悪ふざけ?
九十九に連れられて、わたしは部屋から出て、隣室へ向かう。
流石に緊張する。
治療行為だって分かっていても、今から、彼らと一緒に過ごす……、それも、同室で寝ようというのだ。
特に何もないと分かっていても、やはり緊張する。
普段、寝具にしていると言われていても、そのほとんどは不可抗力なのだ。
こう改めて……と、なるとやっぱり違うだろう。
しかも、今回は九十九だけではなく、雄也さんも一緒らしい。
傍から見れば、美形兄弟を侍らせる悪い女主人だろう。
これは、爛れた生活ってやつになるのだろうか?
九十九がわたしの前に立って扉を叩き……。
「兄貴、連れて来たぞ」
そう言いながら、扉を開けた後……、何故か、すぐ閉じた。
「どうしたの?」
「兄貴の悪ふざけが過ぎる」
「どういうこと?」
わたしの問いかけに対する九十九の言葉の意味が分からず首を傾げた。
「見れば分かる」
そう言って、九十九は再度、扉を開く。
九十九は隠しもしなかったために、わたしでも部屋の中が見えたのだが、そこにはあるべきものがなかった。
わたしが使っていた部屋の隣室は多分、九十九か雄也さんが使う部屋だと思っていたのだ。
だが、いつも彼らが使用する部屋に必ずある机と椅子がなく、白く大きな台があるだけだった。
いや、これは台? 段?
入り口に入ってすぐの場所にあったため、台というよりも床が段になっているような気もする。
その台の脇に雄也さんが座っていた。
正面に座らなかったのは、入り口から近すぎるからだろう。
でも、雄也さんが座っている場所も、壁との距離はほとんどない。
「これを普通の部屋に置くには、些か大きすぎたようだ」
そう言いながら、雄也さんは困ったように肩を竦めた。
「いや、これをここにわざわざ置く必要はないよな?」
呆れたように九十九は言うが……。
「何を言う。狭いよりは広い方が良いだろう?」
雄也さんは特に気にした様子もなく答えている。
どうやら、この台の話らしい。
白い布地が掛けられたこの台にどこか見覚えがある気がする。
だが、部屋のスペースのほとんどを占拠するような物を一体、どこで見たというのだろう?
「それはそれとして、オレが使う予定だった机はどこに消した?」
「俺が使う部屋に運び込んだ。作業はあちらでしても問題はあるまい?」
やはり机と椅子はあったらしい。
その代わりに、この台を置いたことになる。
なんとなく、九十九の横から、その白い台に触れると、ちょっと弾力があるけど、柔らかかった。
「あれ? これって寝台?」
「そうだよ」
「逆にそれ以外の何に見えるんだ?」
わたしの疑問に雄也さんと九十九がそれぞれ答えてくれる。
「いや、こんなに部屋を埋め尽くすほどの大きな寝台なんて……」
見たことがないと言いかけて……。
「セントポーリア国王陛下が使うような寝台……?」
国王陛下が大きな寝台を使っていたことを思い出す。
大人が四人ぐらい寝そべることができそうな大きさだった。
それでも、雄也さんや九十九はわたしとセントポーリア国王陛下の足元に転がされていたのだけど。
流石に、ここにある寝台はアレとは違うっぽい。
いや、もしかしなくてもあの時に見た物よりも更に大きい気がする。
このベッド何人乗りですか!?
縦も横も明らかにサイズが普通ではなかった。
「これは高貴な方が使う寝台だよ。天蓋は流石に外したけどね」
天蓋まで付いていたのか。
でも、高貴な方々が使うなら大きくても、何人で寝るのだろう?
そして、雄也さんは何のためにそんな物を準備していたのだろうか?
「こんなでけえの、一体、何に使うつもりだったんだ?」
九十九もそれが気になったのだろう。
「これは貰い物だ。だが、使用目的は聞いた」
「あ?」
「魔獣と共に寝ることを夢見た貴人が、儚くも夢破れた結果、もう見るのも嫌だからと処分を頼まれた物だ」
雄也さんは淡々と説明する。
「この寝台も、元は貴人と魔獣によって赤く染まっていた」
「分かりやすい事故物件じゃねえか!!」
「そ、それは……」
九十九の反応から、貴人と魔獣によって赤く染まっていたというのは、恐らく血だろう。
しかし、不動産に使われるはずの「事故物件」という言葉は、寝台のような物に対しても使うのだろうか?
