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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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変化する想い

「栞ちゃんに確認しておきたい。本当に、ただの一度も、彼のあの高熱に気付かなかった?」


 雄也さんはわたしに向かってそう確認する。


「それは……」


 気付かなかった?

 そんなわけがない。


 始めは怖いだけの人だったのに、会うたび、いろいろな顔を見せてくれた。


 わたしを小馬鹿にするような、揶揄うような、突き放すような口調の中に、隠そうとしてきた人間らしさと、少しの本音が垣間見えるのだ。


 その中にあった微かな熱。


 それが、どれほどの熱さを持っていたのかは分からない。

 でも、それが自分に向けられていたことぐらいは分かっていた。


「俺は、あの紅い髪の青年が、ただの興味本位だけで、有限な時間をふいにする愚かな人間ではないと思っている」


 追尾者(ストーカー)を自称するような人。


 だから、始めは毛色の変わった女を見るのが楽しいのだろうなと思っていた。

 当人だってそう言っていたから。


 だけど、いつからだろうか?

 わたしに対する声掛けに、心配、安堵の色が混ざるようになったのは。


 たまに現れては、わたしの現状を確認する姿は、まるで過保護な護衛のようだった。


「他国の人間の前に姿を現す危険性を承知の上で、何度もキミの前に現れたことも知っている」


 ミラージュは謎の国だ。

 それは徹底的な証拠の隠滅、隠蔽にあることは疑いようもない。


 ただ近年、それが甘くなってきたのは、かの国の油断によるものか。


 その中の一つが、わたしの前にたまに現れる紅い髪の王子さまの存在だろう。

 そして、あの人の場合は油断ではない。


 ただの私情だ。


 本来は合理的で非情な判断を下さねばいけない立場にあるのに、わたしが絡むと、少しだけその芯がブレてしまう気がしていた。


「本当は、わたしもどこかで分かっていたのだと思います」


 だけど、ライトがそれを口にすることはないと思っていたのかもしれない。


 わたしに向かって言わないなら、それで良いとも考えていた。

 言わないなら、気付かなかったことにできるから。


 それでも、あの人は、わたしに真っすぐ気持ちを伝えてくれたのだ。


 だから、驚いた。

 戸惑った。

 心が乱されてしまった。

 それが、大きな隙となった。


 それだけ、ライトにも余裕がなかったということだろう。

 もうすぐ、自身が喪失すると分かっていたから。


 そのために、わたしが応えることがないと知っていても、その胸にあった熱を伝えてくれたのはそういうことなのだと思う。


「だけど、あの想いに応える予定はありません」


 多分、それはライト自身が望んでいない。

 それも分かっている。


 あの人はミラージュの王族だ。


 そして、その父親である国王が聖女の子孫であるわたしにかなりの恨みを持っていることは、何度も伝えられている。


 だから、彼がミラージュを捨てない以上、わたしと上手くいくはずがない。


 そして、あの人は自分の父親を捨てることはできても、あの国を本当の意味で捨てることは、決して、できないのだ。


「ライトはわたしよりも大事なものがあることを知っているので」


 あの国に彼にしか護れない護りたいものがあるから。


 それを知っていて……?

 あれ?


 わたしはそれをどこで知った?


「なるほど。一番じゃなければ駄目なんだね?」


 雄也さんはそう苦笑する。


「駄目というわけじゃないんですけど、()()()()()()()()()って、どうしても思っちゃうんですよね」


 わたしなんかに(かま)けている暇なんかないでしょう? と、そう思ってしまうのだ。


「わたしよりも大事なものがあるなら、そっちをもっと大事にしてくれた方が嬉しいです」


 それだけ大きな(願い)なのだから、それを叶える努力をして欲しい。


「もし、あの紅い髪の青年がソレよりもキミを選んだら?」

「そんな仮定は無意味だと思いますが、どうでしょうね。想像もできないので分かりません。でも、全てを手放したなら、その時になって、改めて考えると思います」


 わたし(ワタシ)と出会った時から、その小さな肩には大事なモノを背負っていて、その意地と信念を守るためだけに生きてきたような人だ。


 そこで少しだけ道が交わっただけのわたし(ワタシ)にある執着も、類は友を呼ぶとか、同気相求と呼ばれるモノに近い気がしている。


 似ているところがあるから惹かれた的な?


