静観の構え
「そうなると、わたしは、でびゅたんとぼ~るで国王陛下と踊らない方が良かったと言うことでしょうか?」
でびゅたんとぼ~るで円舞曲を踊るために接触することによって、ローダンセ国王陛下に、わたしとセントポーリア国王陛下との関係に気付かれてしまったなら、そういうことだろう。
そのでびゅたんとぼ~るは、アーキスフィーロさまが登城するようになった間接的な原因でもあるし、仮面舞踏会に参加することになったのも、あの時、わたしがローダンセ国王陛下と最後まで踊ることができたからだった。
でもそうなると、ソレがなければ、ライトを助けられなかったってことにもなる。
それを考えれば、やはり、悪くはなかったと思い込むしかない。
「いや、ローダンセ国王陛下が栞ちゃんに興味を持った時点で、指名されることは避けられなかったとは思うよ」
だから、雄也さんのその言葉に救われた気分になる。
あれはどうすることもできなかったのだと。
でびゅたんとぼ~るでは、最初に先導者であるアーキスフィーロさまと踊り、その後に王族の一人とそれぞれ踊ることは聞いていた。
だから、わたしも王子たちの中の誰かが選ばれると思っていたのに、いきなり国王陛下のお相手を務めることになったのだ。
あの状況で断る言葉なんて思いつくはずもない。
「まあ、あっちも驚いたと思うよ。アーキスフィーロ様の魔力の強さに耐えられる女性の魔力がどんなものかを確認しようとした結果、セントポーリア国王陛下の魔力にそっくりなご令嬢だったんだからね。周囲に動揺を悟られまいと必死だっただろうね」
雄也さんがそう言いながら、ククッと笑った。
だが、あの時のローダンセ国王陛下にそんな様子はなかった。
いや、違う。
だから、放り投げられたのかもしれない。
普通の貴族令嬢には耐えられないようなあの激しすぎる円舞曲は、わたしを試していたということだろうか?
わたしにはよく分からない。
「いずれにしても、ローダンセ国王陛下は静観の構えのようだ。そこがありがたいな」
雄也さんはそう結論付ける。
「なんでローダンセ国王陛下は静観しているって分かるんだ?」
九十九の疑問はそのままわたしの疑問でもあった。
あのタヌキ国王陛下が静観しているように見えて、実は何か企んでいると思わないのだろうか?
「俺が心配していたのが、栞ちゃんの父親を知った時に、ローダンセ国王陛下が強引な手法を使って、ロットベルク家の縁談を壊し、自分の息子のいずれかに嫁がせようとすることだった。セントポーリア国王陛下の娘なら、血筋に間違いないからね」
「でも、わたし、セントポーリア国王陛下から認知されていませんよ?」
正しくは母が認知させていないだけだけど。
「セントポーリア国王陛下が認める、認めないは関係ないんだよ。栞ちゃんの魔力がセントポーリア国王陛下によく似ている上、強いのは確かだからね」
「だが、ローダンセ国王陛下は気付いていながら、それをしなかった。だから、静観? 考えが安直過ぎないか?」
九十九は納得いかずに首を捻っている。
「お前の考え程でないよ」
そして、雄也さんは弟に毒を吐かずにはいられないらしい。
いや、今回、先に言ったのは九十九の方だったか。
「この場合、ローダンセ国王陛下の考えなどどうでもいいんだ。ローダンセの王位継承問題に、栞ちゃんが巻き込まれない。その事実だけで十分なんだよ」
「いや、しっかり、ローダンセの王子たちから巻き込まれているよな?」
雄也さんの言葉に九十九はしっかり反論する。
「阿呆。ローダンセの王子たちの争いは、王位継承問題には全く絡んではいない。単純に、あの王子たちは栞ちゃんを手に入れたいだけで、そこに戦略なんてものは存在しないのだ」
「あ、そうか」
雄也さんの言葉に、九十九はあっさり納得した。
「わたしを手に入れたいってところにツッコミを入れたい」
「その辺りは、そろそろ諦めろ。あの王子たちはそれぞれの目的のためにお前を手に入れたがっているのは事実なんだからな」
九十九はそう言うが、嬉しくはない。
それぞれの目的は未だにはっきりと分からないままだけど、どうも、自分自身がモテているという気がしないからだろう。
