自動的に消失する
栞が情報国家の国王陛下から貰った求婚の書簡。
それは既に無くなってしまった。
だから、それを唯一読んだ栞がその内容を思い出しながら口にしている。
「【尤も、ローダンセの事情も耳に入っている。幸運にも栞嬢に選ばれた相手は、カルセオラリアの王族の血を引く者だと聞いているが、ローダンセではその才も活かせないだろう。】」
ようやく、ローダンセの話題に入った。
だが、内容はロットベルク家第二子息のこと……か?
「【勿体ないことだ。栞嬢が望むなら、その男を連れてきても良い。魔力が強く有能な人間を我が国は歓迎する。】」
その言葉にゾクリと背中に何かが走った気がした。
オレたちだけじゃない。
あの情報国家の国王陛下は、ローダンセの第二子息も引き抜こうとしている!?
魔力が強く、有能な人間。
それなら、確かに該当するだろう。
だが、それでは…………。
「【だが、急な申し入れであるため、すぐに心が決まるとも思っていない。そうだな。後、一年もすればローダンセは落ち着くだろう。】」
オレの考えが纏まる前に、一番、気になっていたことを口にされてしまった。
一年!?
どうしたら、あんなにぐだぐだになっている国が落ち着くんだ?
寧ろ、今後一年では、もっと悪化する未来しか見えないのに。
あの国王陛下の目には何が映っているんだ?
「【その後に栞嬢の口から直接、答えを聞かせて欲しい。イースターカクタスにて待っている。】」
ああ、これが、直接、イースターカクタスに来て返答しろってやつか。
確かにこの文章だけではそうとしか取れない。
「こんな感じの文章でした。その後に手紙のお約束である結びの言葉と、情報国家の国王陛下の御署名を確認した後、いきなり、燃えだしたのです」
どんな仕掛けなんだ?
どこかの大作戦な映画か?
このこのテープは自動的に消滅するってか!?
SFアクションコメディアニメのように、爆発して周囲に害があるよりはマシだったけどな。
だが、それよりももっと言いたいことがあった。
「あのエロ親父め」
まさか、本気だったとはな。
「年も弁えぬ四十路越えが」
兄貴は妙に年齢に拘っている気がする。
いつも以上に口が悪い。
だが、親父も生きていれば同じ年齢なので、オレとしてはちょっと複雑な気分になるが、兄貴はそうではないようだ。
「それでも、セントポーリア国王陛下を通じて渡された正式な求婚ではある。だから、栞ちゃんの考えを聞かせて欲しい」
全てを聞き終わり、毒を吐いた後、兄貴はそれをなかったかのように栞に優しく語りかけた。
「正直、情報国家の国王陛下の妻……、継室は無理だと思います」
迷いながらも栞がそう言ってくれて良かった。
もし、喜んで引き受けられても、オレは複雑だっただろう。
「ただ、情報国家の国王が書いていた通り、貴族子息の正妻よりもずっと立場が強くなり、どの国の王子たちも、いや、国王たちすら手が出せない立場、地位は手に入るよ?」
だが、兄貴は続けてそう口にする。
まるで、栞の退路を断つかのように。
「兄貴!?」
「事実だ」
それは分かっている。
だけど、その言い方では、栞が選択しにくくなるだろう。
「それでも、それに見合う責任を背負う自信がありません」
だが、栞は自分の考えを曲げない。
安易な逃げ道を選ぼうとしない。
それが、楽な方法だと分かっていても、目の前よりもそれ以上、先を見る。
「それは確かにそうだろうね」
兄貴は満足そうにそう言った。
栞の答えが分かっていたとでも言うように。
だが、相手は高田栞だ。
そんなに甘いはずがない。
「それに、年齢差が大きすぎて、嫌悪感が先立ちました。だから、無理です」
そうきっぱりと言い切った。
「ふっ!!」
兄貴が横で大きく前のめりになった。
「あ?」
オレは「嫌悪感」の方が気になって、顔を顰めてしまう。
「確かに見た目は二十代で通じる容姿だと思いますが、実際は四十代中盤ですよね? 自分の親よりも上なんですよ? それを知っていて、妻になるって相当難しいとは思いませんか? 年齢差、完全に親子ですよ!?」
