表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2673/2795

挑発行為

 黒く、先が見えない穴が空いている。


 それは前にも後ろにもあるのだから、貫通していることになるのだろうけど、風穴のように向こう側に通り抜けてはいなかった。


 人体のこの場所にこんな大きな穴が開いたら、普通は生きていられない。


 位置的に胸骨上部。

 その大きさは、前も後ろも直径15センチ前後。


 胸骨は当然ながら肋骨や胸椎だけでなく、心臓や肺も一部が欠けていることになる。

 心臓や肺は僅かな損傷でも即死とならないまでも、死に至る可能性が高い器官だ。


 しかも、穴の位置を考えれば中枢神経も貫かれていることになる。

 現実の人間なら肉体を動かすこともできないはずだ。


 だが、ここは栞の夢の中。

 そうなると、この状態は、現在のイメージ図ということになるのだろうか?


 この世界に来る前に見た現実の栞の身体には、こんな穴は開いていなかった。


 はっきりと見たわけではないが、少なくとも、上半身を見た時に、ここまで大きく黒い穴があれば、そちらに目は吸い寄せられるだろう。


 だから、兄貴も今、栞の背中を観察している。

 だが、正面じゃなくても、その図はちょっと複雑になるのはオレだけだろうか?


 いや、オレだけじゃないらしい。

 真横にいる紅い髪も、恐らく、今のオレと似たような顔をしている。


 以前から思っていたが、栞の夢の中に来ると、感情が上手く隠せなくなってしまう。


 恐らくは、実体のようでいて、思念体のような状態だからだろう。

 感情が剥き出しになってしまうようだ。


 だが、触感はある。

 この世界(栞の夢の中)で、頬を摘まむ行為をすれば、それなりに痛い。


 だから、出会い頭にオレからぶっ飛ばされたこの紅い髪にも、打撃を与えたと思っている。


 平気そうな顔をしているが、結構な手応えだった。

 相手にも痛覚が存在していれば、それなりにまだ痛んでいるはずだ。


 時折、胸元を押さえているのはそういうことだろう。


 だが、オレがそんな感情に任せた行動に出たのには意味がある。


 先ほど、この紅い髪は、栞の身体に自分の右腕を突き刺したのだ。


 感じられている体内魔気に変化はなく、さらに夢の中の話である。

 だから、命どころか、現実にはその身体に傷一つ入っていなかっただろう。


 だが、オレはその光景が許せなかった。


 身体強化をせずに走るのは久しぶりだったことと、目に映る光景を否定したくて、()()()()()()()()()()、自分の右腕をヤツの胸元の上部に撃ち込んだ。


 俗にラリアットと呼ばれるプロレス技である。


 少し間違えると、その衝撃で紅い髪の右腕が栞の身体の内部を跳ね上げる可能性もあったが、威力よりも速度重視でぶちかましたためか、綺麗に引き抜けたらしい。


 その後は、倒れてくれたので、そのまま動けないように乗っかって固定し、顔面の近くに拳を突き下ろすだけで良かった。


 腰が入らないため威力は完全になくなるが、それなりに気も晴れた。

 間近でヤツの焦る顔を見ることができたからだろう。


 栞の方は、兄貴が安全確保をした上で、視界に入らないようにしてくれたから、何も気兼ねすることもなかった。


 できれば、もう少し殴りたかったが、栞から止められてしまえば、仕方ない。

 本気で焦るヤツの顔を至近距離で見る機会など、もう二度とないとは思うけど。


 だが、まさか、この世界の栞の身体に穴が空いていることは予想外だった。

 オレのいた場所からは、角度的に栞の身体に空いていた穴までは見えなかったのだ。


 あの光景もそうした背景があったからだと今なら分かるけれど、分かったところでオレは同じように行動しただろう。


 好きな女が他の人間からその身体を貫かれる状態を見て、正気を保てというのが無理な話である。


「何か、分かりますか?」


 栞が兄貴の方を振り返りながら確認する。


『彼の右手が突き抜けたのだから、完全に貫いているはずなのに、向こう側が見えない』


 そう言いながら、兄貴は栞の背中に手を翳す。


『魔力の気配も分からないね』


 もともと夢の世界では魔力を感じにくい。

 オレが今、感じている栞の気配も、どこか別の場所にあるような気がしている。


「やはり異次元に繋がっているのでしょうね」

『それだと、彼の右手が貫くのも不思議なんだよ』


 そうだな。

 オレもそう思っている。


 本当に別空間に繋がっているのなら、その手が、そこを通り抜け、同じ空間に再び現れるのがおかしくなってしまうのだ。


『ところで、実際に通り抜けたキミの見解の方は、教えてもらえるのかい?』


 兄貴が俺の横にいる紅い髪に向かって声をかける。

 どうやら、自分だけの考えでは足りないらしい。


