頂点の遣り取り
わたしがでびゅたんとぼ~るにてローダンセ国王陛下にぶん投げられた次の日。
そのローダンセ国王陛下から、セントポーリア国王陛下宛に極秘の手紙が届いたらしい。
そして、それを受け取ったセントポーリア国王陛下からの返書が……。
「『大いなる文明を支えてきた玉を受け継ぐ、かの館には、我が秘蔵の白き歌姫も世話になっている。赫々たる光を浴びて燦然とする珠であるため、清き水の流れに触れることはないと思うが、よろしく頼む』。そんな内容だったな」
そう雄也さんは笑いながら、自分が代筆した内容を口にする。
「九十九、通訳!」
「早えよ! もっと考えろ」
「せめて、『赫赫』って何か教えて? しかじかって続くの?」
「違えよ!!」
今日もわたしの護衛のツッコミは的確で鋭いです。
「『大いなる文明を支えてきた玉を受け継ぐ』はカルセオラリアの王族の血のことだね。『かの館』は当然ながら、ロットベルク家。『我が秘蔵の白き歌姫』については説明不要ってことで良いかな?」
「はい」
どうやら、雄也さんが解説してくれるらしい。
九十九は一瞬、顔を上げたけど、溜息を吐いただけで無言のままだった。
「『赫赫たる』は、照り輝くという意味と、名声や人望があって無駄に目立つという意味もある」
「無駄は余計じゃねえか?」
「良いんだよ」
ツッコミ体質の九十九は最後まで黙っていることはできなかった。
だが、九十九が言わなければ、わたしはそう覚えていただろう。
「『赫々たる光を浴びて』は、情報国家の国王の威光を指す。つまり、隠された宝物ではあるけれど、情報国家の国王陛下が見出し、目を掛けているってことになる」
「うわあ……」
さり気なく、情報国家の国王陛下も巻き込んでいる。
だが、無許可だとは思えないから、名前を出しても良いと当人から言われていたのだろう。
そして、九十九のツッコミと合わせると、さり気なく雄也さんはその情報国家の国王陛下に対して毒を吐いていたことも理解した。
「『清き水の流れ』は、ローダンセの王統、王族たちだね。本当は清いわけではないけど、相手を持ち上げる必要はあるから」
更なる毒が込められる。
雄也さんはここに来て、ローダンセへの不満もぶちまけたいらしい。
「これは、その『白き歌姫』をローダンセの王族に関わらせるなって意味だよ」
「滅茶苦茶関わってくるんですけど!?」
つまり、わざわざ牽制してくれたセントポーリア国王陛下からのお手紙が何の意味もないことはよく理解できた。
「ローダンセ国王陛下はゾッとしただろうな」
「まあ、セントポーリア国王陛下だけではなく、イースターカクタス国王陛下まで出てくるとは思わないよね?」
確かに近付きたいとは思えない。
それでも、ローダンセ国王陛下は近付いた。
アーキスフィーロさまを登城させ、更に、仮面舞踏会ではアンゴラウサギ仮面さまになってまで、わたしと接触している。
「違う」
だが、九十九はそう言った。
「その時点で、『白き歌姫』の異名がセントポーリア国王陛下に伝わっているってところだよ」
「ほへ?」
それのどこがゾッとすることなんだろう?
「セントポーリア国王陛下に手紙を宛てたのは、『花の宴』の次の日だ。伝書で来ているから、最優先で処理されていることだろう。つまり、ほとんど間を置かずして、セントポーリア国王陛下はその女に『白き歌姫』の異名が付くことを読んでいたってことになる」
「読んでいた?」
「『白き歌姫』の名が王侯貴族間で囁かれるようになったのは『花の宴』からだが、すぐに広まったわけじゃない。次の日の時点で、それを口にする人間なんて、『花の宴』参加者でも多くなかったはずだ」
なるほど……。
それは、次の日の時点でわたしに「白き歌姫」という名が付くことを予想している人もそこまで多くないってことか。
噂はすぐに広まるわけではない。
わたしもすぐその名を聞いたわけではなかった。
でびゅたんとぼ~るの時にローダンセ国王陛下がわたしに掛けた言葉は「白き花」だったから、ちょっと違う。
初めて聞いたのは確か……、登城何回目かの時に第二王子殿下の従者から聞いたような?
