報告しない理由
「栞ちゃんと同じ寝台で休もうとしていることを、セントポーリア国王陛下と千歳様に知られたらと思うと、気が気でない」
雄也さんが珍しく緊張した声でそう言うものだから……。
「もしかして、この状況は報告する予定もないのですか?」
思わずそんなことを確認していた。
いや、彼らはかなりマメに報告書を書いているし、セントポーリア国王陛下は雇用主である。
だから、包み隠さず、報告するものだと思っていた。
でも、考えてみれば、報告されても困ることでもある。
母はそこまで気にしない気がするけど、セントポーリア国王陛下は時々、変な方向に暴走する傾向にあるのだ。
そして、基本的には真面目な人だから、未婚の男女がこんな風に一緒の寝台で寝ている状況なんて、彼らのことを信用していても、許せないかもしれない。
「今回はしない」
雄也さんはきっぱりとそう言い切った。
「報告なんてしたら、栞ちゃんがすぐに攫われてしまうだろうからね」
「へ?」
わたしが攫われてしまう?
そもそも、この状況が既に、モレナさまによってローダンセから連れ去られた結果なのだ。
そこから、さらに攫われるとなると、同一少女連続誘拐事件ってやつになるのではないだろうか?
いや、18歳を少女というかは微妙な判定ではあるが、そこはおいておく。
「セントポーリア国王陛下への報告で、わたしが攫われることになるのですか?」
わたしを手配書までバラまいて探しているのはセントポーリア国王陛下ではなく、その息子であるダルエスラーム王子殿下だったはずだ。
これまでのセントポーリア国王陛下への報告書を見ているなら、とっくにわたしは捕捉されてしまっているだろう。
「この国にはね。俺や愚弟よりも、栞ちゃんと体内魔気の相性が良く、感応症の働きが良いと考えられる存在がいるんだ」
「……そうですね」
雄也さんの言葉だけで、誰のことを言っているのかが分かってしまう。
セントポーリア国王陛下だ。
わたしが抑制石によって体内魔気の放出を抑えていても、セントポーリア国王陛下の魔力の質によく似ていると何度か言われている。
公式的に認知はされていなくても、親子であることは消せないからだろう。
そして、あの方の側は居心地が良い。
その時点で、わたし自身も感応症の働きを自覚していることになる。
「そして、その存在が今の栞ちゃんの状態を知れば、仕事をほっぽり出して、ここに乗り込んでくる可能性が高いと予想している」
「へ?」
あれ?
なんか、思っていた方向と違う話をされているような気が……?
「栞ちゃんは、この国で最も高貴な方と寝台を共にしたいかい?」
雄也さんはわたしを揶揄うようにそう言った。
「あ~、それは面倒かもしれませんね」
つまり、わたしを攫うのはセントポーリア国王陛下ということらしい。
いや、仕事を放りだしたらいけないと思うのですよ?
そして、雄也さんがわざわざその言い方をしたってことは、万一、その現場を誰かに見られたら誤解の元になるってことだろう。
寝台を共にした状態ではなく、その前段階となる攫われる状況の方であっても。
「おや? その方との共寝の方は何も問題ないのかい?」
何故か、意外そうにそう問われた。
「既に経験済みですから、そっちは問題ないですよ」
以前、気が付いたらセントポーリア国王陛下の寝台の上で寝かされていたことがあったのだ。
足元に意識を奪われていた護衛たちもいたけれど。
それを思えば、そこまで大きな抵抗はない。
何より、一応、血の繋がった親子ではあるのだから、倫理上からみても、何も問題ないと思う。
「でも、厄介事に巻き込まれそうな気配はひしひしと感じます。確かに、報告はしない方が良いですよね」
セントポーリア国王陛下と一緒に過ごせば、確かに今以上に回復は早くなるだろう。
でも、万一のリスクを考えればやはり、回避一択だと思った。
「そうだね。だから報告はしない」
その理由は理解できた。
「疲れている時に、感応症が働く相手と一緒に寝ると、結構な確率で抱き締めてしまうからね」
「はい?」
だけど、また変な言葉が聞こえた気がするのは気のせいか?
