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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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大量放出

「これは……、凄いな……」


 兄貴が手元の書類を見ながら、不意にそう呟いた。


 具体的な言葉がなくても、それが何を意味しているのかは、この場にいれば、誰にだって分かるだろう。


 そしてこれは、離れたから、理解できることだとも思う。


 隣室にいる栞の体内魔気が恐ろしいほどの勢いで放出されているのだ。

 どれだけ魔力を感知する能力が低くても、この世界で生きる人間ならば否が応でも感じてしまう。


 周囲の大気魔気とは別種の強大な風属性の塊が近くにいた。


 本来、人間の「魔気のまもり」は、身体の表面を守るように薄っすらと張り巡らされているものである。


 そして、それは無意識に身体を保護しているものなので、その放出量を意識的に調整することは難しい。


 意識して放出しようとすれば、それはただの身体強化と呼ばれる魔法という形になるだろう。


 体内魔気はその身体に危険が起きると判断した時のみ「魔気のまもり(自動防御)」という形で、物理耐性、魔法耐性が大幅に強化される。


 間違っても、危険を齎す相手を迎撃してその場から排除しようとするするものではない。


 だが、それを意識的に行うことができてしまうのが、オレたちの主人である。

 頭が痛い。


 その栞は今、分かりやすく体内魔気……、身体の魔力を放出している。

 まるで身体強化するかのように。


 それはつまり、栞の身体は今、いつも以上に強化しなければならないと判断しているということだ。


 その放出される量もおかしいが、別のことがオレは気になった。

 この状態では、誰の目にも分かってしまうだろう。


 栞が、誰の血を引いているのか。


 ここまではっきりとしている混じり気のない風属性の魔力なんて、セントポーリア城でもたった一人しかいないのだから。


「なるほど。『気高く美しいモレナ様』が主人をここに連れてきたのは、単純に魂の修復や魔力の回復だけが目的ではなかったということか」


 兄貴は眉間に皺を寄せながら、そう言った。


「その呼び名を採用するのか?」

「当人がそう呼べと言ったからな。それ以外の呼称は逆に失礼だろう」


 確かに「暗闇の聖女」はともかく、「(めし)いた占術師」の方は、当人は認めていないらしい。


 それなら、そっちの方が良いのか。

 そう納得することにした。


 栞のように「モレナさま」など、気楽に呼ぶことなどできるはずがない。


 精霊族だというのに、何故か人間の歴史に、さも人間であるかのように記録されている存在。


「しかし、どうする?」


 明らかに異常事態だ。


 この風属性の大気魔気が濃い場所でも目立って分かるほどの魔力は早急になんとかする必要がある。


 この森に、人間が誰も足を踏み入れないわけではないのだ。

 この場所に辿り着くことはできなくても、森の中で異常が起こっていることぐらいは分かるだろう。


 せめて、この大量放出している状態だけでもなんとかするべきだろう。


「……主人の心境はどうだ?」


 兄貴はそこまで読めないらしい。

 この辺りは乳兄弟であるオレと、嘗血(しょうけつ)しただけの兄貴との違いなのだろうか?


「落ち着かないみたいだな」

「具体的には?」

「困惑したり、焦ったり……、感覚的なものだから説明しにくい」


 オレも離れた栞の体内魔気からそこまで多く感じ取ることはできない。


 分かるのは、強い感情を伴った時ぐらいだ。

 こんな微妙に落ち着いている栞の細かな気配の全てを、本人がいない場で全て掴むことは無理だろう。


 そういった意味では、他者の体内魔気の変化で人の感情がある程度分かる真央さんの方がずっと栞の感情を読み取れるのかもしれない。


「さっきまではマシだったんだけどな。この状態が、魔力の回復中ってやつなのか」


 魂の修復とやらは既に終わっていると聞いている。


 残るは魔力と魔法力だ。

 そして、魔力が回復するまでは、魔法力の回復が始まらないという話だった。


 そりゃ、魔法力は回復しないだろう。

 ここまで大量に放出されてしまっているのだから。


 身体強化でもここまで放出はしないだろう。


 だが、恐ろしいのは、これだけ放出しても、栞の魔法力の方は全く減っていないのだ。

 ずっと魔法を使い続けているような状態だというのに、あの女は、どれだけ規格外なのだろうか?


