独特な性的嗜好が見え隠れするからだろう。
いや、鎖骨は色気ある部分かな?
『お前たちだって、手を出すかどうか関係なく、主人に色気があった方が良くないか?』
さらに、わたしの護衛たちも巻き込もうとするし。
『気が散るから、今のままで良い』
護衛弟は迷いもなくそう言った。
気が散るって何?
そして、現状、気が散らないのは、わたしに色気がないってことですね?
『どんな服に身を包んでいたとしても、主人の魅力が損なわれるものではないからね』
護衛兄はどんな時でもわたしを悪く言うことはない。
だが、色気がないことを否定もしていなかったりする。
嘘を吐かない護衛兄らしい言葉だ。
『ほら見ろ、飼い主。従順な犬たちですら、既に諦めの境地にいるじゃねえか』
「悪意ある解釈だね」
彼らは諦めているのではない。
寝る時に飾り立てて何になる!? ……と、言うわたしの言葉に従ってくれているだけだ。
「変に色気のある服とか着ていたら、万一、夜中に襲撃などをうけた時、その装いが邪魔になる可能性だってあるでしょう? 高田栞は敵が多いんだから」
その襲撃者になり得る相手にわたしはそう主張する。
『人のせいにするなよ。大体、お前に人並の色気が足りないのは、その服装以前の問題なんだからな?』
「酷い」
この紅い髪の青年は、本当に高田栞のことを好きなのかが、疑問に思えてくる言葉である。
でも、変に気を遣わないこの言い方が、実にこの人らしいと思ってしまうぐらいには、心を許してしまっているのだろうなとも思うのだった。
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