説明できない
「調子はどうだ?」
九十九がそう切り出してくれたから……。
「ん~? なんか変なのは分かるんだけど、どう変なのかが上手く説明できる気がしないんだよね」
その言葉に素直に乗っかった。
通信珠のことは口実で、これを確認しに来てくれたんだと思う。
それだけ、今のわたしの状態が普通ではないと言うことだろう。
「九十九には分かる?」
わたしがそう確認すると……。
「確信は持てなかったが、改めて見ると、体内魔気が必要以上に放出されている」
「ほへ?」
九十九は自分の口元に手を当てながら、でも、はっきりと口にした。
「今はそうでもない。だが、オレたちからお前が離れた後、放出され始めた気がした」
「なんと!?」
何かが漏れている気がしていたのは、体内魔気……、つまりは魔力を放出していたってこと?
「今、お前自身の感覚としてはどうだ?」
そう確認されたので、腕や身体など、自分の視界に入る所を見てみる。
「確かに、さっきまでよりはマシかもしれない」
やはり、違和感は残っている。
でも、一人になった時ほど酷くない。
アレは精神的なものだと思っていたのだけど、実は、魔力的なものだったってことなのか。
「ちょっと手を出せ」
言われて、手を出すと、九十九は一瞬、顔を顰めたが、わたしの手を取った。
「ぬ?」
わたしの手を握っている九十九の手から、微かに魔力を感じる。
これは、治癒魔法だろうか?
わたしの身体に沁み込んで……、そして、漏れない。
九十九の魔力がわたしの中に留まって……って、いつもされている普通の治癒魔法なのに、改めて魔力の流れを追うと、ちょっとだけこっぱずかしさを覚えてしまうのは何故だろうか?
「奪われた」
だが、そんなわたしの緊張を他所に、九十九はそんなことを言った。
「は?」
「オレの魔法力をいつもよりも持っていきやがった」
「ほへ!?」
どういうこと!?
奪われた?
わたしが九十九の魔法力を吸い取ったってこと?
頭の中にMP吸引という言葉がよぎる。
RPGで偶に見かける能力だ。
敵に使われると厄介だった。
「つまり、わたしは九十九の敵!?」
「どうしてそうなった!?」
「いや、MP吸引……って、味方はあまり使わなくない?」
「お前はゲームから頭を離せ」
そうは言われても、わたしの魔法の知識は、大半、ゲームである。
漫画よりも、カラフルで綺麗なエフェクトがかかっていることが多いため、イメージしやすいのだろう。
「単純に、お前の身体が、魔力を欲しているだけだ。周囲の大気魔気だけでは回復しきらないんだろう。だから、オレの治癒魔法から魔力を吸い取った……? だが、そんなことがありえるのか?」
九十九もよく分かっていないようだ。
わたしの手を握ったまま首を捻っている。
自分の魔法力がいつもよりも消費されたと感じたから、そう思ったのかもしれない。
「つまり、ずっと、九十九の治癒魔法から魔力を奪い続ければ良いの?」
「たわけ。そんなことをしたら、多分、オレの魔法力が先に枯渇する」
どちらかというと「阿呆」が多い九十九の口から「たわけ」という単語が飛び出した。
それだけ、阿呆な言動だったってことだろう。
だが、魔法力が多い九十九すら枯渇の可能性があるほど、わたしが吸い取ると思われていることは理解した。
「体内魔気の放出の方を抑えられないとどうにもならんな。オレと兄貴がいるだけで、それが防げるようだが……」
「それって、感応症のおかげってこと?」
「多分な」
そこで、不意に思い出す。
―――― 二人に抱き締めて寝てもらいなさい
―――― 魔法力回復のためなら、嫌とは言わないはずだから
そんな暗闇の聖女さまのありがたくも迷惑なお声を。
いやいやいや、それは良くない。
どんなに自分の状態が悪くても、それは良くない。
「兄貴が言っていたんだが……」
「ぬ?」
「あの気高く美しいモレナ様の言ったことを実践してみるのもありかもな」
「ほげっ!?」
それは、あの……、抱き締めて寝てもらうってやつですよね?
そんな状況になれば、わたしは魔法力以外のものをいろいろと大噴出する自信がありますよ?
そして、九十九も雄也さんも、モレナさまの呼び方はそれで固定でしょうか?
