光の君
「情報国家の国王陛下についても、お断りということだね?」
変な笑いのツボにはまっていた雄也さんが復活して、そう確認する。
「現状では。ローダンセのこともありますし、やはり後妻とはいえ、あの情報国家の国王陛下の横に並び立てる気がしません」
贔屓目でも、わたしでは見劣りするだろう。
「別に並び立つ必要はないんだよ?」
「え?」
「この世界に『王妃陛下』と呼べるほどの存在はいない。『国王陛下』、『女王陛下』の横にいるのは、『王妃殿下』、『正妃殿下』、『王配殿下』と呼ばれる人間ばかりだ。そう呼ばせているのではなく、自然とそうなっている」
おおう、敬称の話か。
「陛下」が最も尊いのは分かる。
日本では、天皇陛下と皇后陛下は間違っていなければ、「陛下」と表記されていたはずだ。
その子である皇太子、親王、内親王は「殿下」。
それ以外の名称はちょっと分からない。
皇族にそこまで興味、関心がなかったから。
確か、新聞とかでは「なんとか宮『殿下』」だった気がする。
「この世界では、国王の妃に大きな仕事は求められていない。セントポーリアが分かりやすいだろ?」
「おおう」
声に出てしまった。
いや、うん。
セントポーリア正妃殿下。
その言葉を思い出すだけで、震えてしまう。
あのダルエスラーム王子殿下の母君でもある。
何度かセントポーリア城に登城しているが、一度もお会いしたことがない。
いや、普通は会うはずがないのだけど、セントポーリア国王陛下と一緒にいる姿を見たことがないのだ。
それはもう不自然なほどに。
それを言ったら、ダルエスラーム王子殿下もそうだった。
公務とか、アーキスフィーロさまのように部屋でやっているんだろうね。
「イースターカクタスの王妃殿下も華やかな場にしか姿を見せなかったらしい。情報国家の人間らしく、情報の操作はお得意だったようだけどね」
ああ、九十九の報告にあった件か。
「仕事のできる女性を煙たく思う小さい男も多いけど、セントポーリア、イースターカクタスの王たちは別かな。仕事ができる女性を好んでいるぐらいだ」
その雄也さんの言葉に対して、少しばかり複雑な気持ちになってしまうのは、例に出された国にセントポーリアが含まれていたからだろう。
うん、セントポーリア国王陛下は男女に限らず有能な人間が好きそうだ。
いや、有能な人間を嫌いな人はいないとは思う。
イースターカクタス国王陛下も同じだ。
手紙にもそう書いてあったから。
「だから、仮に、栞ちゃんが、もし仮に、情報国家の王族に収まっても、何一つとして、問題はないんだよ。足りない部分は周囲が支え、補ってくれるだろうしね」
その「周囲」には、この護衛兄弟も含まれるのだろう。
それを、あの情報国家の国王陛下は許してくれるといっている。
しかし、「仮に」を二回も言う念の入れようは、雄也さんが情報国家の国王陛下を好きではないことが本当によく分かる。
「それでも、栞ちゃんが異性として受け入れられないなら、仕方ないとは思う」
雄也さんがクククッと笑った。
「異性として……、それもちょっと違う気がするんですよね」
「「え?」」
何故か、雄也さんだけでなく九十九も反応する。
「情報国家の国王陛下がわたしを本気で囲おうとしているのは分かるのです。でも、向こうから見れば小娘でしょう? 向こうの方がわたしのことを異性としては……」
見ることはできないだろうと、そう言いかけた時だった。
「見ることはできると思うよ」
「エロ親父、なめんな」
雄也さんと九十九が同時にわたしの言葉を遮る。
「お前な~。人間界でも『援助交際』って言葉があっただろう? 中年オヤジたちが自分の娘ほどの女を買うような事例なんか溢れてたじゃねえか。大枚をはたいてでも、若い女好きはいるんだよ」
「あ~」
確かに、若い娘さんに手を出すような男性は人間界にもいたか。
九十九が言う「援助交際」はまだ双方の合意だからご自由にやってくださいとは思うけれど、小学生とかに悪戯するという病的な男性もいた。
「栞ちゃんは年齢的に十分、適齢期だよ? それにまだ本当に『小娘』だと思っているならば、『若紫』のように自分好みに育てることもできるから、そこに魅力を覚える男もいるんじゃないかな」
おおう? どこかの源氏の君ですね?
