客観的に言えば
「それでは、そろそろ現実的な話をしようか」
「その言葉、さっきも聞いた気がするぞ」
雄也さんの仕切り直しに、九十九が突っ込んだ。
「さっきも言ったからな」
そんな弟の言葉を、兄はさらりと流す。
「栞ちゃんの意思確認も現状を把握するという意味では大切なことだった。だが、主観的と言えるだろう。これからは、もう少し客観的な話をしていこうか」
雄也さんはそう言って、わたしの方を向く。
「現在の状況を客観的に……。わたしがロットベルク家に居候中ってことですかね?」
「「居候……」」
何故か、護衛兄弟は声を揃えた。
「生活費は払っているから、同居人じゃねえのか? しかも、衣食住のうち、実質、世話されているのは住しかねえぞ?」
九十九がそう首を捻るが……。
「赤の他人が居座っているのだから、居候で間違いはないと思うよ?」
それも、押しかけてきたのだ。
どう考えても居候でしかない。
「貴族令嬢として行儀見習いや花嫁修業の期間として婚約者の家にお世話になることはあるけれど、栞ちゃんの場合、それとも確かに違う気がするね」
雄也さんも顎に手を当てて考えている。
だが、そんな教育をロットベルク家で受けた覚えもない。
つまりは、立派に居候なのだ!
いや、居候に立派も何もないのだけど。
「栞ちゃんは気付いていないかもしれないけれど、その状況を変えることもできるよ?」
「え?」
「ロットベルク家に住居の提供をしてもらっているけれど、それは、栞ちゃんの望む契約に必須事項ではないからね」
え?
どういうこと?
「ロットベルク家にわざわざ住み込まなくても、契約は継続できるってことだ。一般的には、婚約者でも住み込みなんて、余程、事情がない限りはしない」
「そうなの!?」
九十九の言葉にビックリした。
あの時は、自然な流れで客室に案内されたから、それがごく普通の扱いなのだと思った。
少なくとも、ローダンセではそうなのだろうと考えていたのだ。
尤も、その案内された客室の方は、かなり不自然だったのだけど。
「栞ちゃんは婚約者候補として来たけれど、同時にトルクの同行者でもあったからね。その日の宿泊のために、客室に案内されること自体はおかしくない。だけど、ロットベルク家がいろいろと企んだために、あんな形になってしまったんだ」
「ロットベルク家がいろいろ、企んだ?」
それは、あの客室のことだろうか?
ホコリ高く、碌な調度品もなく、着替えとして用意されていた服も酷いものだった。
食事がないのはともかく、家具に侵入経路がある部屋というのはいかがなものか?
「一貫性のある企みなら、筋が通って読みやすいんだけどね。それぞれがバラバラに考えて動かれると、ヒュドラーや八岐大蛇のように手強くなる」
ああ、頭がいっぱいだからか。
分かりやすい例えだ。
ヒュドラーはギリシャ神話では9つの頭を持つ大蛇で、八岐大蛇は日本神話に出てくる8つの頭と尾を持つ大蛇だ。
どの時代、どの国においても、多頭の怪物は浪漫なのだろう。
いや、この世界には普通にいる気がするけど。
「まあ、複数の愚者たちの愚考と愚行によって、栞ちゃんは、庇護者であるトルクから引き離され、たった一人にさせられたってことだけ分かっていれば良いかな」
要するに、それ以上を知る必要はない、と。
まあ、あまり知りたくもない。
雄也さんから冷気が漂っているし。
「親族であるトルクはともかく、他人である栞ちゃんは城下で滞在するところだったんだよ。贅沢を言わなければ、どの国にも必ず空き家があるからね。借りるか、買うだけの資金があれば、何も問題はないし、俺たちはそのつもりだったんだ」
「あのロットベルク家に滞在するよりはその方がずっと安いからな」
そう言えば、九十九がそんなことを言っていた気がする。
「だから、アーキスフィーロ様に言って、今からでも居宅を変更することは可能だと思う」
そうすれば、今より、九十九や雄也さんも動きやすくなるかもしれない。
でも、わざわざ部屋まで与えられたのに、それもどうかという話だ。
しかも、アーキスフィーロさまにとっては大事な場所を一部、潰してまで作ってくれた部屋である。
できれば、今のままが良いけれど、それだと、お金がかかるんだよね?
