限定はしていない
「ああ、栞ちゃんが気にしていた王族への対応については、今まで通りで良いよ」
雄也さんがそんなことを言った。
「でも、アーキスフィーロさまに迷惑がかかることはありませんか?」
「栞ちゃんに王子たちが接近する理由は、そのアーキスフィーロ様にもある。少しぐらいはご自分で対応願おう。全てを栞ちゃんが背負う必要はない」
それは、アーキスフィーロさまに迷惑がかかることもあるってことですね?
「ローダンセ国王陛下より強制的排除の許可もある。そして、王子たちはアーキスフィーロ様に対してはともかく、現時点で栞ちゃんに命令を強制することはできない」
「わたしが庶民でも?」
庶民は王族に従うべきではないの?
「うん、庶民でも」
雄也さんはわたしの問いかけに対して、そう答える。
「栞ちゃんの背後にはトルクだけでなく、カルセオラリア王家がいる。そして、その身はセントポーリアに属している。セントポーリアならともかく、ローダンセに強制権はないよ」
それは、セントポーリアの王族からならば、強制的な命令に従う必要があるってことだろうか?
「でも、手配書が出ていて、それを理由にローダンセの王子たちから脅迫される可能性はありますよね?」
セントポーリアの王子殿下に引き渡されたくなければ、従えという展開はありそうな気がする。
「ローダンセ国王陛下に抗議だね。あの方は先ほど言ったように、栞ちゃんがセントポーリアに帰る展開は望んでいない。いや、避けようとするだろう。それでも、ダルエスラーム王子殿下に密告しようとする愚かな者がいてもそこまで恐れることではないかな」
「でも……」
そんな人がいないとは言い切れないだろう。
そこが心配だった。
ローダンセの人たちはことごとく、わたしの予想と違う動きをするから。
「ダルエスラーム王子殿下がその報告を受けて、ローダンセ城に乗り込んでくれるなら、叩き伏せることが可能だよ」
雄也さんが薄く笑いながら、そんなことを言った。
「それは、どういうことですか?」
セントポーリアの王子殿下からずっと逃げているのは、その命令に従わなければならないのではないの?
「ローダンセ国王陛下から許可が出ているから。各国の王城において、裁く権利があるのはその頂点だ。他国が問題行動を起こしてもね」
「許可?」
「あ~、言われてみればそうなるのか」
雄也さんの言葉を受けて、九十九が何かを思いついたような顔をした。
そして、どこからか紙を取り出す。
「確かに、『王族』とはあるけど、ローダンセ王族に限定していないな」
「へ? ちょっと、それ、見せて?」
多分、例の許可証だと思うけれど……。
―――― ローダンセ王城内に限り、主人を守るためならば、王族に弓引くことを許す
「これは!?」
九十九の言う通り、どこにも、ローダンセの王族とは書いていない。
「ローダンセ国王陛下も、まさか、他国から王族が来ることなんて、想定はしていないだろうからね。ましてや、栞ちゃんに害を与えるような王族がローダンセ王城内に来るなんて……ねえ?」
さらに笑みを深める雄也さん。
あ、これ。
雄也さんはその可能性を考えて、そんな文面にしてもらったのかもしれない。
本当に、この人は敵に回したくないね。
「そんな理由から、ローダンセ王城内に限れば、栞ちゃんは全力で反撃しても、罪には問われない。専属侍女である俺たちも含めてね」
「あの許可証で、他国の王族への攻撃は盲点だったな」
九十九は眉間に皺を寄せている。
「極端な話、情報国家の国王陛下にも許されることになる。まあ、あのエロ親父のことだから、わざわざローダンセ王城に来ることはないと思うが」
雄也さんも情報国家の国王陛下に関してはエロ親父呼びなのですね。
でも、雄也さんは、血縁って知っているのに、それで良いのでしょうか?
