ずっと無縁だった
「アーキスフィーロさまにも迷惑がかかっちゃうかもしれないってことだね?」
セントポーリアの王位継承問題が立ち上がってしまうと、わたしの婚約者候補となったアーキスフィーロさまは巻き込まれることになるだろう。
今回のことで、わたしが婚約者候補から外される可能性も濃厚になっている。
ローダンセ国王陛下にわたしの父親がバレてしまうなんて思っていなかったから、その辺りは、全く考えていなかった。
考えが甘かったってことなのだろうけど、そんな理由で婚約者候補から外れることになってしまうのは、ちょっと嫌だった。
「そういった意味でも、ローダンセ国王陛下は動けないんだよ」
「あ?」
「へ?」
雄也さんの言葉に九十九とわたしが同時に反応する。
「その内実はともかく、今の栞ちゃんは、カルセオラリアの王族が仲立ちしているアーキスフィーロ様の配偶者候補だ。栞ちゃんがセントポーリアに戻ることになってしまえば、アーキスフィーロ様が共に向かう可能性も考えるだろう」
「アーキスフィーロさまが共に向かう可能性?」
「配偶者候補だからね。しかも、他国が仲立ちしている。まさか、そこにセントポーリア国王陛下の意思が絡んでいないとは普通、思わないだろう。そして、アーキスフィーロ様は、セントポーリアの王族入りの条件からは外れているものの、血筋自体は悪いものではない」
それは、アーキスフィーロさまがカルセオラリアの王族の血も引いているからか。
カルセオラリア国王陛下から見れば、アーキスフィーロさまは妹の……、孫になる。
それをなんと呼ぶかは分からないけれど、確か、四親等になるはずだ。
それならば、立派にカルセオラリア王族だろう。
「ローダンセ国王陛下にとって、今、大事なのは魔力が強い女性よりも、契約の間に入るだけで、大気魔気の調整ができてしまう貴族子息の方だ。そんな重要人物が、ローダンセから出る可能性はなんとしても、潰しておきたいだろうね」
「おおう? そうなると、わたしは潰されちゃいますか?」
アーキスフィーロさまが本当にローダンセから出るかどうかはともかく、可能性を潰したいなら、その要因となりそうなわたしを真っ先に狙うだろう。
「お前を潰せるはずがないだろう。そんなことを企もうものなら、セントポーリア国王陛下から先に潰される」
だが、九十九はそんな物騒なことを口にする。
ローダンセ国王陛下を潰す?
あのセントポーリア国王陛下が?
そんなことができるのだろうか?
「懐に間諜がいる確率が高いからね。それを頭に置いているローダンセ国王陛下に関しては、下手な行動をとる心配はないと思うよ。まあ、万一、動けば、こちらが行動する理由もできるから、それでも構わないけれどね」
「ああ、そうか。オレたちが動けるようになるのか。セントポーリア国王陛下の命令だもんな。ローダンセ国王陛下よりも重視しなければならない」
……ああ、そうか。
セントポーリア国王陛下が命令するだけで、嬉々として動く労働者がこんな所にいた。
そして、セントポーリア国王陛下自らが動くよりも、想像がしやすいのは何故だろうか?
相手は中心国の国王だというのに、何故か、彼らが負ける気がしないのだ。
それは、多分……。
「魔法封じの矢や魔封石のもっと効率的な使い方を考えておかないとな」
「毒物は耐性を付けているだろうから、それより効果がやや落ちる劇物や薬物の方が良いか。即効性のあるモノには慣れていても、遅効性や複合効果は盲点だろう。あるいは、良薬の過剰摂取を狙うか」
目の前で、本当に殺っちゃいそうなことを口にしている兄弟がいるからだろう。
「冗談ですよ……ね?」
念のために確認しておこう。
「今のところはね」
「命令されてないからな」
そんな洒落にならないことを口にする兄弟。
なんで、そんな時だけ、滅茶苦茶仲良しさんなんですかね!?