でも、流石にそこまで小娘と思われてはいないだろう。
ああ、そうか。
わたしはもうこの世界では適齢期なのか。
そうなると、そういった意味でも、情報国家の国王陛下が見ていてもおかしくはないのだ。
情報国家の国王陛下には、今、一人しか御子がいない。
それなら、健康な若い女を娶って、もっと王子、王女をバンバン産ませるという考え方があってもおかしくはないだろう。
単純に、寵姫ではなく、継室……、継妃ということにするのは、セントポーリア国王陛下や母に対する複雑な感情もあるかもしれない。
「いや、もっと良い例を上げるなら、女三宮かな? 今の栞ちゃんにはこちらが近いかもね?」
雄也さんがそんなとんでもない事例を出す。
だが、やはり、その例でもわたしはそこまで若くはない。
確か源氏の君と女三宮が結婚したのは、14,5歳ぐらいだったはずだ。
お相手の源氏の君は四十代前半だったから、確かに年齢差は近いかもだけど……。
あれって何気に異母兄の娘さんだから、姪っ子なんだよね。
「女三宮がわたしなら、別の男性との子を産むことになりますよ?」
それはちょっと問題だよね?
「どうしてそうなった!?」
源氏物語を知らないようで、九十九が突っ込んだ。
「女三宮は不義の子を宿すんだよ。その相手が源氏の君の親友の息子で、結果としてダブル不倫になったんじゃなかったっけ?」
そして、その子が後半の主人公になるとか。
本当に源氏物語は昼ドラの世界だと思う。
「女三宮は先帝の第三息女で、蝶よ花よと育てられ、精神的に幼く、従順で流されやすかった。だから、忍び込んできた柏木を拒み切れなかったんだよ」
これまで、源氏の君がやってきたことを、逆にされたわけだ。
それも、自分が一番愛した女性の姪から。
「そんな女と栞を一緒にするな。不愉快だ」
うむ、九十九はどこまでもお堅い護衛である。
「フィクションだよ?」
「それでも、不愉快なんだよ。そんな尻軽女と一緒にされることに不快感はねえのか?」
「年齢差や立場が似ていると言っただけであって、性格が似ているとは雄也自身は一言も言っていないからね」
それを持ちだしたのはわたしだ。
「……そうか。悪い、兄貴。過剰反応した」
「いや、俺もあの情報国家の国王がどうも、その物語の主人公と重なって不快に思っている部分はある。偶然にも『光の君』だしな」
おお、そう言えば。
なるほど、あの主人公に重なるなら、女癖の悪さは病気の域だ。
「そんなに酷い話なのか?」
「下半身の緩い男に身分を与えてはいけない典型的な話だな」
雄也さんの言葉にわたしは頷きながら……。
「実母によく似ているという義母に横恋慕して、最終的には無理矢理関係を持って子供を産ませる。最初の正室は昔関係を持った女性の生霊に取り憑かれて亡くなる。十歳の幼い娘を義母の面影があるからと連れ帰って養育し、年頃になったら関係を持つ。これが序の口」
印象的な部分を口にする。
「自分の父親の妻に手を出す神経の太さもさることながら、政敵の娘に手を出すのは迂闊としかいいようがない。都から追放され、行きついた先でも子供ができて、その子を自分が囲っている女性に育てさせている。それ以外にも……」
さらにその後を雄也さんが引き継ぎ……。
「もう、いい。その主人公がクズ男なのは分かった」
九十九がそれを手で制し、そのまま顔を伏せた。
「つまり、栞ちゃん。キミに求婚してきたのは、あの物語の主人公のような男だ」
「よく理解できました!!」
それは九十九も雄也さんも過剰なまでに警戒する。
わたしのような世間知らずは、確かに若紫や女三宮のように「光の君」から良いように転がされるだろう。
だけど、この上ない庇護下だ。
わたしがその浮気性な「光の君」の所業に我慢できれば、これほど心強い存在はないとは思う。
それでも、その手にすぐ飛びつけないのは、気がかりなことが多すぎるからだろう。
例えば、雄也さんが「光の君」に情報国家の国王陛下を重ねたのは、わたしに誰かの面影があるからかもしれないとも思う。
その物語は、主人公が誰かの面影をずっと追い求め続ける話。
だから、まあ、情報国家の国王陛下もそういうこと……、なんだろうな。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




