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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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護衛兄弟は企む

「あっさり、眠りに落ちたな」


 真横で寝息を立てている栞を見ながら、そう呟いた。


 これまで、栞に何度か誘眠魔法を使っているが、ここまで抵抗がなかったのは初めてだと思う。

 それだけ、精神的に混乱していたか。


 あるいは……。


「今は、()()()()()()()()()()()()()()()のだろう」


 兄貴も同じ結論に達したのか、そんなことを口にする。


 それはつまり、今、栞は魔法が効きやすくなっているということだ。

 これまでは治癒魔法、物理耐性強化魔法という、栞にとってプラスとなる魔法だった。


 だが、それ以外の魔法はどうだ?


 先ほど、オレたちが使用したのは誘眠魔法……補助魔法だ。

 それ以外の……、攻撃魔法までも効きやすくなっているなら、それは良くない傾向だろう。


「確かに、自分の想定よりも魔法力を消費した感覚があるな。こうして触れていても、手から僅かながら魔力を吸い取られているようだ」

「ちょっと待て?」


 今、聞き捨てならない言葉が入っていたぞ?


「まさか、今も触ってるのか?!」


 当人が寝たから、てっきり、睡眠の邪魔にならないように手は離したかと思っていたのに。


「まだ手を離してはいない。だが、お前のような邪心からではない。触れていた方が主人の体調が良くなるのなら、離す理由はあるまい?」

「このエロ兄貴」

「お前ほどではないよ」


 エロであることは否定しないらしい。

 その部分こそ否定して欲しかった。


 そして、オレも手は離していない。


 理由は、栞の体調を気にしているのが八割。

 後は、兄貴が言うように邪な心だ。


 好きな女の手を握りたいと思って何が悪い?


「お前に確認しておきたいことがある」

「報告書なら、明日にしろ」


 大事なことは覚えている。

 一晩寝たぐらいで忘れるような頭はしていない。


「今日の話ではない」

「それならば、尚更、明日にしろ」


 今のオレは、栞の柔らかくて小さい手を握っている方が何よりも大事なのだ。

 確かに触れている手から、自分の体内魔気が僅かに栞の方へ流れているような感覚があった。


 それだけ、今の栞の身体は、魔力を必要としているということだろう。


 それでも、無理矢理引き出されるような感じではない。

 本当に自然な流れだった。


「お前は、()()()()()()()()を使えるようになった?」

「あ?」


 思わぬ方向からの問いかけ。

 一瞬、兄貴が何の話をしているのかが分からなかった。


「魔法は手から放出するものだという固定観念(思い込み)がある。それなのに、何故、お前は口から魔法を吐き出して使おうと思った?」

「吐き出すって……」


 まるで口から怪光線(ビーム)を出したみたいじゃねえか。

 オレは楽器の名前を持つ緑色の宇宙人みたいな技は使えねえぞ?