 同じ神の意識を自分の身体に宿す者同士。

 互いに同情し合う仲であることは間違いない。


 まあ、恋愛のきっかけって、そんなものかもしれないのだけど。


「俺は彼に心底、哀憫の意を表したい」

「へ?」


 雄也さんは神妙な顔をする。


「そこまでしっかり拒絶の気持ちがあるのなら、栞ちゃんは僅かでも、期待を持たせる言葉を言ってはいけなかったと思う」


 さらにそんな言葉を続ける。

 その背後で九十九も似たような顔をして頷くのが見えた。


「僅かでも、期待を持たせる言葉……ですか?」


 告白に対してははっきりとしたものを返さなかった。


 キスされたから、距離をとった。

 わたしの態度は曖昧だったと今なら思う。


 だけど……?


「あの時の栞ちゃんの不用意な点を上げるなら、間違いなく、命を懸けたことが最上位だろう。尤も、それについては、当人も不本意ではあったが、最終的には受け入れている。だけどね? 軽々に男を誘うような真似は、キミらしくなく悪手だったと言わせてもらおうか」


 その言葉で、雄也さんが何を言いたいのかを悟った。

 わたしはあの人の意思を確認したかっただけだ。


 だけど、受け取り方によっては、それは殿方を色気のある言葉を投げかけて篭絡しようとする毒婦だ。


 いや、あの言葉に色気はなかったとは思うけれど、口にした言葉自体は、割と、とんでもないものだった。


「彼は、栞ちゃんに本気なんだ。それなのに、情交への誘いともとれるような言葉を口にする。だから、それを突っぱねてくれた時は、心から賞賛を贈りたかった」

「わたしが言ったのは、それだけ、罪深いことだったのですか?」


 断った時に、雄也さんが思わず賞賛したくなるほど?


「勿論、栞ちゃんにそんなつもりはなかったってことは俺も分かっているよ。だけど、男って言うのは単純な生き物だからね。誘われたと思ったら、そのまま手を取って、いきなり寝台へ連れ込もうとするヤツもいるかな」


 ……そんな殿方なんて知らない。

 つまり、わたしは周囲に恵まれているってことなんだろう。


「男側からしたら、弄ばれたようなものだと思う。栞ちゃんは傾国の女性だね」


 雄也さんはそう言って何とも言えない顔で笑った。


 いや、「傾国」って、わたし一人で傾いてしまうような国なら、既に土台(もと)から崩れ始めていると思うのです。


「意外と悪女だよな」


 さらに九十九がしみじみと頷きながら、同意する。

 なんで、さっきから黙って話を聞いてくれているのに、そんな時だけ会話に加わってくるのか?


「これまでの話を聞いた限りでは、それを思わず口にしたかった栞ちゃんの気持ちも分からなくもない。だけど、一言、アレは事前に相談してほしかった」

「オレにはその気持ちすら分からん。だが、先に言って欲しかったのは同意見だな」


 過程はともかく、二人の意見(結果)は同じだった。


 命を懸けて、ライトを助けたことよりも、その発言こそ怒っている気さえする。

 わたしはそれほど良くない言葉を口にしてしまったらしい。


 それでも、あの時、彼の覚悟をどう確認すれば良かった?

 相談したら、二人は絶対に反対したことだろう。


 ……その時点で、わたしもどこかで悪いことだって気付いていたのかもしれない。


 だけど、本当に勢いで言っただけなのだ。

 あの時を逃すと、この先もずっと、答えを聞けない気がして……。


 ああ、わたしも知っていたのだ。

 あの機会を逃せば、ライトは助けられなかったことを。


 時間稼ぎにしかならなくても、わたしは、少しでも長く生きて欲しいと願ってしまうぐらいには、彼に好意を持っているのだろう。


「まあ、栞ちゃんには栞ちゃんの想いがあるし、考えもあることは当然だ。でも、あんなに大事なことは先に言っておいて欲しい。先に知っていれば、少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え……?」


 他の……、人間?


「あの場にいたのはキミたちと俺たち兄弟以外にもいた。それは、先ほどの記録でも分かっていることだよね?」

「え? はい」


 そう言えば、あの記録にはわたしたち以外の人間のことも書いてあった。


「彼らがキミにとって害となる存在ではないと思っていたからね。それに、キミのことを知る助けにもなると思ったというのもある。だけど、そんな俺の考えは甘かったようだ」


 その言葉に、心臓がいつもよりも大きな音を立てた気がした。


「アーキスフィーロ様は、キミたちの会話と行動の一部始終を見聞きしていた。その意味は、分かるよね?」


 雄也さんはそう言って、わたしに鋭い瞳を向けたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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