「いや、流石に抱き締めて寝ることはしないぞ? 感応症が働く距離にいれば、効果があるってことだ。部屋を離すと効果が薄くなるようだが、同じ部屋ならそれなりに大丈夫みたいだからな」
慌てた様子もなく、九十九はそう言った。
うん、意識しているのはわたしだけ。
そして、彼も同じ寝台ではなく、同じ部屋までなら焦りもしないらしい。
「同じ部屋っていうのもあまり良くはないだろうが、オレたちはそれを口にする気はないから、見逃せ」
「ぬ?」
「ロットベルク家第二子息に悪いからな」
そう言えば、九十九はアーキスフィーロさまのことを名前で呼ばない。
雄也さんは呼ぶのに。
今更ながらそんなことに気付いた。
いや、もともと九十九は親しくない人の名前は呼ぶことはしないか。
割と付き合いが長くなってきたライトのことも名前で呼ばず、「紅い髪」と言っているほどだ。
水尾先輩のこともすぐに「水尾さん」と呼ばなかった。
そう考えると「栞」と呼ばれる自分はちょっと特別なのだろうか……と、思いかけて、その呼び名は自分の方から頼んだからだったということを思い出す。
あれは蒼月が、いつもよりも青く綺麗に見えた日だった。
「月が綺麗」と九十九が言って、わたしは「月が青い」と返したあの日。
ある意味、夢のような時間だったと今なら分かる。
そして、あの日、わたしが願わなければ、九十九は今もわたしのことを「高田」と呼んだままだったのかもしれない。
いや、わたしのことを今更「栞さん」と呼ぶ九十九は想像すらできないのだけど。
「それで、どうする? お前が嫌なら、オレも兄貴も無理強いはしない」
九十九がわたしに結論を委ねる。
治療か~。
治療なんだよね~。
治療以上の理由はないんだよね~。
それにこの口ぶりから、九十九だけではなく、雄也さんもいるってことなんだと思う。
雄也さんとも感応症が働くし、モレナさまは「一人」だけではなく、「二人」と言ったのだ。
魔法力の回復は休息中、それも寝ている時が一番早い。
二人と同じ部屋で寝たことは前にもあるし、九十九なんか「寝具」と言わせてしまうほどだ。
「いや、こちらの方からお願いして良いかな? あまり良くないことだって分かってはいるんだけど、今の状態って、結構、きついんだよね」
「…………分かった」
了承の言葉を口にするまでに間があった。
その間、九十九自身も葛藤があったのだと思う。
でも、今のわたしの状態は普通ではない。
「治療行為だからな」
念を押す辺り、苦渋の決断なのだろう。
いつもはわたしに「慎みを持て」、「オレの性別を知っているか?」と尋ねるほど真面目な青年なのだ。
でも、これはモレナさまの助言という後押しがあったこともある。
わたしを抱き締めて眠るよりはマシだと判断したようだ。
「うん。二人には迷惑をかけるね」
いろいろやりたいこともあっただろうに、わたしに付き合わせてしまっている。
そのことは本当に申し訳ない。
「いや、何も考えず、お前は治療に専念しろ。そのための助力は惜しまないつもりだ」
それは……、抱き締めて寝る……も、考慮されるということだろうか?
いやいやいや、それは最終手段だ。
同室で休んでも思ったほどの効果が見込めなかった時に取っておこう。
彼らだって好きでそんな方法を選んでいるわけではない。
他人の気配があるところで寝るなんて、落ち着かないしね。
「分かった。頑張って、早く治す」
「いや、頑張るな? 寧ろ、お前は余計なことを何一つとして考えるな?」
だが、頑張るなと言われてしまった。
そして、同時に、わたしは頭を使わない方が良いと言われている気がする。
酷い護衛だ。
でも、わたしもそう思う。
今のわたしは考えてはいけないのだ。
―――― 「考えるな、感じろ」って言うだろ?
そんな声が蘇る。
そうだね。
今回は正しい使い方だと思う。
わたしはそう考えた後、笑ってしまったのだった。
近年のゲームではMP吸引は味方でも使うことが増えましたね。
便利です。
でも、昔のゲームでは、そこまでなかったのです。
こんな所までお読みいただき、ありがとうございました。




