【第132章― 乱気流 ―】意外にも苦行
この話から132章です。
よろしくお願いいたします。
前略、母上さま。
お元気でお過ごしでしょうか?
近くに来ているというのに、なかなか顔を見せない親不孝の娘で申し訳ありません。
そんなわたしは今、何故か、美形兄弟に挟まれた状態で寝台の上に横たわっております。
右を見ると年上の美形が。
左を見ると同じ年の美形が。
左右のどちらを見ても好みの顔しかない状況は天国だと思っておりましたが、意外にも苦行だということをこの年になって初めて知りました。
それだけ、そういった経験もなかったものですから、それも仕方ありませんね。
これまで護衛が一人だった時はそれでもなんとかなっていたのです。
相手がいない方向へ顔を向ければ良いのですから。
側に人がいるのに、あからさまに背を向けるのは失礼な行為ではありますが、自分の心臓を守るためです。
美形の目を閉じた時の破壊力の凄さは、母上さまにはご理解していただけるかと存じます。
セントポーリア国王陛下も美形ですからね。
あれで、四十路など、信じられないと会うたびに思っております。
母上さまは、美形を侍らせて寝ようなど、そんな娘をはしたないとお思いでしょうか?
言い訳のように思えるでしょうが、これには正当な理由があるのです。
治療行為という名目がなければ、そして、彼らを信用していなければ、わたしだってこんなことを承諾できません。
そして、本当に邪な気配は一切ないのです。
いや、こんな状況でそんな気配があっても困りますけどね。
同じ寝台の上に寝ておりますが、広い上に、二人ともしっかり間隔を空けて距離をとってくれているのです。
でも、落ち着かない。
落ち着けないのです。
このわたしが! 寝具に包まれているというのに!
図太いと思っていたのに、意外にも繊細な面があったことに驚きを隠せません。
こんな時に知りたくもない自分の一面ではありますが。
しかもですよ!
その内の一人は、好きな人なのです。
これまで何度か一緒に寝て平気……ではなかったけれど、ここまで緊張したことは有りませんでした。
意識するって本当に怖いですね。
そして、もう一人はそのお兄さん。
しかも、その方はわたしの気持ちを知っているのです。
そういった意味でもドキドキしております。
兄の方はこの状況をどう思っているのでしょうか?
弟の反応よりもそっちが気になって仕方ありません。
職権乱用していると思われたら、どうしましょう?
いや、そんな人じゃないと分かっていても、やはり相手の反応や感情は気になってしまうものなのです!
でも、本来の治療は、二人から抱き締めて寝てもらうという医師の診断が出ているわけですから、それよりはまだマシだと思う次第でございます。
それでは、母上さま。
今宵はここまでにしたいと思います。
どうかご自愛くださいませ。
草々。
などと!
母に向けて心の中で手紙を書いた所で、少しも気が休まらない!!
暗い中。
始めは周囲が見えなくても、少しずつ暗闇に目は慣れていく。
―――― 失敗した
何度もそう口にしたくなった。
この暗さに目が慣れてしまう前にとっとと寝ておくべきだったと思う。
だが、精神的に妙な興奮状態にあったのだろう。
すぐには眠れなかったのだ。
右を見ても、左を見ても、人がいるのだ。
それも美形兄弟の気配だ。
見えなくてもその気配は分かるが、そこに視覚が伴うと嫌でも意識してしまう。
だから、現実逃避のために心の中で母への手紙をしたためてみたのだが、無意味だった。
寧ろ、変に状況整理ができてしまったほどである。
どんなに広い寝台であっても、同じ場所で美形兄弟と一緒に寝ているのだ。
そんな事実に今更ながら恥ずかしくなる。
はっきりと見えているわけではない。
でも、顔の輪郭とか髪の毛とか、目鼻の位置とかはしっかり分かるぐらいにはなった。
左右の気配をあまりまじまじとは見ていないけれど、もう少し、目が慣れてしまうと髪だけでなく睫毛の一本一本まで見えるようになってしまう気がしている。
だから、横を向くことはせず、天井だけを見つめていた。
これまでに、コンテナハウスで何度も寝起きしているため、見覚えのない天井というわけではない。
でも、こんな状況は初めてなのだ。
