国王陛下からの申し入れ
「情報国家の国王陛下からの手紙の内容は、やはり、九十九が事前に聞いていた通り、継室……、いや、この世界では継妃でしたっけ……の、申し入れでした」
わたしがそう告げると、護衛兄弟は「やはり……」と呟いていた。
顔を向けた方向は違うけれど、似たような表情をしている辺り、やはり、彼らは兄弟である。
「但し、ローダンセが落ち着いてから、直接、返答を寄越せと言うことです」
「あ?」
「は?」
わたしの言葉に、九十九と雄也さんが同時に短い言葉を返す。
「イースターカクタスまで来いってことだと思います」
ローダンセが落ち着くかどうかも分からないし、それ以上に、お返事するのに、わざわざ、イースターカクタスまで来いというのはもっと理解ができなかった。
だけど、本当にそう書いてあったのだから仕方ないだろう。
でも、そこに何らかの意図があるような気がしてならない。
目の前の黒髪、黒い瞳の兄弟を見る。
多分、情報国家の国王陛下の目的はわたしじゃなくて、この二人だと思う。
わたしが行くなら、彼らは付いてくるだろうから。
「ローダンセ……、落ち着くのか?」
「いや、無理だろう」
「そうなると、別に来なくても良いって解釈をとっても良いと思うか?」
「何をもって落ち着くと書いたのかが分からんな」
その護衛兄弟たちは協議を始めた。
その題材となるものは、わたしが読んだ手紙だけ。
しかも、完全に消失してしまっているのだ。
それでも、彼らは疑うことなく、話し合っている。
「栞、情報国家の国王陛下からの文章を思い出せるだけ思い出してくれないか?」
「最初の宛名と最後の署名はシルヴァーレン大陸言語だったけれど、本文は日本語で書かれていた」
「「は?」」
質問してきた九十九だけでなく、雄也さんまで驚いたのが分かる。
「綺麗な漢字と平仮名だったよ」
本当にどこで勉強したのでしょうね?
流石に本人が人間界に行くことはないだろうから、誰かが教えたのだとは思うのだけど、それもちょっと意外だった。
自分との文通や九十九からの報告、実際、会った時の感想から、あの情報国家の国王陛下が、誰かに頼むというのが、ちょっと想像できなかったのだ。
「つまり、本気ってことだな」
「ほへ?」
「そうだろうな。僅かな誤解も起きぬよう、相手の国の言葉で文書を作成したのだろう」
九十九の言葉に雄也さんが難しい顔で応じる。
だけど、差出人が相手の国の言葉を間違って書いてしまったら結局、一緒なのではないだろうか?
日本語だって、同じ言葉で真逆の意味も少なくない。
よく聞くのが「結構です」という言葉だ。
お断りの意味と、満足して承知するという意味に解釈できる。
まあ、これは「結構」という単語に満足、完璧、十分、これ以上必要ないって意味があるためだろう。
尤も、手紙を読んだ限り、情報国家の国王陛下に限ってそんなことはないと思う。
寧ろ、相手を嵌めるために、積極的にいろいろな意味に取れる言葉を使いそうで怖い。
情報国家の国王陛下の手紙の内容はこうだった。
***
このような文を自分の息子より年若い栞嬢に送るなど、恥ずべきことではあるが、決していい加減な気持ちからではないことを、先に明記しておく。
事前に、栞嬢の従者にこちらの状況については伝えたつもりなので、それを前提として話を進めさせてほしい。
万一、聞いていなければ、職務怠慢だと伝えておいてくれ。
現在、栞嬢を取り巻く情勢は心安らかなものではないだろう。
その原因が、子の気持ちを無視した両親の勝手な行いにあるのは明確な事実ではあるが、それぞれが其方のことを考えた末の言動であることは理解している。
そのため、友人であっても第三者である我が身は余計な口を挟むつもりはない。
だから、両親とは別の方法で栞嬢を守らせてほしい。
どの国であっても、貴族子息では其方を守ることはできないだろう。
それよりは、我が許に収まることをお勧めする。
当初は養子縁組も考えたのだが、自分の立場上、逆に良からぬ輩を引き寄せる可能性が高いため、愚考した次第だ。
何より、其方の実の両親は、やはり、いい気はしないだろうからな。
それに、栞嬢は魅力的な女性だ。
我が子とするよりも我が妻としたい。
勿論、そのことで別の苦労を掛けることもあるとは思うが、これ以上に、其方を守る場所はないだろうと自負している。
既に、傍に置くことに慣れた護衛たちもいるようだからな。
奴らが異性であることは気にかかるが、考えようによっては同性のように栞嬢の足を引っ張ることは少ないだろう。
その者たちも傍に置いたままで良い。
だから、少しは検討してくれないだろうか?