気のせいだと思いたい。
気のせいと言うことにしてください、お願いします。
「疲労回復のために、その元となるモノを逃がしたくなくなるらしい」
「うわあ……」
それは、覚悟を持って、一緒に寝ないといけないってことか。
あれ?
今、わたしは回復中だけど、彼らはそれを承知ってこと?
「特に、セントポーリア国王陛下は疲労が蓄積しているためか、結構な確率で、寝ている間に感応症が働く相手が傍にいると、その両腕で包み込んでしまうみたいだね」
「それはセントポーリア国王陛下が一緒に寝た相手を抱き締めることがあるってことでよろしいでしょうか?」
言葉を変えてはいるが、そうとしか聞こえなかった。
「そうだよ。疲労度によっては、結構な力で締めあげられるかな」
それについては、いろいろ思うところはあるけれど、聞きたいことは一つだけ。
「雄也は何故、それを知っているのでしょうか?」
疲労回復のために、一緒に寝た相手に抱き付くことがあるのを知っているのは、当人を含めた誰かから聞いたことがあると言うことで納得ができる。
でも、その締め上げる力まで知っているなら話は別だろう。
「昔、死にかけた時に、畏れ多くも寝台で共に過ごさせていただいたことがあったからだね」
「へ?」
どうしてこの人はわたしが予想もできない方向へ話を持っていくのでしょうか?
「死にかけたって……?」
「ちょっと不覚にも、神獣と言っても差支えがないような魔獣のお腹に収まってしまったことがあってね。その回復のために陛下にお付き合いいただいたんだ」
とんでもないことを、なんでもないことのように口にする雄也さんのその言葉で、わたしは翼が生えた大蛇の姿を幻視する。
ソレは確か……。
「その腹から助け出された際、俺はかなり消耗していたらしくてね。治癒を施された上、感応症が働くこともあって、その回復のために暫く共寝をしていただいたということになるかな」
銀色の身体と白く眩しい翼を持ち、頭にピンク色のリボンを付けた大きな蛇の話。
雄也さんは、その翼を持つ大蛇に呑み込まれた時の話をしているのだ。
「でも、あの時のことは、正直、そこまでよく覚えていないんだよね。もう十年以上昔の話だ」
わたしの沈黙を戸惑いや困惑と受け取ったのだろう。
雄也さんはそれ以上の反応を確認することなく話を続ける。
「飲み込まれた後、今以上に真っ暗な視界の中、全身を圧迫されて、さらに、何度も強い衝撃を受けたところまでは覚えているんだけど、多分、そこで意識が飛んだんだろうね」
あの大蛇は、黒髪の少年を丸呑みした後、天井まで飛び上がり落下を繰り返した。
そして、飲み込んだ異物がその動きを止めたのだ。
ああ、なんで?
なんで、わたしはその光景を見てきたかのように、この暗闇の中で幻視しているのだろうか?
「意識を取り戻した時は、陛下の寝所の寝台の上だった。そこで陛下の力強すぎる腕を思い知ったわけだ」
かいなって……、確か、腕のことだっけ?
つまり、雄也さんは回復のためにセントポーリア国王陛下から抱き締められたらしい。
そう考えると、やはり抱き締められるというのは有効ってことだろうか?
「尤も、セントポーリア国王陛下も始めから俺を抱き潰すつもりはなかったらしいけどね」
雄也さんが苦笑する気配があった。
「あの時は、即位して間もない時期で心身ともに疲れていたこともあって、久しぶりに自分の寝所でゆっくり休めたらしい。そこに分かりやすく感応症の効果がある人間が横たわっていたから、無意識に締めていたと、申し開きをされた覚えがある」
回復させるつもりが、自分の疲労回復にもなった……と。
その感覚は分からなくもない。
わたしも、九十九を何度か寝具にしているが、凄く落ち着いて気持ちが良いのだ。
ああ、それは抱き締めたくなる。
自分もその経験があるから分かってしまう。
あれは仕方ない。
本当に抗えないのだ。
そして、無意識だからこそ、自分のために身体が勝手に動いてしまう。
詳しくその経緯を説明されたからこそ、わたしはそう納得できてしまったのだった。
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