その時点で、結構、時間が経過している。
「でも、セントポーリア国王陛下に報告したのは雄也さんですよね?」
それならば、噂になりそうなことも読んでいてもおかしくはない気がした。
「阿呆」
「あ、阿呆?」
九十九から酷いことを言われた。
「お前は兄貴を知っている。カルセオラリアの王城貴族であり、セントポーリア国王陛下に仕えていて、さらにお前の世話までしていることも。だが、ローダンセ国王陛下はそれを知らないんだぞ?」
「はうあ!?」
確かにそうだ。
そして、そこまで説明されて、ローダンセ国王陛下がゾッとしたという意味を理解できた。
「花の宴」に参加した、あるいは、あの場にいた人間となれば、一部を除いて、ほとんどはローダンセの王侯貴族関係者とローダンセ王城に勤務する人間だ。
だが、ゲストで来たカルセオラリアの王族と王城貴族が、セントポーリア国王陛下と即日報告できるほどの繋がりがあるなんて、普通は思わない。
そうなると、真っ先に疑われるのはわたしだろうけど、わたし自身が「白き歌姫」の異名をすぐに知ることはなかった。
まず、ロットベルク家からほとんど出ないから噂も聞かないのだ。
そうなると、疑わしきは王侯貴族と城内の人間ということになる。
ローダンセ国王陛下はさぞ、疑心暗鬼となったことだろう。
そして、そんな状況で、アーキスフィーロさまは謁見したのか。
それは、ローダンセ国王陛下もやや攻撃的になる気がする。
アーキスフィーロさまのことも疑っていただろうから。
だけど、それにしたって……。
「王族、怖い……」
そう言うしかなかった。
「その頂点の遣り取りだからな」
九十九は肩を竦める。
「でも、そんなにいろいろ伝えちゃって大丈夫なの?」
少なくとも、ローダンセ国王陛下は確信しただろう。
わたしの父親がセントポーリア国王陛下だということを。
そして、イースターカクタス国王陛下とも関係があることを匂わせている。
尤も、イースターカクタス国王陛下との関係なんて、その時点では手紙の遣り取りぐらいのものだった。
求婚の手紙を読んだのは、つい、さっきだ。
その時点ではセントポーリア国王陛下もイースターカクタス国王陛下がそんなことを考えていたなんて思いもしなかったことだろう。
「大丈夫だよ。清き水が少しばかり勢いを増したぐらいでは、大いなる風の動きは止められないから」
雄也さんはそう言った。
えっと……、ローダンセ国王陛下が少しばかり動いた所で、セントポーリア国王陛下は動じないってこと……かな?
どうやら、お勉強の時間らしい。
「寧ろ、喜ぶんじゃねえか?」
そう言ったのは九十九だった。
「公表していないのは、千歳さんの意思であって、セントポーリア国王陛下のお気持ちではない。他国で、セントポーリア国王陛下の御子が王子以外にもいたと公表されるようなことになったら、千歳さんも認めざるをえなくなるだろ?」
「そんなに簡単にはいかないと思うぞ? 千歳様だからね」
九十九の考えを雄也さんが笑顔で否定する。
それは、何かの欲目という気もしなくもないが、わたしもそんなに簡単にはいかない気がした。
あの母が、それを受け入れるかは別だからね。
「でも、そうなれば、ダルエスラーム王子殿下が動けなくなるだろうな」
だが、雄也さんは更に別視点の意見を出す。
「自分が手配書を出してまで追っていた女性が、実は、異母妹だったと公表されるに等しいのだ。そうなると、誰もが予想していた求婚ではなく、実はセントポーリア国王陛下の王位継承争いだったということも知られてしまうことになる」
「あ~、そうなると、あのクソ王子を王位に付けたくない層が動き出すな」
セントポーリア国王陛下の血を引く以上、認知されていないわたしにも王位継承権はあるらしい。
そして、それは25歳まではぶん投げられないそうな。
「動き出すって?」
嫌な予感がするけど、確認してみる。
「お前を女王に担ぎ上げようとするだろうな」
「パス!!」
反射的にそんな言葉を吐いていた。
そんな高く重い場所に担がれても嬉しくなんかない。
「パスできたら苦労はしてねえよ。基本は長子継承ではあっても、セントポーリア国王陛下自身も、表向きは次子なのに継承している。その上、魔力がクソ王子より強く、神剣ドラオウスも抜ける本物の血統。そうなると、もう逃げる必要もなくなるぞ」
「逃げられなくなるの間違いだよね!?」
九十九の言うことは分かるけど、そんな座を望んでいない。
何より……。
「そして、そうなれば、アーキスフィーロさまにも迷惑がかかっちゃうかもしれないってことだね?」
わたしは、それが気になってしまったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