「貴人は存命だから事故物件には当たらない。魔獣については流石に討伐せざるを得なかったようだがな」
「そこじゃねえ!!」
「ちゃんと、神官による清めは受けたらしいし、俺も念のために浄化魔法を使っている」
「そこでもねえ!!」
なんだろう?
この兄弟漫才。
雄也さんのどこかズレた言葉に対して、いつものように九十九は律義に突っ込んでいる。
「物に罪はない」
「それはそうなんだけど……」
雄也さんの言葉に、九十九の勢いが落ちる。
「栞ちゃんはどうだい? 嫌なら、普通の寝台を出すよ」
「いや、このままでも大丈夫です」
嫌な気配は感じなかった。
それに、雄也さんが言うように、寝台に罪があるわけでもないのだ。
今は赤く染まっていないから、大丈夫だろう。
なんとなく、夢見は悪そうだけどね。
「これだけ広ければ、一緒でも気にならないだろ?」
入手の経緯は気になるが、どうやら、気遣われた結果らしい。
同室で寝るとなれば、誰が寝台を使うかという話になるだろう。
行き掛かり上、何度か九十九と同じ部屋で過ごすことになったことはあるが、そのたびに寝る場所で揉めている。
彼らのことだ。
二人してわたしに寝台を譲って自分たちは床の上と言うだろうけど、それはわたしの方が嫌だった。
わたしのことで大変なのだから、寝る時ぐらいは柔らかい寝具に包まれて、ゆっくりと身体を休めて欲しい。
雄也さんはそんなわたしの気持ちを汲んでくれたのだと思う。
そして、狭い寝台に無理矢理3人並んで寝るようとするよりも、ここまで広ければ気も遣わなくて良いだろう。
しかし、部屋のほとんどを埋めるほどの寝台を使いたくなるような魔獣ってどれぐらいの大きさだったのだろうか?
ライオンやトラよりも大きそうだから、ゾウ並?
でも、この寝台でそれらの重さに耐えられるだろうか?
見たところ、強度は普通の寝台と変わらない。
それにしても、一緒に寝たいって思うぐらいなのだから、可愛らしいサイズにしておけば良いのに、お貴族さまの趣味って本当に分からない。
こんなに大きな寝台を必要とする魔獣なら、万一、一緒に寝ることができても、寝返りを打って痛恨の一撃! となるような気がするのだけど。
「つまり、ここで寝れば良いってことですね?」
わたしは、目の前の台に乗る。
少しだけ沈んだが、不安になるような変化ではない。
「お前はそれで良いのか?」
「雄也も言ったけど、寝台に罪はないよね?」
寝台の上でごろりと横になって、寝心地を確かめる。
いつものような柔らかさはなかった。
トランポリンというよりも、中学時代、体育で走高跳に使われた分厚いマットのような感覚に似ている。
わたしの重さで沈むし、元の形に戻ろうとするような弾力もあるけれど、強く圧し返される様子はなかった。
これは、低反発ってやつかな?
「そのままでは寝心地が悪いだろう? もう少し調えるから下りてもらえるかな?」
雄也さんがそう言ったので、わたしは寝台から下りて、再び入り口の前に立つ。
「なんで先にしなかった?」
「主人の御眼鏡に適うかは分からなかったからな」
九十九と雄也さんは会話しながらも、マットレスと敷布団、その上にシーツを手早く準備していき、さらに掛布団まで用意する。
見事なベッドメーキングだ。
流石、専属侍女……違った、今は護衛兄弟だ。
「準備できたぞ」
「それでは、どうぞ。我が主人」
そう促されるので、改めて寝台に乗り直す。
「おおう」
驚きのあまり、思わず、変な声が出た。
体重をかけた腕が、そのまま飲み込まれてしまうような不思議な感覚。
寝具は偉大だ。
そのまま、這うように先に進んだ。
「これなら、ぐっすり眠れそうだ」
だけど、その考えは甘かった。
それを思い知らされるのは、ほんの十数分後のことである。
この話で131章が終わります。
次話から第132章「乱気流」です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




