過剰なくらいがちょうどいい
わたしが、自分の私室として与えられた部屋の結界について考えていると……。
「お前はそろそろ自分がVIPであることを自覚しろ」
九十九が何故か、そんなことを言った。
ビップ。
V・I・Pって何の略だっけ?
なんか重要人物的な意味だった気がする。
「ビップって、セレブリティ~かつラグジュアリ~でリッチな存在?」
「いや、言いたいことはそこはかとなく分からなくもないが、それはどんな存在だよ?」
わたしの言葉に九十九が疲れた顔をする。
「えっと、移動するのに長くて黒い車を使ったり、黒い服着た体格の良いSPが四六時中一緒にいるような?」
ああ、わたしの想像力の貧困なことよ!
でも、漫画とかはそんな感じだったよね?
人間界でも庶民だったわたしにそんな想像ができるはずもない。
「リムジンみたいな職業運転手付き高級車はないけれど、要人警護官みたいな護衛ならば、ずっと栞ちゃんの側にいるよ。体格は並で申し訳ないけどね」
「へ?」
雄也さんに言われて首を傾げかけ……、ガードマンという単語でようやく気付く。
「そうでした!!」
目の前にいる二人がまさにそれだった。
ガードマン、ガーディアン、即ち、護衛!!
この世界に来る前から、わたしの側にいて守ってくれている存在。
それが自然過ぎて……、SPという単語に結び付かなかったのだ。
そして、体格が並?
そんなことはないでしょう?
雄也さんも九十九も、かなり引き締まった良い体格であることを存じておりますとも。
「いや、お前は王族で、『聖女の卵』だぞ? 護衛としては少ないぐらいだ」
そう言われても、これ以上、護衛……、他人が周囲に多くなるのも困る。
「いやいや、わたしは、頼りになる護衛二人だけで十分だよ。それ以上は要らない」
交代要員が少なすぎるのはちょっと申し訳ないけれど、他の人がそう信じられるわけでもない。
わたしの事情を知る人間は少ない方が良いのだ。
そして、そういった意味では、彼らほどの適役は存在しない。
彼らは15年以上昔から、わたしの側にいてくれた。
これまでの事情も、経緯も、状況も、全て把握してくれていると言うことだ。
何より、九十九と雄也さんは裏切らない。
万一、二人が裏切ったとしたら、それはわたしが悪いのだと思う。
だが、二人から、同時に目を逸らされた。
あれ? 駄目だった?
やっぱり交代要員大事?
わたしがショックを受けていると……。
「光栄なことだ」
「オレたちを信じすぎだ」
それぞれ別の方向を見ながら、二人がそう呟いた気がする。
……良かった。
その言葉から、わたしが悪かったわけではないようだ。
「大神官猊下から頂いた神具を基盤に、セントポーリア国王陛下より賜った要撃……、失礼、守護石を幾つか設置しているかな。それ以外では、カルセオラリア国王陛下からも幾つか魔道具をいただいているから、それも使わせてもらったかな」
雄也さんが過剰な守りの説明をしてくれる。
そして、そこでさり気なく追加されているカルセオラリア国王陛下。
トルクスタン王子と別個に支援をしてくださっているらしい。
ああ、うん。
法力遣い最高峰の人間が準備した神具と、中心国の国王陛下が二人も関わっているとか、一体、どういうことなんでしょうね?
まさにV・I・P扱い!
そして、雄也さんが言いかけた「ようげ」ってなんでございましょう?
