「かてい」の話
「栞ちゃんならば、登城中に国王陛下の名前で別室まで呼び出されたら、無視はしないだろう?」
そんな雄也さんからの問いかけに……。
「登城中なら専属侍女を連れて行くと思います」
自分がその時とるであろう行動を、わたしはそう予測した。
「だけど、専属侍女たちが行動できるのは、ローダンセ王城の地下や人目に付かないところという条件だったね?」
「あ……」
そう言えば、そうだった。
護衛である彼らはカルセオラリアの王城貴族である身分を持っているが、専属侍女としては庶民なのだ。
だから、王城のどこでも連れて行くことができない。
「そうなると、アーキスフィーロさまを伴うべきですね」
仕事を中断させてしまうことになるが、そこはやむを得ないだろう。
少なくとも一人でそこに向かうような無謀はしない。
「ただね? その呼び出しが栞ちゃん限定となると、アーキスフィーロ様も躊躇すると思うよ」
「それはそうですが……」
アーキスフィーロさまは真面目な方だ。
差出人が国王陛下で、その内容がわたし一人を別の場所へ呼び出すものだったなら、確かに悩まれるだろう。
そうなると、一人で向かう?
いや!
「それでも、わたしは専属侍女に相談すると思います。一人では決めません」
その上で、なんとか良い方法を考えるしかない。
「それならば、アーキスフィーロ様だけが別室に呼び出された時はどうする?」
あ~、アーキスフィーロさまが呼び出され、わたしが残されるパターンか。
それならば、アーキスフィーロさまは迷いながらも従うしかないだろうから……。
「第二王子殿下を確実に檻に入れたいと思います」
わたしがそう断言すると……。
「くっ!!」
雄也さんが口元を押さえて下を向き……
「間違ってないけど、なんか期待していた回答と違うな」
九十九は呆れたようにそう言った。
「え? でも、確実にあの方は契約の間にいると思うんだよ」
あの第二王子殿下は話が通じない。
つまり、断っても絶対、あの場所に現れると思ったのだ。
「それに、アーキスフィーロさまが呼び出されても、専属侍女は必ず、どちらかはいるはずですから、そこまで心配はしませんね」
改めて、雄也さんにそう言った。
「ああ、うん。想像以上に的確な答えだったよ」
その雄也さんは口元に手をやったまま、わたしから視線を逸らしている。
「それなら、これはどうだ? ロットベルク家第二子息が魔獣退治に夜、出掛けた後、魔獣に襲われ、栞の名を呼んでいると知らせが入った」
今度は九十九がそんなことを聞いてきた。
「寝てるかも?」
アーキスフィーロさまが夜、魔獣退治に出かけても、わたしはそのほとんどを起きていられない。
それが分かっているので、アーキスフィーロさまも待っていなくて良いと言ってくれている。
「あ~、でも、多分、非常時と判断されたら、ロットベルク家の使用人たちが起こしに来ると思うぞ?」
「でも、わたしの部屋って、その使用人たちが入れないよね?」
先ほどそんな説明があった。
非常事態でも、あの人たちは地下まで下りてくるだろうか?
いや、逆に考えれば、地下まで下りてきたら、専属侍女たちが非常事態だと判断するかもしれない。
「使用人たちがこれまで避けていた地下まで下りてくれば、オレか、兄貴が応対した上で起こすことになるはずだ」
九十九もそう考えたらしい。
「そうなると、専属侍女のどちらかにセヴェロさんを探しに行ってもらうと思うかな。アーキスフィーロさまを傷つけるような手強い魔獣が相手なら、他の人がその場所まで案内できるとは思えないんだよね」
そんな状況で専属侍女に探しに行ってもらうとすれば、九十九の方だろう。
負傷した人間がいるのだから、治癒魔法を使える人間を派遣した方が良い。
そして、セヴェロさんならば、そんな状況でも、契約上の主人でもあるアーキスフィーロさまの場所を掴んでいると思う。
「それなら、これはどうだ? 婚約者候補の男が、お前の目を盗んで、城下で女と会う約束をしたようだ。数日後にその場所まで案内するから、内密に連絡が欲しいという手紙が届いた」
ぬ?
