新規単語
「でも、魂と意識の分離なんて……、普通はできないよね?」
『普通はな。だが、精霊族の中には人類の魂に干渉できる奴らもいる。魂響族なんて、その代表例だ。奴らは、古来、神々との約定を結んでいるから、人類の魂や体内魔気に影響を及ぼすことができるらしい』
この紅い髪の青年は、あの暗闇の聖女さまが、その魂響族であることを知っている。
そして、大神官さまのことも。
だから、ごく自然にそう返したのだろう。
「約定?」
『精霊族たちの能力は、全て神から授けられたものだ。神の道具となる証として』
「おおう」
精霊族は道具。
人類は娯楽。
それが、神さまから与えられた役割。
道具が用途以外のことをするのは困る。
だから、精霊族の方は神さまに抗えない。
だが、娯楽は予想ができないから楽しめる。
そのために人類は神に逆らうことを許されているのだ。
「だから、モレナさまはわたしを三位バラバラにできたのか」
肉体と意識と魂。
魔法力が枯渇し、魂が傷付き、あのままでは生命を維持できそうになかった。
だから、それらを一度、分離して、それぞれを一番、修復できそうな場所に置いたことは理解した。
だが……。
「それでも、素っ裸で放置は勘弁してほしい」
アレはちょっと……、いや、かなり酷いと思う。
『素っ裸?』
どうやら、この人はそのことについては知らないらしい。
知っていたら、こんな反応にはならないだろう。
「精霊界に魂が行っていた時、セントポーリア城下の森に素っ裸で放置された」
『あん? まさか、肉体が……か?』
「魂が精霊界、意識が境界にあったなら、肉体だけがそこにあったってことだよね?」
かなりの恐怖である。
「あれ? でも、わたしの実体もなかったっぽい……?」
そのことを思い出した。
『どういうことだ?』
「えっと、わたし自身も、なんにも触れなかった。地面を突き抜けることはなかったけど、布団とかはすり抜けていたんだよね。だから、裸だったみたいなんだけど」
だから、いろいろ大変なことになったのだ。
肉体がすり抜ける素材となってしまったから、服も着ることができなかったし、何かで隠すのも難しかった。
わたしがそう言うと、紅い髪の青年は考え込んで……。
『布団と言う単語が気になったが、それなら、肉体は別の所だな。そうなると、魂が精霊界なら……、意識は人界……。ああ、そっちの方がしっくりくる。残留魔気のような状態で、意識だけがセントポーリア城下の森に在ったってことか。それなら、あの立入禁止は当然の措置だな』
何やら、納得できたらしい。
「そのためか、ほとんどの人に視ることはできない状態だったみたいだけど」
『意識だけがそこに在るなら、魔力感知が優れていれば、残留魔気のように姿は視える。それでも視えなかったならば、「精霊隠し」をされていたんだろうな』
「また新たな単語が出てきましたよ?」
わたしに施されている「神隠し」は知っているけど、「精霊隠し」とはなんぞや?
『精霊族が秘匿したいモノに対して使う術だな。長耳族が自分たちの集落を守るために使っていた自然結界もその一部だ』
「へ~」
わたしは、一応、隠されてはいたようだ。
彼が言うには、「神隠し」は神から隠したいモノに対して施すものだけれど、「精霊隠し」は精霊族が隠したいモノに対して行うものらしい。
でも……。
「九十九にはその状態でも視えたらしいんだよね」
モレナさまも視えないはずだと思っていたようだけど、護衛弟には、ばっちりしっかり視られてしまったらしい。
『あ? でも、駄犬の方なら、良いんじゃねえか? どうせ、「発情期」の時に全部、ひん剥かれてはいたんだろ?』
この人は真顔でなんてことを言うのか?!
現実世界の高田栞だったら、羞恥心から顔を真っ赤にした上で、抗議していたことだろう。
でも、これだけは言っておきたい。
高田栞の名誉のためにも。
「全部は見られていなかったよ」
『あ?』
「九十九は、『発情期』の時も、全部は見ていなかった」
衣服を破られたのは上半身だけだった。
下半身の方は残されていたのだ。
まあ、手は突っ込まれたけど、「痛い」と言ったら、止めて……、いや、少しの間、正気に戻ってくれた。
『なんだ? 着衣プレイ派だったのか? 初心者なら全部見たいと思うが、なかなかマニアックな性的嗜好を持っていたんだな。まあ、真面目な奴ほど性癖はぶっ壊れていることが多いと聞いたことはある。眉唾だと思っていたが、それは本当だったのか』
「そんな変な知識を植え付けないでくれるかな?」
着衣プレイって、多分、服を着たままってことだよね?
でも、多分違うと思う。
護衛弟は、あちこちさわさわと触ったり、舐めたりするのが好きなようだったから、服があると邪魔だよね?
『そうなると……、駄犬は神眼持ちか?』
「持っていなかったと思うんだけど……」
ああ、でも嘘を見抜いているようなところはある。
それが、神眼の一種なのだろうか?
