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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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甘すぎる護衛たち

「アーキスフィーロ様は、キミたちの会話と行動の一部始終を見聞きしていた。その意味は、分かるよね?」


 雄也さんの鋭い視線と言葉。

 その意味が分からないわけがない。


 タイミング的に祝詞部分は見ていたとは思ったけれど、一部始終ということは、あのほとんどを見ていたということになる。


「つ、つまり、契約破棄案件では?」


 婚約者候補の前で、他の男性から告白されるだけならまだしも、キスまでされてしまうのはアウトだろう。


 サッカーでいう一発退場(レッドカード)だ。


「自分からしたわけではないから、そこは大丈夫だと思うけれど……」


 雄也さんの視線が泳いだ。

 九十九は目も合わせてくれない。


 つまり、それだけわたしの発言がアーキスフィーロさまに聞かれたのはマズいことなのだろう。


「全てはあの紅い髪の青年がしたことだということは、アーキスフィーロ様にもご理解はいただけていると思う。向こうからの愛の言葉に戸惑っている栞ちゃんを引き寄せて、キスをしたわけだからね」


 改めて、説明されると、かなり恥ずかしい。


「確かに自分の意思ではなかったけれど、その後も逃げなかったわけですし、あの発言そのものも良くないことは分かります」


 見られた、聞かれたとかは関係ないのだ。


 わたしにアーキスフィーロさまの婚約者候補という意識が欠けていたことが、今回のことに繋がっている気がした。


「でも、その後の(りゃく)拝詞(はいし)の必死さも伝わったとは思うよ?」


 雄也さんがわたしを気遣うようにそう言った。


「それでも、雄也さんならご自分の婚約者、あるいは恋人が同じようなことをしても許せますか?」


 わたしがそう問うと、雄也さんが目を丸くする。


「そんな存在がいたこともないから、考えたこともなかった」


 そして、何故か、考え込まれてしまった。


「九十九は? あなたなら許せる?」

「……許せない、と思う。事情を知っても、その……、相手が恋人、好きな女なら……」


 目を逸らしながらも、九十九はそう言った。


 やはり、九十九は真面目だし、潔癖だ。

 自分の恋人が他の男とキスするような現場を見るのは許せないのだろう。


()()()()()殺したくなる」


 どこかドス黒い気配を発しながら、九十九はそう続けた。


「なんで!?」


 その怒りは、自分を裏切った恋人に向けるものではないだろうか?


「なんでって、自分の好きな女が、他の男から無理矢理唇を奪われて、そいつに怒りを向けない男なんているのか?」


 九十九は先ほどまでの気配を消して、きょとんとした顔をした。


「いや、女性側の裏切りとか、その不貞……とか?」

「女の方から迫ったらそうかもしれないけど、今回は、違うだろ? あの男が、栞の人の好さに付け込んで唇奪ってんじゃねえか」


 自分の恋人という仮定の話だったのに、いつの間にか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 まあ、わたしの状況を客観的に見て欲しかったから、そこは問題ないのだけど……。


「人の好さっていうか……」


 あれは、わたしの弱さとか迷いだと思う。

 ライトを突き放すことができなかったのだから。


「お前は悪くねえ。分かったな?」


 まるで、わたしの迷いを分かっているかのような言葉。


 少し前までは警戒心が薄く隙だらけだったことを責められていた気がするのに、これは一体どういうことなのだろうか?


 でも、九十九は今回の件について、そこまで怒っていないようだ。

 それが分かっただけでも良かった。


 …………良かった……のかなあ?

 やっぱり、わたしのことはそんなに好きじゃないってことなのかもしれない。


 今回のことが、九十九の好きな女性だったなら、相手の男性を殺したくなるほどの感情を向けるのでしょう?


 それに……。


「それを判断するのは九十九じゃなくて、アーキスフィーロさまだよ」


 わたしがそう言うと、今度は九十九が目を丸くした。


「わたしの婚約者候補は九十九じゃなくて、あの方なのだから」


 ちょっと突き放したような言い方かもしれない。


 だが、事実だ。

 判断、判定するのは九十九じゃないから、余計に困るのだ。


「それは、そうなんだけど……」


 九十九や雄也さんはわたしのことを注意する。

 警戒心の無さを指摘したり、悪いことは悪いとはっきり言ってくれる。


 だけど、わたしに対して甘い評価を持っている部分もあると思う。

 こんな風に過剰に擁護することからも、それは分かるだろう。


 彼らは絶対的なわたしの味方だから。


 でも、今回、わたしが謝罪すべきは、アーキスフィーロさまだ。

 裏切りの現場を見せてしまった。


 今回のことが原因で、婚約者候補を下ろされても、文句は言えないとも思っている。


 でも、どこかでそれを()()()()()()()()()()()自分がいた。


 ある意味、この安堵の方が裏切りなのかもしれない。


「確かに、この件をこれ以上、当事者がいない場所で論じても仕方ないね。正しい答えを持っているのはアーキスフィーロ様だ」


 雄也さんがそう結論付けた。


「でも、俺も考えてみたけど、やっぱり、男の方を許せないと思う。弟と同じ意見なのは芸はないとも思うけど、女性側に罪があるとしたら、他の男を惑わせるその魅力を自覚していないことぐらいかな?」


