自分に理解しがたい思考
「アーキスフィーロさまの不利益。王子たちから敵対心を抱かれたら、その国で生きるのはきついよね?」
「お前のように逃走すれば何も問題ねえんだけどな」
「わたしは、セントポーリアに思い入れがなかったから。でも、アーキスフィーロさまはそうじゃないでしょう?」
誰もが簡単に国を捨てられるわけではない。
そして、アーキスフィーロさまは、あんな国でも、あんな家でも育ててもらったことに関しては恩を感じていると言っていた。
話を聞く限り、本当の意味で育てられたかは疑問であるが、本人がそう思っているのだから、変に口を挟まない方が良いのだろう。
長年、培われた固定観念というのは、本当に根強いものだ。
だから、良かれと思って手出し口出しをすれば、逆に信用を失う気がした。
「敵は王子たちだけじゃねえよ。ローダンセ国内の王侯貴族とその子女も敵に回すと思っていろ」
「それって、王子たちからの誘いを断るから?」
「それもあるが、単純に妬みだ。二回の舞踏会でどちらも話題を掻っ攫うような女を独り占めすることは許せない。そんなアホがあの国には多いんだ」
自分に理解しがたい思考を持つ人は多い。
あの国にはそんな人が多いのだろう。
「でも、さっき、子女って言わなかったっけ? 子息の聞き間違い?」
妬みを買うのは理解したが、話題の女性を独り占めするのが許せないなら、それは殿方だけだろう。
わたしにそこまで魅力があるとも思えないが、まあ、舞踏会効果? 一種の錯覚のようなものだと思っている。
「女だってお前に興味を持つ。考えてみろ。これまでずっと引き籠っていたロットベルク家第二子息をあっさり登城させたんだ。その上、無表情、無愛想、無愛嬌だった男の表情や行動を変えたんだ。普通は話したくなると思うぞ」
「どういうこと?」
「お前、自分に女からも手紙が来ている意味を考えたことはあるか?」
そう言われて考える。
確かに貴族令嬢からもお手紙はいただいているのだ。
内容としては「話したい」とか、「会いたい」とか書かれているものがほとんどである。
それ以外では、是非、自分が所属する同行の士の集いに一度来てほしいとかそんな感じだった。
「勧誘?」
「それもあるが、単純にお前に興味があるってことだろうよ」
興味……。
まあ、わたしが貴族令嬢の型に嵌っていないからだろう。
いきなり、でびゅたんとぼ~るの後の「花の宴」で第二王女殿下に絡まれた上、そこで、合唱曲を熱唱するとか、普通の心臓ではありえない。
慎ましやかな貴族夫人や貴族令嬢たちの目には、新鮮に映っただろう。
つまり、動物園にいるような、ちょっと変わった面白い生き物を見たいのだと思う。
「でも、それがアーキスフィーロさまの不利益に繋がるってどういうこと?」
「さっき言っただろ? 独り占めは許さないって。貴族たちの中では、お前が誘いに応じないのは、ロットベルク家が止めているせいだと思っている。つまり、貴族間でロットベルク家と第二子息の評判がさらに下がっているわけだな」
「知らなかった」
わたしはアーキスフィーロさまの婚約者候補になったけれど、身分的には庶民である。
だから、貴族たちからお誘いがあること自体がおかしい話ではあるのだ。
そのため、身分不相応を理由にお誘いを断っていた。
例外をあげるなら、マリアンヌ=ニタース=フェロニステさまだ。
彼女からのお誘いは、アーキスフィーロさまの話を聞けると思ったのと、人間界時代にも交流があったからお会いしたが、それ以外の貴族と縁を持ちたいとは思わなかった。
アーキスフィーロさまが願うならば、婚約者候補として貴族たちとも交流する必要はあるけれど、どちらかといえば、関わりたくないと思うような人である。
だから、わたしが断りの手紙を出すことについても、許可があっさり下りていたと思っている。
でも……。
「アーキスフィーロさまは別にわたしを独り占めしているわけではないんだけど……」
まさか、自分のそんな行動がアーキスフィーロさまを貶める要因の一つとして捉えられるなんて思わないだろう。
「貴族だからな。自分の考えが正しい。従わないのは相手が悪い。そう思い込むヤツが多いんだよ。それ以外では、お前を使ってロットベルク家や子息たちの評判を落としたいヤツらが暗躍している可能性もあるな」
「お貴族さま、めんどい」
これまで、わたしの周りにいなかったタイプすぎる。
「でも、ロットベルク家の評判って、まだ落ちるところがあるの?」
これ以上落ちるものはなかったんじゃなかったっけ?