今度は別の場面らしい。
アーキスフィーロさまが、女性と会う約束……ねえ……。
「当人に確認するかな。近いうちにお出かけする予定はありますか? って」
女性に会うことは言えなくても、お出かけの予定なら聞き出せるだろう。
実際、アーキスフィーロさまはお出かけする時は、必ず言ってくれる。
ほとんどが夜間外出であるため、アーキスフィーロさまの帰宅を待たずに寝てしまうわたしであるが、それでもちゃんと行先をざっくりだけど教えてくれるのだ。
「出かける予定はないって言っても、それが嘘である可能性もあるぞ?」
「アーキスフィーロさまの答えが嘘だったとしても、別に交遊関係に口出す気はないからな~。やっぱり、そんな誘いには乗れないと断りのお手紙を出すことになるだろうね」
ついでに、そのお断りの手紙には「アーキスフィーロさまを信じているから」などと書くと、効果的かもしれない。
健気で純真な婚約者候補という印象がつくだろう。
まあ、同時に騙されやすいお馬鹿な女という評価もつくかな?
……この辺りも相談しよう。
「それなら、いきなり女が乗り込んできて、子ができた。責任をとれ! だがその前にまずは、婚約者候補であるお前と交渉したいと誘い出されたら?」
ぬ?
なかなか激しい女性のパターン?
しかし、乗り込まれたなら、その場で専属侍女に相談ができない。
つまり、自分で考えて結論を出さないといけないのか。
「それがアーキスフィーロさまの前かどうかで言葉は変わると思うけど、まずは当事者同士で話し合いをしてもらうかな。それで、どんな結論が出てもアーキスフィーロさまの指示に従うから、必ずあの方自身の口からその結果を伝えてもらうようにする」
第三者が絡むと碌なことにならない。
伝言ゲームのように内容が少しだけズレていくだけなら良いけれど、事実を捻じ曲げられるのは困るのだ。
でも、アーキスフィーロさまの意思ならそれに従うつもりではいる。
「それなら、アーキスフィーロ様が外出中に、出先で魔力の暴走を起こした。他の人間は役に立たないから、急いで、栞ちゃんだけ来てほしいとロットベルク家の人間が飛び込んで来たら、どう動くかな?」
今度は、雄也さんから問いかけられた。
それも楽しそうに。
もしかしなくても、試されているらしい。
留守中に、ロットベルク家の人間……ねえ。
「専属侍女を伴って出ます。その情報が正しかったとしても、わたしの専属侍女ならそう簡単に負けませんから」
思わず拳を握って主張する。
わたしはまだ、アーキスフィーロさまの魔力の暴走をまともに見ていない。
だけど、彼らが駄目なら、誰が行っても止められないだろう。
「意外と冷静に判断するんだな」
意外ってどういう意味かな? 九十九くん?
「仮定の話だからだと思うよ。実際、そんな状態になったら、どう動くか分からないよ。心と身体って、別物だからね」
特に、わたしは反射的に動いてしまうところがある。
例題として出された文章に対して、答えるのは国語と同じだ。
作者の意図を読んで、正しい答えを導き出す。
だが、現実は国語ではない。
だから、自分の身体と感情が、いざという時にどういう答えを出すのか、その時になってみなければ分からないのだ。
「そうだね。それなら……」
雄也さんが少し考えて……。
「大量の魔獣が『集団熱狂暴走』のため、ローダンセ王都へ向かっていると情報があったと仮定しようか。そんな時は、魔獣退治経験がある貴族たちに召集がかかるだろう。そうなれば、アーキスフィーロ様も当然、出陣することになる。それを想像してほしい」
何故か、そんな場面をわたしにイメージさせたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