「では、言葉を変えよう。何故、そんな珍しい魔法の使い方を成功させたというのに報告しなかった?」

「何故も何も……」


 意図的に兄貴には伝えていなかった部分。

 今更、掘り起こされるとは思っていなかった。


 まあ、兄貴の前で使った以上、それはやむを得ない話でもあるのだが。


「兄貴が言う邪心があったから……だよ」

()()()()()()()()()()()()。だが、それはいつの話だ?」


 いつって……。


「カルセオラリア城が崩壊した後、トルクスタン王子や真央さんからその原因を聞いた直後だったな」


 あの時は、カルセオラリアの事情に巻き込まれ、考えても仕方がないことで思い悩んでいた栞を慰めようとしたのだ。


 初めはそんな純粋な感情。


 だが、泣いていた栞の目の腫れを癒そうとして……、ふと思いついてしまった。

 口を使って治癒魔法を使うことはできないかと。


 栞が「魔気の護り乱れ撃ち」などと言いながら、手ではなく、その身体全体から体内魔気を放出する姿を見てきたというのもあったのだろう。


 体内魔気の放出と魔法は違う。

 だが、似た性質であることは間違いないと思っていた。


 そして、オレは魔法を使う時の魔力の流れを知覚できる。

 だから、その出力先を手から口に変えるだけで良い気がしたのだ。


 一度、思いついたら、試したくなってしまった。


 目を閉じていた栞に、気付かれることなく、口付けできる機会だと思ってしまったのが一番の理由だろう。


 そして、それを栞に見られ、咎められたとしても、治癒魔法と言う名目があれば見逃されることも分かっていたというのもある。


 そんなオレの邪な気持ちから生じた試みは、結果として、成功してしまった。

 それも、いつもよりも集中してできたと実感したほどだった。


 口から使ってみて失敗したら、これまで通り、手から治癒魔法を使えば良いという気楽さもあっただろう。


 それだけの話だった。


「『発情期』の兆候が見られた、一番、危険な時期か」


 兄貴もその時期を思い出したらしい。


「おお、だから、直後にぶっ飛ばされた」

「あ?」

「栞に対して、オレ自身が『発情期』の兆候を自覚した時だった」


 正しくは、その治癒魔法を使った後の、栞の反応を見た直後だった。


 だが、大差はない。

 初めて、本当の意味で「発情期」を意識し、そして、恐怖したのだ。


 アレをきっかけとして、「発情期」に至るまで、自分の精神が酷く不安定になったことを覚えている。


 そんな状態になったにも関わらず、栞への気持ちを自覚せず、封じ込めようとしていたのは、我ながら本当に阿呆な判断だったと今なら思う。


「この主人にふっ飛ばされるなんて、魔法以外にも何かしたのか?」

「いや、考えただけだ」


 本当に考えただけだった。

 瞼に口付けるだけじゃ全然足りない、と。


 はにかみながら、いつもよりも気持ちよかったという治癒魔法の感想を呑気に口にしたあの桜色の唇に、激しく食らいつきたいという獰猛な気持ちが湧き起こったのだ。


 ……これで、無自覚。

 本気であの時期のオレを殴りたい。


「そんな魔法を作り出してまで、主人に触れたいと思ってしまうほどだったのに、その自覚もなかったとはな」

「うっせえ」


 尤も、あの頃のオレには、そんな余裕がなかった。

 実際、栞以外の女にも反応していたのだ。


 つまり、あの時期のオレは、女なら誰でも良いと思っていたのだから、逆にそんな自覚ができるはずもない。


「だが、本当に効果は高い。使う場面は限られるだろうがな」

「あ?」

「対象にもよると思うが、魔力の一点集中ができるようだ。手から放出した魔法よりも効果が上がった気はした」


 効果があると思ったのは、オレの気のせいではなかったらしい。

 兄貴もそう感じたのなら、本当に効果があるのだろう。


「尤も、主人以外で集中できる気はしないな。血を分けた弟にやろうとも思えない」

「同感です、お兄様」


 確かに栞以外の人間に対して、ここまで集中できる気はしない。


 兄貴もそう思うのは意外だとは思ったが、少なくともオレは野郎相手に口で魔法を使いたいとは思わなかった。


 それよりは、離れた場所にいる相手に向けて、手から治癒魔法を飛ばす方が、効率的でもある。


「事情は分かった。だが、そういった面白いことは早めに言え」


 その「面白い」は一体、どこにかかる言葉なのか?


 口から魔法を使ったことか?

 それとも、オレが栞からふっ飛ばされたことか。


 前者だと思いたい。


「兄貴なら、真央さんから面白い魔法をいっぱい聞いているんじゃねえのか?」


 最近、兄貴は真央さんと仲が良い。

 魔法国家は魔法の研究国家でもあった。


「真央さんが言うには、魔法国家でも俺たちの()()()()()()()()()()()()そうだ」

「面白い存在って……」


 あの人は、一応、栞の先輩だよな?


 いや、水尾さんも、結構、栞に対してはそんな感じか。

 単純に好意だけでなく、珍しいものに対する興味や関心からくる感情もある気がする。


 彼女たちは魔法国家の王族だ。


 オレ以上にいろいろな人間を見てきただろうけど、それでも、栞のような人間はいなかったってことかもしれない。


 だけど、水尾さんの話を聞いていると、なんか変なんだよな、魔法国家。

 どの国でも王族は庇護の対象だ。


 強いから守る必要などないという考え方ではなく、強いからこそ保護しなければならないという思想になる。


 強い人間は目立つ。

 特別扱いされる。

 特異だと認識される。

 自分たちとは違うと壁を作られる。


 良くて英雄、悪ければ化け物、最悪は成敗対象だ。

 魔力が強く、高貴な血筋であっても、出る杭は打たれることは多々ある。


 だからというわけではないが、どの国でも王族は護られるようになっている。

 恐らくは各大陸の大気魔気を調整する人員を減らさないために。


 だが、それでも水尾さんの扱いは異常なのだ。


 聖騎士団とともに魔獣の討伐。

 それは理解できる。


 だが、単独で魔獣退治。

 それはおかしい。


 まるで、あの人がどうなってもよいと謂わんばかりに、年齢一桁時代から、たった一人でとんでもない数の魔獣退治に行かされていたのだ。


 護られるべき王族だというのに。


 当人はそれを王族の責務だと疑っていなかった。

 だから、オレに気軽な気持ちで話してくれたのだと思う。


 懐かしいと言いながら、語られる凄惨な日々を。


 アリッサムという国が、どんな意図があって、第三王女だけにそんな道を歩ませたのかは分からない。


 そして、それを知ることもできないのだろう。

 そのアリッサムという国はもうないのだから。


 だが、もし、叶うなら。

 その元凶を殴り倒したいと思う程度には、オレは水尾さんに関心があるらしい。


 だから、どうだという話だが。


「さて、そろそろ()()()だろう。()()()か」

「あ?」


 考え事をしていたためか、兄貴の言葉に反応が遅れた。


「何を(とぼ)けている?」


 兄貴が呆れたように……。


「長い間、()()()()()()()()からな。()()()()()()()()()ことだろう」


 そんなことを言ったのだった。

この話で132章が終わります。

次話から第133章「場外乱闘」です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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