「多分、ローダンセ国王陛下は王子たちに、栞ちゃんとアーキスフィーロ様に余計な手出しをしないように指示はしたと思うよ。二人の邪魔をせず国内に留まってもらった方がローダンセにとっては利益が大きいからね」
「その割に、王子たちから熱烈なお手紙を今も頂くのですが?」
雄也さんの話を全て信じるのなら、ローダンセ国王陛下は最初のでびゅたんとぼ~る時点でわたしの父親に気付いたことになる。
セントポーリアの動き、特にアーキスフィーロさまがそのお家騒動に巻き込まれることを警戒したのなら、わたしたちへの余計な手出し、口出しの禁止は直後にするべきだろう。
だけど、でびゅたんとぼ~るの数日後に謁見は行われ、その後、わたしたちは契約の間で仕事をすることになった。
更に、それから数日後に、わたしを「花の宴」で見初めたらしい第二王子殿下が積極的に関わってくるようになっている。
ローダンセ国王陛下が指示を出しているなら、そんなことはしないと思うけどどうなんだろう?
「普通はね。下手に刺激するとセントポーリア国王陛下の逆鱗に触れる可能性があり、城下で名前が売れ出した『濃藍』とそれに近しい能力を持つ侍女を引き連れているような女性には関わりたくないものなんだよ」
「あ~。関わるだけで面倒そうですからね」
セントポーリア国王陛下がわざわざ手紙で牽制する程度に気に掛けている娘で、王子を簡単に殴り倒してしまうような侍女を連れている女には確かに関わりたくないと思うのは普通だろう。
触るな、危険ってやつだ。
ましてや、その行動でアーキスフィーロさまが再び、登城しなくなるようになれば、ローダンセ国王陛下がわたしと取引した意味もなくなってしまう気がする。
それは、いろいろ差し引いても割に合わないだろう。
「そんな状況で、身内を含めた王侯貴族の暴走を止める指示を出していなければ、一国の王としての資質を疑うかな」
「その指示に従わない王侯貴族たちが、問題ってことですね」
迷惑な話だと思う。
だけど、それだけ、ローダンセの国王陛下の求心力がないってことなのかもしれない。
「特にローダンセ国王陛下は自分の息子、娘たちに対して、アーキスフィーロ様との謁見直後に、必要以上関わるなと直接伝えているようだからね」
「あ~、それで、第一王子殿下だけ、でびゅたんとぼ~る直後の一回だけの手紙だったってことですね」
第一王子殿下は国王陛下の指示を命令と捉え、それに従った。
そこにどんな意識があったかは分からない。
だが、ローダンセ国王陛下の声が届いたのは、第一王子殿下だけだったのだ。
「つまり、他は国王の命令すら従えないアホばかりってことだな」
「九十九、オブラートって知ってる?」
いくら何でも、はっきり言い過ぎだろう。
いや、ここにはわたしたちしかいないから別に問題はないのだけど。
「澱粉などで作った薄い膜だな。人間界で飲み薬を飲む時に包んで使うものだ。だが、この世界でソレを作って実行しようとすると、変質してしまう。だから、包まない方が良いんだ」
薬師志望の青年は、その材質まで知っていたようだけど、包まない方が良いというのはどちらの意味だろう?
薬?
それとも、毒のある言葉?
「まあ、いずれにしても、ローダンセ国王陛下に従う王侯貴族が少ないという証ではあるね。一国の王が、わざわざ書面で各家に通知した布告だ。それに全く従う意思を見せないというのは、他の国なら反逆の意思を疑われてもおかしくはない」
書面での布告なんて、思ったよりも本格的な指示だった。
そして、その指示に王侯貴族たちがほとんど従っていないから、わたしは大量のお手紙をこれから読むことになるというのも理解した。
これから読むお手紙に変な先入観は植え付けたくなかったのだけど、王さまの言うことを聞かない困ったさんばかりだってことだ。
そう思うだけで憂鬱な気分になる。
尤も、彼らはそれを知った上で、先に読んでくれているのだけど。
こうして、わたしはローダンセへの苦手意識がまた一つ増えてしまったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