以前、「ゆめの郷」で雑魚寝のような状態になった時とも違う。
テントのような場所だったあの時よりは広くて距離があるはずなのに、すぐ真横に二人がいる気がしてならない。
でも、一人でいた時よりは落ち着く。
水差しから何かが漏れる気配はない。
視えない水差しの疵はすぐに塞がるような気配もないけれど、数滴ずつ水が溜まるような感覚はあった。
身体はこの上なく落ち着いている。
だけど、心が落ち着かない。
これは感応症が働いているためだと分かっていても、眠れる気はしなかった。
そして、二人も多分、寝ていないのだろう。
寝息のようなものは聞こえず、下手すれば呼吸すら殺しているかのように何も聞こえないから。
そのためか、わたしも息を殺したくなる。
九十九が何も考えるなと言った理由はよく分かった。
考えると、確かに眠れなくなる。
身体を休めるという目的が果たせなくなってしまったようだ。
「眠れない?」
「うひえっ!?」
不意に声をかけられ、思わず悲鳴のような声が出てしまった。
「ああ、ごめん。やっぱり、驚かせてしまったね」
暗くても、この声の主がどっちで、そして、どんな表情でその言葉を口にしているかは分かる。
「いえ、わたしの方こそ、妙な声を出して申し訳ありません」
「いや、暗がりでいきなり声を掛けられたら、大半の人間は驚くと思うよ。栞ちゃんの反応は間違っていないから謝る必要はない」
それが分かっていて、この人は声を掛けてきた。
眠れないでいるわたしを気遣ってくれたのだろう。
「でも、治療のためとはいえ、こんな提案をして本当にごめんね」
「いえ! 雄也は何も悪くありません! それこそ謝らないでください」
雄也さんは何も悪くない。
しかも、もともとこの提案はモレナさまがしたものだ。
さらにいえば、本当なら「二人から抱き締めて寝てもらう」という、もっととんでもないものだったのを、なんとかお互いに許せる範囲にまでしてくれたのだ。
感謝こそすれ、謝られるのは何か違う。
「未婚の女性には抵抗があるものだということは分かっていた。それでも、これ以上の方法を思いつかなかったんだ」
雄也さんはさらに自分を責めるようなことを口にする。
この人は何も悪くないのに。
悪いのは、後先考えずに行動したわたしの方なのに。
「大丈夫です! 嫌なのではなく、緊張しているだけですから!!」
嫌だったら始めから了承なんかしない。
確かに身体の状態はおかしいし、心も不安定だけど、放っておいても治るようなものなのだ。
それでも、わたしが早く戻りたいなんて我儘言っているから、彼らも断腸の思いで提案したのだと思っている。
「緊張? それなら良かった」
「へ?」
緊張が?
良かった?
「栞ちゃんから全く緊張していないなんて言われたら、俺も九十九も、兄弟揃って男としての自信を無くすところだったよ」
雄也さんは少しおどけたようにそう言った。
いや、この美形兄弟を真横に置いて緊張せずにいられる女性なんて、わたしと趣味が異なる人ぐらいだろうと思う。
美醜の判断は人によって違うからね。
わたしが美形と思っても、他の人がそうだとは限らないのだ。
「緊張はしますよ。雄也はそうでもないでしょうけど」
わたしはこういった経験に乏しく、慣れていない。
さっきから一言も話しかけない九十九もそうだろう。
起きているのは分かっているけど、声をかけてこないのは、九十九は九十九で、わたしに気を遣ってくれているのだと思う。
でも、雄也さんは違う。
絶対に慣れている人だ。
普段の言動からも大人の余裕が溢れている。
2歳しか変わらないのに、全然、違うのだ。
「そんなことはないよ。俺だって、この状況にはかなり緊張しているからね」
反射的に「嘘だ!」と叫ぶところだった。
周囲は真っ暗だし、わたしは横を見ていないので、その表情は分からないけれど、声からは緊張の「き」の字も感じられないから。
だが、雄也さんの次の言葉を聞いたら、納得せざるをえなかった。
「栞ちゃんと同じ寝台で休もうとしていることを、セントポーリア国王陛下と千歳様に知られたらと思うと、気が気でない」
その声は明らかに、緊張を孕んだものだったから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




