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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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満たされない

 何かが欠けている。

 それは感覚として理解できるのだが、その何かが分からない。


 見えるようで見えない何か。

 漠然としたイメージなら、ガラスの水差しだ。


 可視できないほど細かだけどそれなりに深い疵が入っていて、見た目には分からないのに、水を入れるとそこからポタポタと漏れ出してしまう。


 だから、いくら注いでも満たされない。

 今のわたしの身体はその傷を修復中なのだろう。


 体力はある。

 身体の魔力……、体内魔気も循環しているのは分かる。


 だけど、それを扱う魔法力は回復しない。

 いつもの半分、いや、四割あれば良い方だろう。


 こんな状態でも、魔法そのものは使えると思う。

 だけど、問題はその後だ。


 自分が魔法を使ったその後で、水差しの疵が埋まるか、広がるかが分からないのだ。


「ふむ……、困った」


 口にしてみて、初めて、自分が困っていることに気付いた。

 この世界で生きるのに、必ずしも、魔法は必要ではないのに。


 魔法があれば確かに便利だけど、使えなくても、生活できるし、生きていくことだってできる。

 それなのに、わたしは下手に魔法が使えない今の状況に困っているのだ。


 それだけ、自分の思考がこの世界に染まっているということなのだろう。


 頼りになる護衛たちに相談することも考えた。

 だが、今は通信珠がないから、二人と話をすることもできない。


 先ほど会っていた時に、普通の通信珠だけでもなんとかしてもらうべきだったか。


 この部屋は窓がないから外の様子は分からないけれど、先ほど食べた食事は夕食だと聞いている。


 そうなると、今の時間は夜らしい。

 流石に、夜とはっきり分かっているのに、彼らの部屋に訪問するのは躊躇われた。


 少し前ならともかく、婚約者候補がいる今のわたしにその行動は駄目だということは分かる。


 だけど、一人で考えているから、思考が良くない方向へ向かうのだ。

 不安だけが広がっていく。


 水差しの中の透明だった水が、得体の知れないどろりとしたモノに変わってしまいそうでそれが酷く恐ろしい。


 これは自業自得。

 後先考えない行動の結果に過ぎないのだ。


 あの時のわたしの選択は、神さまの意思に逆らう人間として愚かな行為であり、この程度の代償で済んだことを幸運に思うべきなのだろう。


 でも、後悔はなかった。


 時間稼ぎである。

 ただの先延ばしでしかない行為だ。


 でも、全てを諦めたような人に半端な希望を持たせるのは悪いことかもしれないけれど、わたし自身が救われた気がした。


 だから、後悔はない。

 それでも、自分に向けられる黒い瞳から目を逸らしたくなる程度の罪悪感は存在しているようだ。


 自分の手の平を結び、また開く。

 手を打つ。


 この辺りの感覚はある。

 視覚、聴覚以外の感覚がなくなっていた時よりはマシになっているようだ。


 夕食も美味しかったしね。


 だけど、魔法が使えない状況でここまで不安になるなんて思いもしなかった。

 魔力を封印していた時代には当たり前の感覚。


 だけど、この三年余りで、わたしはすっかり身も心も魔界人と呼ばれる人種になっていたらしい。


 でも、この呼称って誰が考えたんだろうね?

 よくよく考えると、「人間界」って言葉もそうだ。


 九十九たちが始めから自然に使っていたから深く考えたこともなかったけれど、まるで、漫画やゲームに出てくるような単語である。


 まあ、今は全くもってどうでもいい話だけど。


 そんなことをぼんやりと考えていた時だった。


 コンコンコン


 この部屋の扉を叩く音が耳に届く。


『栞、起きてるか?』


 そんな声と共に。


 彼が、わたしが起きていることに気付かないはずがない。

 気付いたから、ここに来たのだろう。


 本当に過保護な護衛だ。

 わたし以上にわたしの状態を理解した上で、わたしを心配して夜、部屋を訪ねてくるなんて。


 少し前ならともかく、今のわたしは婚約者候補がいる身なのだ。

 護衛と言っても、こんな風に一つ屋根の下で共に過ごすこと自体、許されるものではないだろう。


 だから、彼らは前よりもわたしに線を引いて接している。


 それでも、こんな時は手を離さない。

 どこまでも、甘くて優しいわたし(ワタシ)護衛(幼馴染)たち。


「起きてるよ」


 そして、差し出された手をわたしから離すことなんてできるはずがない。


 これは浮気とかじゃなく、単純に甘えだ。

 わたしの心の弱さなのだ。


 そんな風に自分に言い訳を与えてしまっているから、余計に(たち)が悪いものとなっている。


 尤も、部屋の外にいるのが雄也さんだったとしても、同じような反応を返してしまうのだろう。

 それを思えば、やはり単純にわたしが弱いだけなのだろうか?