とりあえず、わたしにできそうなことは、セントポーリア国王陛下に早まるなと伝えておくことだろう。
「今回の場合、ローダンセ国王陛下は保身、アーキスフィーロ様の確保、身近な人間の洗い出し、セントポーリアとの関係、栞ちゃんの有用性の確認、情報国家への警戒、そして、それ以外の事情……が、かなり複雑に混ざり合っているから、すぐには動けないんだよ」
確かに話を聞いただけでも、理由が一つや二つではないことは理解した。
「尤も、油断は禁物だ。常に警戒の必要はあるけどね」
更に雄也さんはそう言った。
大丈夫だと思っても、世の中に絶対はない。
「ローダンセ国王陛下はアーキスフィーロ様のことを有益だと思っている。だから、優先するのは間違いなく彼だ。だが、他の人間はそう思っていない。そこが問題だな」
認識の相違。
それがローダンセの厄介なところである。
わたしたちの知識と全く違う独自の意識を持っているのだ。
つくづく、情報の摺り合わせが大事だということがよく分かる。
これまで、いくつかの国を回り巡ったけれど、そういった壁にぶつかることはほとんどなかった。
勿論、文化の違いはあるし、異なる価値観を持っている人に出会ったことはあるけれど、ここまで考え方が違う人間ばかりの国は多分、初めてだろう。
いや、もしかしたら、護衛たちがそういった人間たちを遠ざけてくれていた可能性もあるのだけど。
「国の考えって難しいですね」
「これまで、栞ちゃんが関わって来なかった部分だからね」
雄也さんが困ったように笑う。
「ストレリチア城にいた時も、『聖女の卵』として、神官や大聖堂に関わることはあっても、政には携わっていない。栞ちゃんは王族の友人が多いから忘れがちだけど、ずっと政治そのものとは無縁だったんだよ」
「おおう」
言われてみればそうだ。
それ以外では、セントポーリアで事務仕事をする機会は何度もあったが、それは、政治そのものではなかった。
ある程度、道筋が立てられたものを渡されて、その範囲内で考えるだけ。
わたしが、ゼロから何かを作り出したことなんて……、一言魔法ぐらいだ。
それも、厳密に言えばゼロではない。
人間界で、誰かが考えたことが元になっていることがほとんどだ。
改めて、自分には大したものがないと思ってしまう。
「それの何が悪い?」
だが、もう一人の護衛はそう言った。
「庶民や身分を持たない人間が、政治に無縁なんて当然だろう? そんな教育も受けてねえんだ。それなのにいきなり関われ、理解しろっていうのが無理なんだよ」
「別に悪いとは言ってない。単に事実の確認だ。そして、今後どうするのか? どうしたいのか? 大事なのはそこだろう?」
九十九の言葉に雄也さんはそう返した。
どちらも、事実しか言っていない。
わたしを責めているわけではないのだ。
「大体、今後も関わる必要なんかねえんだ。知っていれば凄いと思うが、全く知らなくても恥じゃない。この世界では政治について考えるのは国王の仕事で、貴族だけでなく王族すらその手足だ。無理に学ぶ理由もねえ」
その言葉はとても甘美で、甘えたくなる。
そう、知らなくても恥ではないのだ。
人間界でもそうだった。
政治のことなんてよく分からなくても、世の中は回っていたし、そんな世界でわたしも生きていた。
この世界でも生きているだけなら、難しいことを考える必要はないのだ。
実際、王族たちすら、この世界で必要な知識がなくても平気な顔して我が儘を通している。
「だけど、そんな風に言われてしまうと、逆にやらなきゃ! っていう気分になるのは何故だろうね?」
わたしがそう言うと……。
「お前が『高田栞』だからだろ?」
九十九が満足そうに笑った。
「答えになってないな~。わたしだからって何?」
だから、わたしも笑った。
始めから九十九には分かっていたのだ。
わたしが、苦手なお貴族さまたちの責務から逃げようとはしないって。
考えないのは楽だ。
誰かの指示に従うだけでも良いのだ。
でも、それが良いか? と、問われたら、駄目駄目だよねと答えるだろう。
ローダンセの現状に憤りを覚えているのだから。
難しいこと、面倒なことに関わらず、安全なところから好き勝手に批判だけするのは卑怯だろう。
「苦手だけど頑張りますので、今後もご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
そう言いながら、わたしは二人に頭を下げるのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




