相応の処罰
「ああ、話に夢中になりすぎて、一番、大事なことを聞きそびれるところだった」
三人そろって昼食を済ませた後、雄也さんがふと何かを思い出したらしい。
「栞ちゃんは、俺たちに対する罰を何か考えたかい?」
「バツ?」
はて?
なんの話でしょうか?
「忘れていたなら、思い出させて申し訳ないとは思うけど……」
雄也さんがちょっと困りながらも……。
「従者の身で、主人の赤裸々な姿を拝んでしまったのだ。本来なら、この首を捧げるべきなんだろうけど、それでは今後、栞ちゃんを守る者がいなくなってしまうんだよね」
「はい!?」
そんなとんでもないことを口にし始めたので思わず叫んでしまった。
「それ以外に相応しい罰となれば、原始的ながら目玉をくり抜くという方法になるけど、それでは今後キミを守るのに支障が出る。だから、それ以外をお願いしたいかな」
「ひいっ!?」
さらに続いた言葉にもいろいろ驚くしかない。
裸を見た対価として、二人の首や目玉というのはあまりにも重すぎるだろう。
そこまで貴いものでも、価値があるものでもないのに。
「でも、アレはどちらも事故ですよ?」
あまりにも重い対価に思わず、自分で彼らの擁護をしてしまう。
いや、本当にあれは事故なのだ。
九十九は第一発見者なだけだし、雄也さんの場合も、姿が視えないのをいいことに、わたしが全裸で湖に飛び込んだからである。
寧ろ、彼らは被害者!!
「ギリシャ神話では、沐浴中の女神の姿を見た事故で、姿を変えさせられ殺されたり、視力を奪われた男たちもいただろう?」
狩人のアクタイオーンは月の女神アルテミスの水浴びを目撃して鹿に姿を変えられ、自分が連れていた猟犬に食い殺されるし、後に盲目の預言者となるテイレシアスは知恵と戦いの女神アテナの水浴びを目撃して視力を奪われた説がある。
……盲目の預言者って、モレナさまみたいだね。
いや、モレナさまは生まれつきらしいけど。
そして、ギリシャ神話の女神さまたちは結構、酷いよね!?
「わたしは女神ではありませんから!!」
そんな方々と一緒にしないで欲しいです。
「ここにいる間、不足なく快適に過ごせるだけで十分です!!」
「それは当然のことだろう? 罰になるかよ」
兄の後ろから、弟の声。
ああ、そうだね。
わざわざ願わなくても、あなたたちはそうしてくれるね。
「弟だけならまだしも、兄弟揃って……、だからね。一肌脱いだところで到底釣り合いが取れない」
ああ、そう言えば、そんな話もありましたね。
美形兄弟の全裸モデルとか、正直、心を揺らされたけど、それは辞退したんだった。
そして、その話が出た時は、まだ九十九しか透け透け状態のわたしの姿を視ることができなかったのだ。
だけど、その後、雄也さんにも全裸を目撃されてしまった。
どうやら、わたしが思うほど軽くない事態になってしまったらしい。
「今後のためにも、相応の処罰を与えて欲しいと思う」
「今後のため?」
「処罰がないと、お互いに蟠りが残ったままになってしまうだろう?」
そう言えば、恭哉兄ちゃんもそんなことを言っていた覚えがある。
罰を与えないことによって、互いに凝りが残ることもあるって。
一つの区切り、けじめとするために必要な罰もあるらしい。
でも……、罰?
少なくとも雄也さんの案は却下だ。
目玉をくり抜く方が、わたしの方がきつい。
心の負担が大きすぎる。
そして、事故だからといって、お咎めなしも駄目らしい。
なかなかに難しい話だ。
「全裸モデルは、流石に困るし……」
ポツリと口にする。
「そんな大したモノじゃないからね」
「オレを見ながら言うな」
独り言はしっかり聞かれていたらしい。
いや、十分、彼らは上半身だけでも拝みたくなるものなんだけど、一応、婚約者候補がいる身で、それを自分から望むのはアホだろう。
そうなると……。
「ここにいる間、毎日、二人の日常を隈なく観察させていただくのはいかがでしょうか?」
思い切ってそう言ってみた。
「観察……?」
わたしの提案に雄也さんが訝し気な顔をする。
「雄也は意味なくじっと見られるのが苦手でしょう? そして、九十九はわたしの絵のモデルになるのが苦手です。どちらも苦手なことを、行うのは罰になりませんか?」
「絵のモデルのために見られるのは、十分、意味があることだと思うよ」
そうですよね。
そう言うと思っていました。
「それが四六時中続くのは、ストレスになりませんか?」
雄也さんは自分の行動を見張られる行為を苦手としている。
常に陰で下準備をしたい人なのだ。
意味なく観察されることが苦手なのも、自分の容姿が目立つことも、暗躍の邪魔になるからだろう。
この人はいつも入念な準備をしている。
それの邪魔をしようというのだから、酷い主人だよね。
「なるほど……」
雄也さんは考え込んだ。
自分が提案しておいてなんだけど、ずっと見られているのは本当にストレスになるっぽいね。
「だが、まだ全く足りないかな」
駄目ではなく、足りないなら一考の余地があったということだろう。
「日がな一日観察されるというのは、俺はともかく、九十九にとってはご褒美になりかねない」
「え?」
ご褒美?