「当主と長子である第一子息のやらかしは、『やっぱりな』、『そうなると思っていた』と受け止められるけど、ロットベルク家自体と第二子息の方は、まだ落とせる余地はあるみたいだな」
ああ、ロットベルク家とアーキスフィーロさま自身については、「信じられない」、「え~、そんなに酷かったの?」となるのか。
特にアーキスフィーロさまはあまり表舞台に出ない人だった。
だから、噂などの伝聞が多すぎて、その全貌が伝わっていないのか。
そして、その始めから流れている噂の方も、貶めると同時に持ち上げている部分もある。
異性にモテモテ、国王から再三の登城要請はアーキスフィーロさまにとっては良い評判と言えるだろう。
本人、嫌がりそうだけど。
だから、噂が噂を呼んで、さらに謎な部分が深まるのかもしれない。
「尤も、王侯貴族を敵に回す不利益と言っても、当人がその痛痒を感じている様子が全くないから、大した問題ではないと思うけどな」
九十九はそう言うが、本人が本当に気にしていないという保証はどこにもないのだ。
それに、登城するのだから、今後、それらが表に出てくる可能性もある。
「お前の視点には肝心な部分が抜けている」
「あ?」
それまで黙ってわたしたちの会話を聞いていた雄也さんがそう言った。
「貴族たちがアーキスフィーロ様に対して負の感情を持つのは、それだけではない。単純に邪魔だからだ」
邪魔?
確かに美形で、魔獣退治もできて、事務仕事もできる人だけど、邪魔って?
「栞ちゃんが、アーキスフィーロ様の婚約者でいると、自分の所には絶対、堕ちて来ないだろう?」
「ほへ?」
落ちて来ない?
どういうこと?
「あ、あ~、そうか。ソッチもあるのか」
ごめんなさい。
雄也さんの言葉も、九十九の言葉も意味が分からない。
ソッチってどっち?
「国王陛下が側室や寵姫、王子殿下たちが側妻や愛妾にするなら、飽きた時、他の貴族たちに下げ渡される可能性がある。だが、現時点で貴族の子息の配偶者となってしまえば、手に入れることができなくなる。そういう話だよ」
「はい?」
えっと?
そういう話?
いや、説明されて意味は分かるのだけど、その対象となっているのが自分なのは何故?
自分で言うのもアレですが、女性としての魅力はないと分かっている。
王子たちからそういった手紙は貰っていても、それは物珍しさからくるものだと思う。
だけど、さらに他の貴族たちからそういった目で見られる?
王族が気に入ったから、価値があると思われた?
「ロットベルク家第二子息から付き添われても平気な顔している時点で、お前は魔力が強くなくても、魔法耐性が高いと思われている。普通は、魔力が強い上に暴走しやすい人間の側になんかいたくないからな」
「あ~」
わたしは抑制石を山ほど身に纏っているから、遠目には魔力が強い人間とは思われない。
だが、魔力が弱くても、周囲からの感応症や、他者による魔法の影響で、魔法耐性が高くなることはあるのだ。
「それだけじゃなく、一度目の舞踏会で『白き歌姫』。二度目の仮面舞踏会で『紅き花』と通り名がついてしまうほど注目を浴びるような女性だ。魔力以外の部分でも魅力が伝わってしまったのだと思う」
「こ、こんなにも、ちんちくりんなのに!?」
「いや、自分で言うなよ。それに、『ちんちくりん』なんて単語を久しぶりに聞いた気がするぞ?」
九十九は今日もツッコミが忙しいようです。
「小柄であることは、別に女性の魅力を損ねるものではないよ」
「背の低い女が好きってヤツもいるし、ウォルダンテ大陸の女は、背が低い方がモテるってどこかで聞いた覚えがある」
雄也さんと九十九が揃って、そんなことを口にした。
そして、九十九が言ったのは、わたしも聞いている。
黒髪、小柄、そして胸が大きい方がモテるとか。
だが、その条件の中で、胸は足りてないのだから、やはり、モテるはずがないじゃないか。
「貴族たちがどこまで栞ちゃん本人の魅力を知っているかはともかくとして、興味本位でも、王族に気に入られていることは確かだ。そうなると、王族が手にした後でも良いから欲する人間はいる」
国王陛下や王子たちが手に入れた後でも良いから、欲しいって話?
いや、そんな話は昔からあることは知っているけど……、単純に……。
「気持ち悪いですね」
そう思ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