 雄也さんが顎に手をやりながら、そう言うと……。


「うげ」


 九十九が分かりやすく眉を顰めた。


 そして、この場合、やはり雄也さんも参考にならない。

 この人は、わたしだけでなく、女性全般に甘い男性だから。


「でも、こればかりは理屈じゃないからね。確かに栞ちゃんが言う通り、俺や九十九の個人的な考えは参考にもならない」


 雄也さんもわたしの意見に同意してくれた。


「だから、ローダンセに戻ったら、アーキスフィーロ様と話し合うことだね」

「はい。そうします」


 今回の話がきっかけで、契約の話をなかったことになるなら、それはそれで仕方がない。

 わたしはアーキスフィーロさまと縁がなかったということになる。


「尤も、アレを不貞と捉えて、婚約者候補の関係を解消されるなら、こちらとしては、好都合ではあるのかな」


 雄也さんの言葉にドキリとしてしまった。

 まるで、自分の心を見透かされてしまったみたいだったから。


 よく考えれば、雄也さんはわたしの気持ちを知っている。

 だから、先ほどの発言に不自然なものはない。


 でも、それを知らない九十九はどう思ったのだろうか?


「好都合って……。向こうから断りを入れられるんだぞ?」

「正式な婚約者ではなく、まだ婚約者候補だ。ロットベルク家はローダンセ国王陛下にこそその報告はしているが、公に知らせてはいない。この時点の解消ならば、栞ちゃんの瑕疵というほどのものにはならん」


 九十九はわたしの傷になることを気にし、雄也さんはその可能性がないと言う。

 二人は、アーキスフィーロさまの方から断りを入れられると思っているようだ。


 うん、わたしもそう思う。


 今回のことだけでなく、これまでのことを思い起こせば、こんなにも面倒ごとが入れ替わり立ち替わり現れるような婚約者候補なんか嫌になると思う。


 つまり、アーキスフィーロさまにとっては、都合よく、婚約者候補解消できるとても良い機会なのだ。

 しかも、自分の方は悪くない。


 二回も解消するということは瑕疵になってしまうけれど、これ以上、わたしに振り回されるよりはその方が良いと判断するだろう。


 そう考えると、胸の重さが少しだけ無くなった気がする。

 いや、重くなるほどの胸はないけれど、気分的なものだ。


「それでも、やはり、話し合いはした方が良いだろうね。俺が見るに、栞ちゃんとアーキスフィーロ様は双方、言葉が足りないようだから」

「はえ?」

「それは、どんな返事だ?」


 わたしの奇妙な返答に雄也さんではなく、九十九が反応する。


「わたしって言葉が足りない?」


 寧ろ、余計なことを言っている気がするのだけど……?


「気付いてないのか? お前、ローダンセに行ってから、相当、言葉を飲み込んでるだろう?」

「ふ?」


 そうだっけ?


「何度も言葉を探して、選んで、戸惑って、窺って……。随分、らしくねえんじゃないか?」


 それだけ聞くと、普段のわたしは随分考え無しに見えるんだなと思った。


 わたしとしては、そんなに変えていないつもりなのだ。

 だけど、護衛であり、専属侍女でもある九十九からすれば、そう見えるらしい。


 わたし以上にわたしを知る護衛。


「『舌先三寸で殿方を転がす悪女』になるんだろ? 婚約者候補の男こそ転がせ」


 そんな彼は、真面目な顔でそんなことを言った。


「ぷっ!!」


 そうだね。

 わたしは、九十九(ヴァルナさん)にそう言った。


 その対象はアーキスフィーロさまではなかったけれど、わたしはそのやり方を確かに聞いたのだ。


「でも、婚約者候補を転がす悪女って、最悪じゃないかな?」


 わたしがそう尋ねると……。


「何を言う? 転がしていることに気付かせるな」


 九十九はどこか不機嫌そうに言い……。


「可愛い女性の手の上で転がされるのは、男としてとても嬉しいことだと思うよ」


 雄也さんは笑いながらそう答えた。


 わたしの護衛たちは本当に主人に甘い。


 普段は有能すぎるぐらいに有能なのに、そこだけ彼らは何かの螺子(ネジ)が数本飛んでいるかのようになる。


 それならば、わたしは主人として彼らをきゅっと締めてあげよう。

 緩む暇もないほど、彼らを振り回そう。


 我慢するなと。

 もっと好きなように走れと。


 護衛たちからそんな風にこの背を押された気がしたから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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