『まあ、神眼は、後天的に開眼することが多い能力だからな。神や神力に触れる機会があれば……、ああ、滅茶苦茶、可能性がある奴だったな』
「へ?」
可能性がある?
神や神力に触れる機会ってこと?
『常にお前の側にいるし、大神官からも気に入られている。それだけで二人の神力所持者の影響がある。あの気質なら、精霊族とも相性が良さそうだから、祝福を享けることがあっても不思議ではないな』
精霊の祝福……。
その言葉に一つ心当たりがある。
「精霊族から口付けされるのは祝福になる?」
『神でも、精霊族でも、神力所持者でも、意識的な身体接触となればかなりの加護、祝福、感応症はあるだろうな。その接触が広ければ広いほど、深ければ深いほど、それらが持つ能力の影響を受けやすくなることは確かだ』
本当にこの人の知識はどこから湧いて出てくるのか?
いや、それだけ古文書を読み込んでいるってことだ。
それだけ、この人が守ってきたものでもある。
『まさか、あのケダカクウツクシイモレナ様がかましたのか? いくら何でもそれは肩入れしすぎだと思うが……』
「いや、別の精霊族から、濃厚な口付けをされたことがあるだけだよ?」
相手は暗闇の聖女さまではなかった。
もしも、暗闇の聖女さまと護衛弟のそんな現場を見たら、かなり複雑な気分になることは間違いないだろう。
『濃厚な口付け……。口腔間の体液交換か。それは、結構なものだな』
「へ? 口腔? 体液交換?」
何それ?
わたし、そんな話をしていたっけ?
口腔って……、確か、口の中だよね?
『お前の相手はあの長耳族か? 意外と手が早かったんだな』
そこで、大きすぎる誤解があることに気付く。
「いやいやいや! リヒトはそんなことしていないし、相手もわたしじゃないよ。九十九が紅い髪の角刈りで体格の良い殿方の姿をしていた精霊族から、ちょっと長めのキスをされただけだよ!!」
『角刈り、体格の良い野郎の姿をした精霊族から……? それはあの駄犬もご愁傷様なことで……。初めてじゃなかったことだけが救いだな』
何故か、合掌をされてしまった。
『俺はてっきり、あの長耳族からお前が舌を突っ込まれるようなキスをされたのかと思ったんだが……』
舌を突っ込むようなキス?
それは確かに濃厚すぎるし、口腔間の体液交換ってことも理解できるけど……。
「リヒトに謝れ!! あの子がそんな酷いことをわたしにすると思う?」
『いや、あの子って言うが、あの長耳族は成長しているし、既に子ができる行為を番いとやっているんだよな? 人型の精霊族の生殖活動は、人類と変わらんぞ? そして、ディープキスのことを酷いことって言うな』
それはそうかもしれないけれど、リヒトとそんなことをするなんて考えたこともなかったし、成長してしまっても、やはり、わたしの中では少年の姿をしている記憶が強すぎるのだ。
『まあ、体液交換はしていなくても、口付けなら接触していることに変わりはない。しかも、長かったならそれなりに効果は高いとは思う。精霊族は神ほどではないが、どこかのケダカクウツクシイモレナ様のように、気まぐれな奴が多いし、その現場を見ていないから推測だけどな』
「伏せる気ないね」
確かに暗闇の聖女さまを見てしまうと、精霊族はかなり気まぐれな印象がある。
恭哉兄ちゃんやリヒトが常識人っぽく見えるのは……、彼らが混血だからだろうか?
『あ~、そうなると、あの精霊族か? 姿を変えてやられたってことか?』
「あの精霊族?」
『高田栞の婚約者候補の近くにいた奴』
その言葉で思い出す。
「いや、セヴェロさんじゃない。種族は同じらしいけど、もう何年も前の話だから」
『……何年も前のことでも、駄犬にとっては災難だな』
どうやら、精霊族からの祝福は、災難らしい。
まあ、内容的にも酷い話だったからね。
『それなら、蓄積されていった可能性もあるな』
「蓄積?」
『もともと、神眼の才能があることが条件ではあるが、数年前に精霊族から口付けされ、お前の神力も覚醒し、大神官との交流を深め、暫くの間、精霊族と行動を共にしている。才能が磨かれ、それが顕在化してもおかしくはない』
なるほど。
もともと才能があって、それが磨かれたのか。
まあ、本当に護衛弟が神眼を持っているかは分からないけれど、持っていてもおかしくはないんだよね。
同時に、その条件なら護衛兄の方も可能性がある。
あの時、口付けこそ受けていなかったけれど、同じタイミングで祝福を享けていた。
そして、精霊族の意思で祝福を授けてもらったということはなんとなく言わない方が良い気がした。
目の前の紅い髪の青年は、いろいろ教えてくれるけど、決して、わたしの味方と言うわけではないのだから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