あの王子殿下たちは、わたしを見ていない。
どの王子たちも、わたしではない別のモノを見ている気がするのだ。
でも、その本当の目的がはっきりと分からないから、余計にモヤモヤするのだろう。
「ローダンセ国王陛下が後継者を決めかねているのは事実のようだね。決まっていれば、その王子に栞ちゃんを薦めるだけで、確定するだろう」
「ローダンセの王位はポイント制なのでは?」
「ローダンセ国王陛下自ら選んだ王子妃の斡旋以上の高ポイントがあると思うかい?」
雄也さんからそう問われると、それ以上のポイントはないのだと理解できる。
そして、ポイントってそんな感じで得られるのかと理解する。
誰が、どんな形でその王子の助けをするかって話なのか。
「立派に景品……」
改めて、自分の置かれている立場を噛み締めるしかない。
「だから、それをしていないということは、ローダンセ国王陛下はこの件に関して暫くは動かないだろうね。まあ、最も効果的に暴露するタイミングを計っている可能性もあるが、多分、その心配はない」
雄也さんはそう断言する。
「その考えに根拠はあるのか?」
「お前は俺が妄言を吐くような男だと思っているのか?」
九十九の問いかけに雄也さんは薄く笑いながら答える。
「理由としては単純な話だ。ローダンセ国王陛下は小心ではあるが、愚かではない。喧嘩を売る相手ぐらいはちゃんと選ぶよ」
「「小心……」」
わたしと九十九の声が重なった。
あのタヌキな国王陛下にそんな印象はなかった。
尊大で、王族らしい人だと思っていたが、雄也さんの評価は違うらしい。
「小心だよ。だから、栞ちゃんを取り込んだ後に見込まれる利益よりも、セントポーリア国王陛下から睨まれる不利益を恐れた。真っ向からぶつかるのは危険と判断したのは、世界会合の影響もあったかもしれないけどね」
「何故、そう思う?」
「あの『花の宴』の次の日にはセントポーリア国王陛下に伝書を出したからだな。いつもは使いの者に手紙を持たせるか、急ぎのようなら通信珠を使っているのだが、周囲の耳目を気にしたのだろう。互いの背後で誰が聞き耳を立てているか分からないからな」
それは、周囲を気にしなければいけない話をしようとしたということに他ならない。
それもわたしのでびゅたんとぼ~るの次の日に。
「伝書、か……」
九十九がそう呟く。
「まあ、探りだな。ローダンセ貴族の邸内にカルセオラリアの王族が長期滞在しているが、それについて何か知っているか? というような内容だった」
わたしのことを話題にするのではなく、あえて、トルクスタン王子の話をしたらしい。
だが、そんなことはわざわざ伝書でしなくても良いはずだ。
どちらの国にも直接関係ない王族の話なのだから。
「兄貴が、ローダンセ国王陛下からセントポーリア国王陛下に宛てられた伝書の内容を知っていることに今更、驚きはねえな」
九十九がめんどくさそうにそう言った。
確かに、わたしはそこに驚くべきだったのだ。
「伝書」は特殊な封書と便箋を使って書かれた、必ず宛先に届く手紙である。
それなのに、雄也さんがその内容を知っていたということは、セントポーリア国王陛下から伝えられていたということだろう。
「それに、兄貴のことだから、その返書の内容も知っているんだろ?」
「畏れ多くも俺が代書したからな」
「そっちの方が驚くわ」
確かに。
いや、雄也さんの文字は綺麗だけど、他国の王から届いた手紙への返書に代筆というのはありなのだろうか?
「そこまで言ったなら、その内容も教えてもらえるんだろうな?」
九十九は呆れたように問いかける。
「ごく普通の返答だったよ」
雄也さんはそう笑いながら……。
「『かの館には、我が秘蔵の白き歌姫も世話になっている。赫々たる光を浴びて燦然とする珠であるため、清き水の流れに触れることはないと思うが、よろしく頼む』。そんな内容だったな」
その要約と思われる言葉を口にしたのだった。
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