「俺としては、栞ちゃんの居住場所は、今のままだと嬉しい」
「オレもそう思っている」
わたしが迷っていると、護衛たちは何故か、そう言った。
「分からないって顔をしているね? 今、栞ちゃんに与えられている部屋は、王城並の守りなんだよ」
「お~じょ~?」
思わぬ話になったためか、変な発音になってしまった。
「ロットベルク家のアーキスフィーロ様の部屋は契約の間と同じだという話は聞いているよね?」
「はい」
「あの部屋は、もともと、あの屋敷の契約の間だったんだよ。今、契約の間として存在している部屋は、機能的にかなり劣る。まあ、それでもあの家の他の住民たちならば、あれぐらいで十分だろう」
雄也さん、さらりと毒を吐いていませんか?
「契約の間の大切さを知らない貴族だからね。魔力の暴走をする子息を閉じ込めるために都合が良かったらしい」
その話は、先ほど聞いた話にちょっとだけ似ている気がした。
「居宅に必ず設置する義務がある部屋に、何の意味がないはずがないのにね」
「義務なんですか?」
「義務だね。居住者がいる建物の地下には必ず作らなければならない。これはどの国にも共通している。まあ、壁や床の素材は自由らしいけど、魔法を通さないカルセオラリア製か、魔法を吸収する魔石が使われているのが一般的かな」
義務だとは知らなかった。
でも、確か、船にすらあって、必要だからと教えられた覚えがある。
「この簡易住居みたいに持ち運びできる物には作らない。まず、地下室を作ることが無理だからね」
そりゃそうだ。
いや、その気になれば、作れそうな気もするけど。
この世界には魔法があるのだし。
「その代わり、この簡易住居自体に、魔法を吸収する性質がある。そして、それらを放出することで、契約の間と似たようなことができると、トルクが言っていた」
「そうなのか?」
「何故、お前は知らない?」
九十九も知らなかったらしい。
わたしだけじゃないと分かって、少しだけホッとした。
「魔法を吸収する性質があることは知っていたが、契約の間と似たようなことという意味が分からない」
「ああ、付近の大気魔気の濃度を僅かながら変化させる……、所謂、大気魔気の調整だな。尤も、ある程度魔力が強くなければ、その変化は分からんだろうとも言っていた」
どうやら、コンテナハウスもわたしたちがいるだけで周囲の大気を変化させてしまうらしい。
雄也さんは魔法を吸収と言ったが、恐らく、通常身に纏っている「魔気のまもり」も含むのだろう。
「ロットベルク家のアーキスフィーロ様の居住空間は、契約の間を区切ったものだった。そして、先ほど言ったように栞ちゃんが与えられた場所は、今や、ローダンセ国内で最高の守りとなった場所でもあるんだよ」
そう言えば、王城並の守りって言ってたね。
しかし、ローダンセ国内で最高の守りなのか。
「あそこまで、魔石や魔道具を遠慮なく置ける場所はそうないからな」
「へ?」
わたしが感心していると、九十九が変なことを言い出した。
「普通は、他人の屋敷や宿に過剰な備えなんかできねえんだよ。そこの結界や護りにケチを付けているようなものだし、下手すれば、強盗や不法占拠などの犯罪を疑われる可能性すらあるからな」
「おおう」
今回は九十九が過剰というほどの守りらしい。
「過剰な備えとは?」
一応、確認してみる。
「魔法国家の第三王女殿下が破壊できなかったな」
「セントポーリア国王陛下でも無理だったね」
「ひいっ!?」
九十九と雄也さんが、わたしが知る限り、最大級の魔法所持者たちを具体例としてあげてしまった。
「大神官猊下特製の、『中にいる人間に確かな安眠を約束する結界』の存在がやっぱり大きいな」
「製作者がもっとおかしな人だった!?」
そして、その結界の名付けは多分ワカだろう。
「だから、殺傷力はねえぞ」
「大神官猊下を始めとする神官は、原則、殺生禁止だからね」
そ、それは、良かった。
……うん、良かった。
わたしの部屋に侵入しようとしただけで、殺されたら、相手が気の毒すぎるだろう。
相変わらず、わたしの護衛たちは過激で過保護だと思う。
だが……。
「お前はそろそろ自分がVIPであることを自覚しろ」
九十九は何故か、そんなことを言ったのだった。
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