 いや、規格外なのは昔からか。

 ()()()()()()()()、オレはそれを思い知らされている。


「様子を見てくる」

「頼んだ」


 兄貴の方が気を遣えるだろうが、会って栞の状態をはっきり確認できるのはオレの方だろう。

 だから、オレが行く方が良い。


「ああ、兄貴」


 だが、その前に大事なことを確認しておく必要があった。


「なんだ?」


 再び書類に目を落としながら、兄貴は顔も上げずに答える。


「もし、オレが近付くことで、この状態が治まったらどうする?」

「その時は、()()()()()()


 オレの問いかけに対し、間髪入れずに即答された。

 この話題を口にした時から、兄貴はその可能性を考えていたのだろう。


「ズルいな」

「兄とはそう言うものだ」


 オレの方も見ずに兄貴は淡々と答える。


 ―――― 栞を説得しろってことか


 尤も、説得なんて必要ないと思っている。

 普通ならとんでもないはずの従者からの言葉であっても、さして疑問を持たずに受け入れるだろう。


 その申し出が、最善だと思えば、迷わないのだ。


 もっと迷って欲しいのに。

 そこまで信用されても困るのに。


 オレや兄貴からの提案なら、多少のことは呑み込んでしまう。


 それは、多分、きっと、すごく、危うい。


 だけど、そのことを喜んでしまうオレはもっと危ういのだろう。


 無防備に、無警戒に懐いてくれる可愛いオレの主人。


「顔」

「おっと」


 兄貴は顔も上げていないのに、オレの緩みを指摘する。

 それだけ、体内魔気にまで表れたのかもしれないな。


 気を付けよう。


「腑抜けるな」

「分かっている」


 今の栞は万全ではなくて、ちょっとしたことで壊れそうな脆さすら感じられるから。


「持っていけ」


 そう言って投げて寄越されたのは……。


「通信珠?」


 白く見慣れた珠だった。


「魔力は込めた方が良いか?」

「不要だ」


 もうオレ専用の通信珠は必要ないってことらしい。


 そうだよな。

 昔の魔法が使えない時期ならともかく、今は栞自身が強くなっている。


 何より、魔気の護り(自動防御)が万能すぎる。

 自分の身を護るだけではなく、外敵排除のために放出される量が普通じゃねえ。


 だから、緊急でオレを呼び出す必要もなくなったってことか。


「どうせ、アレは()()()()()()()だろう」

「あ?」


 だが、兄貴は妙なことを言った。


「主人が身に着けていた御守り(アミュレット)や抑制石。それらを含めて何も考えずに外したとは思えん。恐らく、主人の回復に邪魔なのだろう」


 確かに、いくらでも準備できる抑制石や通信珠はともかく、あの御守り(アミュレット)は普通ではない。


 それにクレスノダール王子殿下も、アレは必ず栞の手に戻る物だと言っていた。


「全てが終わったら、返されると思っている。だから、無駄に量産する必要はない」


 まあ、安い物でもないからな。


「返ってこない時はどうする?」


 兄貴が言ったのは、根拠もないただの予測だ。

 勿論、返ってこないことも考えてはいるのだろう。


「どうせ、顔を出すのだ。大聖堂に請求する。『聖女の卵』のことならば、否とは言うまい」

「それは確かに」


 大聖堂が「聖女の卵」に関することで、ケチるとは思わない。


「大神官ならそこに至った事情まで知っているからな。大聖堂が断っても、私費から出してくれることだろう。ある意味、()()()()()()だ」

「神官って、金、持ってるのか?」


 基本的に、神官が金を持つイメージはない。

 世界中を旅することが許される巡礼中は自給自足だと聞いている。


 そして、大神官に至ってもそこまで金にがめついイメージが湧かない。

 いろいろ黒さが見え隠れするようになったが、そう言った部分は聖職者だ。


「金がなければ、巡礼に行けまい。巡礼中は他者と必要以上に関わることはなくても、その前準備は必要だからな」


 なるほど。

 確かに旅には準備がいる。

 収納魔法が使えたなら、自給自足と言われる巡礼はかなり有利になるだろう。


 ……その欠点は、料理ぐらいか。


「じゃあ、行ってくる」


 オレは渡された通信珠を握りしめた。

 これを口実とすれば、この時間に尋ねることも問題にはならないだろう。


 まあ、いつでも渡せるものを、何故、今、渡すのか? という疑問は残るだろうが、栞はそこまで気にしない。


「骨は拾ってやる」

「縁起でもねえな」


 オレは苦笑する。


 いずれ、兄貴に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、心のどこかでそう思いながら。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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