だが、そんなオレたちを気にする様子もなく、栞は追撃を放つ。
「それは……」
兄貴は背を丸め、肩を震わせている。
どうやら、栞の狙いは兄貴の腹筋らしい。
その攻撃に容赦がなかった。
そして、その兄貴は相当、情報国家の国王陛下が嫌いなようだ。
栞がボロクソに言うのが楽しいのだろう。
「年齢を知らなければ考えたか?」
見た目は二十代中盤でも通じる容姿だ。
しかも、栞にとっては好みの顔と聞いたこともある。
それならば、可能性はあると思ったのだが、どうやら違ったらしい。
「そこは、分かんない。でも、先に年齢が頭をちらついちゃうんだよ」
まあ、自分の父親よりも上の年齢だもんな。
それを全く意識するなという方が無理かもしれない。
「年の差の婚姻は王侯貴族では珍しくねえ。セントポーリアでも昔は、よくあった」
王侯貴族の政略婚姻ではよく聞く話だ。
特に魔力を重視するアリッサムは、それぐらいの年の差になりやすかったらしい。
それに、セントポーリアはその昔、血族婚だった。
理想的な年の差の王族がそう多くいるはずもない。
信じられない年の差で婚姻することもあったようだ。
「つまり、情報国家の国王陛下の話に乗れと?」
そう解釈したか。
栞にしてはかなり尖った口調だった。
「そうは言ってねえよ」
オレだって不満を露わにしたいぐらいだ。
だが、立場上それができない。
「お前が無理だって言いたくなるのは当然だ。四捨五入すると五十路だぞ? 人間界でいえば中高年の親父が、女子大生になりたての女に手を出そうとしているようなもんだ。オレだって気色悪いって思う」
だけど、言いたいことは言わせてもらう。
あのエロ親父、と。
「別に賛成ってわけじゃないのか」
栞はどこかホッとした表情を見せる。
そこでまだ安心するな。
お前はもっと怒っても良いんだ。
ちゃんと心の言葉をはっきりと吐き出しとけ。
「何故、賛成できると思った? オレだって、四十越えの年増女から誘われたくねえ」
以前、セントポーリア城で千歳さんといた時、会いたくねえ女と鉢合わせたことがある。
いや、千歳さんの話では、わざわざ出向いたようだった。
その時に、引き抜き……、いや、あれは違うな。
本当にそういった方面の誘いだったのだろう。
あの時、オレは心底、気持ちが悪いと思った。
兄貴はよく我慢できるもんだ。
オレは閨に引き入れられた瞬間、眉間か心臓を一突きしたくなるだろう。
いや、喉だな。
その方が長く苦しむ。
それよりも、頚椎を折った方が良いか?
「九十九」
「あ?」
先ほどまで、笑い転げる直前だった兄貴からの、冷え切った呼びかけで、思考から引き戻される。
「漏れている」
「ああ」
いかん、いかん。
あの苛立ちを思い出してしまったから、少しばかり殺気が漏れてしまったらしい。
栞の前では駄目だよな。
「本当に考えるだけで、嫌なんだね」
だが、栞はさほど気にした様子もない。
自分に向けられたモノではないからだろう。
この辺り、オレの主人は大物すぎると思う。
「つまり、栞ちゃんは情報国家の国王陛下についても、お断りということだね?」
「現状では」
兄貴の確認に、栞はきっぱりとそう言い切った。
現状というからには、今後は分からないということか。
あのエロ親父はしつこそうだ。
栞だけでなく、オレたちの親父にもどこか執着や粘着染みたものを感じる。
だからこそ、息子であるオレに接触したのだろうけど。
「ローダンセのこともありますし、やはり後妻とはいえ、あの情報国家の国王陛下の横に並び立てる気がしません」
それはどうだろう?
ただの継妃ではなく、国王の横に並ぶ気でいるなら、普通の女では無理だろうとはオレも思う。
だが、普通の女ではなく、栞なら……?
そう周囲が期待してしまうようなナニかを彼女は持っている。
そんな未来を望んでいるわけではないのに。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