「待てこら。そこだけ聞くとオレが変態みてえじゃねえか」
「目の届くところに栞ちゃんがいると、お前は安心するからな」
……相変わらずの、保護者視点!!
そして、それはご褒美とは言わない!!
「もう少し、この男を辱める方向の案はないかい?」
「待て!? 趣旨が変わっている!!」
「辱める……」
それは同時に同じことをする雄也さんを辱めることにもなる気がするけど、それは良いのだろうか?
提案するってことは、良いんだろうね。
でも、美形兄弟への辱めかあ……。
この場合は、恥ずかしい思いをさせるってことだと思う。
発想の転換!
わたしなら、何をしたら恥ずかしいか?
全裸に勝るものなんてそうないと思う。
だが、それではわたしの方まで恥ずかしい思いをしてしまう。
「それなら、日替わりコスプレなんていかがでしょうか? 自分の趣味ではない服を着せられるのは結構、恥ずかしいことですし、それを誰かにじろじろと見られるなんて、思わず穴掘って隠れたくなりませんか?」
わたしは、それをストレリチア城でお世話になっている時に経験済みだ。
毎日のように着せ替えをさせられた。
ワカの趣味は、可愛らしすぎる。
しかも、それを付き添っている九十九に見られるわけですよ。
あれは結構、恥ずかしかった。
いや、あれはワカが九十九を揶揄う意味もあったから、余計にそう思うのだろう。
まあ、そのおかげで、「聖女の卵」の「神子装束」とか、貴族令嬢っぽいドレスもある程度、開き直れるようになったわけである。
あれらも日本人の庶民感覚では立派にコスプレだろう。
「何より、事故なのに、重い処罰を考えないといけないなんて、わたしの方が罰を受けている気分です」
わたしがそう言うと、雄也さんは肩を竦める。
「期間は短いし、処罰としては正直、かなり温い気はするけど、あまり、きつめの罰を望んでも栞ちゃんが困るってことだね?」
「はい、困ります。大体、迎えに来てくれた護衛たちに対して、重い罰を与える主人なんて、どんな暴君ですか?」
さらにそう答えると、雄也さんは苦笑した。
「こんなに可愛らしい暴君がいたら、膝を折る男たちも多いだろうね」
「それは、わたしの護衛たちが仕事するからですね」
彼らなら物理的に膝を折りかねない。
そんな気がした。
だが、このやり取りは、雄也さんにとって悪くなかったらしい。
「分かった。明日から、暫く、俺と九十九は暫く、主人のために装いを変えよう。衣装の希望はあるかい?」
そう問われたので……。
「学ラン、ブレザー、和服、白衣、ビジネススーツ、ああ、えんび服も捨てがたい!!」
思いつくままに、つらつらと例を挙げてみる。
「待て待て!! 躊躇いがなさすぎるぞ!?」
「絵を描くなら、やっぱり、学ランかな~」
「聞けよ!!」
今日もわたしの護衛はツッコミが優秀です。
「ああ、なるほど。この場合、栞ちゃんの絵の資料として……ということになるのか」
「はい!!」
雄也さんはそこに気付いてくれたらしい。
彼らにとっては罰で、わたしにとってはご褒美!
こんなに良いこと尽くめってないよね?
「嬉しそうだな」
「そりゃ、極上のモデルだよ? それも、二人も! あ~、明日から楽しみだ~」
思わず、両手で拳を握ってしまう。
「でも、九十九はほとんど意見を言っていないけど、良いの?」
「罰に口を出すこと自体がおかしいだろ?」
それもそうか。
「兄貴も納得する範囲だったから、問題ねえ」
一応、雄也さんからも、九十九からも罰として認められたことになるらしい。
しかし、わたしの希望はそんなにも苦痛を伴うものなのか。
彼らから罰と認識されるぐらいに?
でも、まあ、とりあえず、数日だけ。
わたしにとって、天国を楽しませていただきましょうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