ぱっと出てくるのは、自立語で活用がある「用言」か、旧暦10月を表す「陽月」ぐらいしか出てこない。
「守護石」と言い替えたのだから、わたしを守るための魔石だとは思うけれど、わざわざ伏せた辺り、物騒な意味を含んでいる気がした。
「九十九が言うように、栞ちゃんは本来、王城や大聖堂の奥深くで厳重に護られるべき立場にある。そんな存在を外に出すのだから、双方から守りを頂くのは当然だよ。カルセオラリア国王陛下からいただいた物は、トルクの世話代として個人的にもらった物だったけどね」
王族の血を引いているわたしが、王城の奥深くに閉じ込める判断は、国として正しいのだろう。
実際、人間界に行く前のわたしはそんな扱いだった。
脱走はしていたみたいだけど。
そして、「聖女の卵」として、出歩く時は、大聖堂の通路のみである。
それだけ聞くと、深窓のお姫さまってやつっぽい。
そんな生活は、わたしには無理だろう。
自由にさせてくれているセントポーリア国王陛下と恭哉兄ちゃんには感謝しかない。
「守りが薄いとどうなるかは、あの『音を聞く島』で思い知ったからな。ローダンセのお前の部屋やこのコンテナハウスの守りも、過剰なくらいがちょうどいい」
確かに九十九の言う通りである。
あの「音を聞く島」でも、警戒はしていたし、守りのための対策もとっていたにも関わらず、駄目だったのだ。
その島に現れた精霊族によって、護衛たちは眠らされ、わたしは負傷し、水尾先輩が連れ去られ、相手は無傷という完膚無きまでの敗北だった。
力の差があったかと問われたら、多分、そこまではなかったのだと思う。
再戦したらしい九十九は、わたしからの身体強化だけで圧倒したようだし。
つまり、精霊族対策が甘すぎたということだ。
先に、「音を聞く島」の精霊族たちを制圧していたという油断があった。
その失敗を教訓に、彼らは更なる対策を施したということらしい。
「純血の精霊族対策も、大神官猊下のおかげでできるようになった。精霊族の血が混ざっている人間が多いローダンセに相応しい守りだろう。まあ、いざとなれば、栞ちゃんも精霊族たちを隷属させることは可能なんだけどね」
それは雄也さんと九十九にも言える。
彼らは情報国家の国王陛下の縁者だ。
あの言葉……、言霊が、何親等の王族までが使用できるかは分からないけれど、三親等内である彼らも使えることは間違いないだろうし、多分、雄也さんは前もって実験していると思う。
あの島で、真央先輩が隷属させる所を見たのだ。
そして、雄也さん自身は、情報国家の王族の血が流れていることを知っていた。
検証好きな雄也さんがあの島にいながら、何もしなかったとは思えない。
まさか、ずっと一緒にいたリヒトを使うことはないと思いたいから、あの島にいた精霊族たちで試したことだろう。
「尤も、普通の屋敷では許可が下りない。自分たちで家を準備しても、あのロットベルク家の『契約の間』を超えるような部屋を準備することが難しいだろう。まあ、トルクのツテを借りるという手もあるが、ヤツにあまり借りを作りたくもないんだ」
ロットベルク家の先代当主であるフェルガル=デスライン=ロットベルクの妻は、カルセオラリアの王妹殿下でもある。
他国に嫁ぐにあたって、相応の部屋を準備したと思う。
カルセオラリアは中心国としては魔力が劣るものの、その王族は、一般的な貴族よりもずっと魔力が強いのだ。
それは、水尾先輩の魔法を、トルクスタン王子は結界魔法で防げることからも分かっている。
まあ、防げるだけなんだけど、魔法国家アリッサムの王族である水尾先輩の魔法を、正面から受け止めることができる王族が、この世界でどれだけいることか。
……わたしは、相殺が主だ。
そして、「魔気の護り」に頼ることも多い。
更に言えば、真っ正面から、連続で受け止めることは多分、難しいだろう。
だから、カルセオラリアの王族は、他の中心国の王族と比べても遜色がないと思っている。
それに国民の魔力が弱いのは当然だ。
魔力が強い者は魔法国家アリッサムへ。
法力に自信があれば、法力国家ストレリチアへ。
そして、それらがなくても、機械に興味があれば、機械国家カルセオラリアへ。
そんな形でそれぞれが移動していれば、魔力以外が優れた国になるのは当然だろう。
この世界には、人間界と違って国籍というものがない。
だから、生まれた国が自分にあわなければ、その国から移動して別の場所に住み着くこともできる。
魔獣が出る世界で移動することは大変だけど、国と国を繋ぐ交通手段も複数あるのだ。
自分の力のみで移動しなければならない神官たちと違って、お金さえあれば、庶民でも移動することは可能である。
移動した先で自活しなければならないし、生活基盤がある場所を捨てることは難しいため、庶民はほとんど生まれ育った地域から動くことはないらしいけど。
大気魔気や体内魔気の属性を気にするのは、魔力が強い王侯貴族ぐらいだろう。
魔力がそこまで強くない一般庶民は全く気にしないらしい。
住む場所も、仕える主人も、自分たちで決めることができるのは、この世界の良い所だと思う。
尤も、その場所や主人から受け入れられるかは別の話となるのだけど。
自分が選べるということは、相手からも選ばれるということである。
本当にどこまでも、実力主義な世界だ。
「それに、アーキスフィーロさまの名前は良い意味でも悪い意味でも知られている。城下よりもあの地下にいた方が、栞ちゃんは護られるだろう」
良い意味で知られていただろうか?
思わずそう首を捻ってしまった。
わたしが耳にするアーキスフィーロさまの話は悪いモノばかりだから。
まあ、あの地下にはロットベルク家の人間すら来ることがない。
だから、雄也さんが言っている意味も分からなくもなかった。
あの人の名前と立場が、わたしを守ってくれるということに変わりはない。
それなら、わたしは何を返せるのだろうか?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