『開けて良いか?』


 それでも、確認がある辺り、やはりどこかで距離を感じてしまう。

 今までが近すぎたということだろう。


「どうぞ」


 これに慣れなければいけない。


 大丈夫。

 ローダンセに戻れば、ちゃんと距離をとることができる。


 だから、今だけ。

 弱っている今だから甘えたい。


「……どうぞ、じゃねえ」


 だが、わたしを気遣うような声を掛けていた九十九は、ドアを開けるなり、その表情と声色を不機嫌なものへと変えていく。


 あれ?

 よく分からないけど、これは怒られる流れ?


「布団に収まっていたなら、ちゃんと断れ。安易に受け入れるな」


 不機嫌な声と顔の理由はそれらしい。


「上半身は起こしているのに、布団に収まっていることになるの?」

「せめて、応えるなら布団から出とけ! お前が残念な女だと知らない男なら、閨の誘いと受け取る!!」

「そうなのか。気を付ける」


 九十九はわたしがまだ本調子ではないことを知っている。


 それに、わたしが残念な女であることも。

 だから、平気だと思うのだけど、彼はそう思わないらしい。


 だけど、そこでそうやって教えてくれるから、わたしは九十九のことを信じてしまうんだろうね。


「ところで、入らないの?」


 扉を開けたまま、入り口で立っている九十九にそう促す。


「寝台から降りられないほど、身体はきついか?」

「いや、大丈夫だよ」


 身体が辛いわけではない。

 違和感があるだけだから。


「なら、寝台からまず降りろ。話はそれからだ」


 どうやら、わたしが寝台にいる状態というのは良くないらしい。


「よっこらしょっと」

「…………」


 あれ?

 なんか、九十九が頭を押さえて下を向いた。


 彼も体調が悪いのかな?

 そういえば、雄也さんも交えた話し合いの時に、顔色が悪かったね。


 それなら、とっとと用件を終わらせてもらおう。


「何用?」


 わたしがそう声をかけると、九十九が顔を上げる。


「これ……」


 そう彼から手渡されたのは、白い珠だった。


「これは……、()()()?」

「……おお」


 手渡されたのは通信珠だった。

 薄い橙色に光っていないので、これは普通のものだろう。


「ノーマルだね?」

「もうオレ専用は必要ないだろ?」


 そう問いかけられて、わたしは言葉を飲み込む。

 まだ必要だと叫びたかった。


 だけど、特定の男性と繋がっているなんて誤解の元になることなんて分かり切っている。


 わたしが身に着けているだけで、肌身離さず持っていただけで、そこに九十九の魔力があることを見抜く人が何人もいるのだ。


 そうなれば、三代目くんを失くしてしまった以上、新たに要求するのは間違っているのだろう。


「うん。新しいのを準備してくれて、ありがとう」


 わたしはちゃんと普通の顔をしているだろうか?

 変な顔をしていない?


 笑え。

 笑うしかない。


 体内魔気で分かってしまうだろうけど、それでも、表面上だけでも平気な顔をしなければならない。


「礼なら兄貴に言ってくれ。毎回、準備しているのは兄貴だ」

「うん、分かった。でも、九十九が手渡してくれているんだから、九十九にも言っても良いでしょう?」


 いつも、わたしを気遣ってくれていることに変わりはないのだ。

 それならば、九十九にだって御礼を言いたい。


「好きにしろ」


 そして、わたしの言葉を頭から否定しない。

 本当にわたしの護衛は、主人に甘い(優しい)よね。


 雄也さんに九十九への想いを口にした後、自分の中でも、はっきりと形になった。

 それまでは、曖昧で、朧気で、自分でも自信が持てなかったのに。


 九十九のことが好きだって、今なら、迷わない。

 こればかりは、九十九本人にだって否定させない。


 でも、言わない。


 護衛である彼に、主人の恋心なんて、邪魔なだけだし、言ったところでどうしようもないことはわたしにも理解できるようになったから。


 またきつい言葉で激しく拒絶されるのも分かっているから。

 だから、気付かれないように隠すのだ。


 笑うのだ。

 いつものように振舞うのだ。


 そうしたら、いつかはきっと大事な思い出になる。


 そう信じるしかないよね?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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