『あ? どうして、俺がそこまで懇切丁寧な真似をしないといけないんだ?』


 それも道理だ。

 この男にそこまでの義理は全くない。


 だが、世の中には本当に腹立たしい存在と言うものがいるわけで……。


『それもそうだね』


 兄貴はあっさりと引く。

 紅い髪の意見など、全く興味がないとでも言うように。


 それが手だと分かっていても、ここまで切り替えが早いとムカつくだろう。


 オレならムカつく。

 それなら始めから聞くな、と。


『ただ俺は、()()()()()()()()()()、この綺麗な身体に大きな穴が空いてしまったことを憂いてるだけだ。その感情は()()()()()()()()()()()だからね』


 さらに腹立たしい言葉を追加で吐く。


 ムカつくよな~。


 分かりやすく煽られていると分かっていても、この言い方が、とても頭に来るのだ。

 その気持ちはよく分かる。


 だが、ここで終わらないのだ。

 この人を苛つかせる男は。


『それに、不意打ちに等しい状況を作り出した上で、その身体に開いた大きな()()()()()()()ようなことをしたというのに、それがどんな状態なのかを本人に伝えないなんて……。そんな厚顔無恥な行為は、普通、とても真似できるようなことではないかな』


 さらに煽るような物言いは続けられる。


『栞ちゃん、()()()()()()()()んだね?』

「そうですね。この世界だと、痛覚もありませんから」


 しかも、栞まで使いやがった。


『痛みがなくて、良かったね』

「本当ですね」


 今の言葉に栞は素直に答えたが、彼女に向かって言ったわけではなかった。


 だけど、本当に栞に今、痛みがなくて良かったと思う。

 先ほどの状態は痛覚があったら耐えられなかっただろう。


 身体を貫かれた上、さらに、()()()()()()無理矢理、中に入っていた()を引き抜かれたのだから。


 ……つまり、()()()()()()()()()()は、()()()()()()()()()らしい。


 道理で、先ほどからオレにも微妙に刺さってくるわけだ。


『何が言いたい?』

『俺は主人に痛みがなくて良かったという話以外はしていないつもりだよ』


 紅い髪は先ほどから、チクチクと攻撃されているために、どこか恨みがましい視線を兄貴に向けるが、当人はそれを気にした様子はない。


『それにしても、本当に不思議な穴だ』


 兄貴はそう言いながら、栞の背中にある穴に触れる。


 今の栞は痛覚どころか触覚すらないのだろう。

 兄貴から背中を撫でられても、特に気にした様子はない。


 尤もそんな図を見せ付けられているオレからすれば、今の撫で方など、セクハラのような動きだった。


 だが、我慢だ。

 そこでブチ切れるのは良くない。


『大神官猊下に確認すれば、今の栞ちゃんがどんな状態にあるのか、()()()教えてくれるだろうね』


 さらに煽りやがる。


 確かに元下神官の紅い髪よりは、大神官からの言葉の方が、信用はおけるとオレも思うが、今の台詞は、紅い髪の自尊心を逆撫でするような言い方であった。


「雄也、あまり()()()()()ことを言わないでくださいよ」


 だが、栞の方が耐えかねたらしい。


「ライトは十分、いろいろ教えてくれています。これ以上は、彼の立場上、酷ですよ」


 兄貴を可愛らしい顔で咎めると同時に、さらに、紅い髪の何かを刺激するような物言い。


 やはり、この女が一番手強い。

 兄貴すら苦笑している。


『何が聞きたい?』


 不機嫌さを隠さない声。

 だが、紅い髪は何かを語る気になったらしい。


『主人の身体の穴について、心当たりはあるかい?』


 そして、用意されていたかのような素早い問いかけ。

 いや、準備していたのだろうけど、そこまで露骨な反応は腹立たしいだろう。


 案の定、紅い髪は苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 それでも、兄貴の近くにいる栞を見てしまった。

 何かを言いたそうに、でも、それを我慢しているような顔。


 はっきり言えばいいのに、誰も否定などしないのに。

 それでも、相手のことを考えて飲み込もうとしてしまう。


 アレは()()()()()()()()()()()()、栞の()()()だと思っている。


 ここにいる栞は「シオリ」とも「高田栞」とも似て非なる存在だ。

 だが、やはり「シオリ」や「高田栞」の一部でもある。


 だから、少しでも、「シオリ」と「高田栞」に心を揺らされたことがあれば、あれは無視できない。

 少なくとも、あの表情をした栞にオレは逆らえる気がしなかった。


 だから……。


『魂から、魔力の源泉が引き抜かれているだけだと思う』


 紅い髪も観念するしかないのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