尤も、ローダンセの事情も耳に入っている。
幸運にも栞嬢に選ばれた相手は、カルセオラリアの王族の血を引く者だと聞いているが、ローダンセではその才も活かせないだろう。
勿体ないことだ。
栞嬢が望むなら、その男を連れてきても良い。
魔力が強く有能な人間を我が国は歓迎する。
だが、急な申し入れであるため、すぐに心が決まるとも思っていない。
そうだな。
後、一年もすればローダンセは落ち着くだろう。
その後に栞嬢の口から直接、答えを聞かせて欲しい。
イースターカクタスにて待っている。
***
こんな文章だった。
その後に結びの言葉と署名が入っている。
勿論、自分の記憶だ。
だから、細部は違うだろう。
だが、普通の文章で、綺麗な文字で書かれていたため、そこまで覚えにくいものでもなかった。
「あのエロ親父め」
「年も弁えぬ四十路越えが」
案の定、護衛たちからの評判は良くないです。
しかし、四十路越えは事実だから仕方ないにしても、エロ要素はなかったと思う。
「それでも、セントポーリア国王陛下を通じて渡された正式な求婚ではある。だから、栞ちゃんの考えを聞かせて欲しい」
「正直、情報国家の国王陛下の妻……、継室は無理だと思います」
あまりにも背負うものが重すぎる。
「ただ、情報国家の国王が書いていた通り、貴族子息の正妻よりもずっと立場が強くなり、どの国の王子たちも、いや、国王たちすら手が出せない立場、地位は手に入るよ?」
「兄貴!?」
「事実だ」
雄也さんの言っている意味は分かる。
後妻であっても、国王の妻……、「妃」と呼ばれる立場なのだ。
それが公表されたなら、どの国だって、わたしに手は出せなくなるだろう。
「それでも、それに見合う責任を背負う自信がありません」
「それは確かにそうだろうね」
それでも、護衛たちどころか、アーキスフィーロさままで連れてきて良いと言われるとは思っていなかった。
九十九からの報告書は護衛のことしか書かれていなかったから。
申し出を受ければ、あの方を国から出すことが容易になるだろう。
だけど、「妃」……。
「それに、年齢差が大きすぎて、嫌悪感が先立ちました。だから、無理です」
「ふっ!!」
「あ?」
わたしの言葉に雄也さんが吹き出し、九十九は眉間に皺を寄せた。
「確かに見た目は二十代で通じる容姿だと思いますが、実際は四十代中盤ですよね? 自分の親よりも上なんですよ? それを知っていて、妻になるって相当難しいとは思いませんか? 年齢差、完全に親子ですよ!?」
世の中にはそれだけの年齢差があっても結婚する人がいるのは知っている。
始めからその年齢差だと知らずに相手を愛してしまったなら、それはそれで有りなのだろう。
だが、わたしは始めからその年齢差だと知って接したのだ。
その時点で、始めから分厚い壁があったり、線を引いたりしていたのだと思う。
「それは……」
雄也さんが肩を震わせている。
かなり笑いを堪えているようと頑張っているが、堪えきれていないらしい。
「年齢を知らなければ考えたか?」
それとは対照的に、九十九は難しい顔をしている。
「そこは、分かんない。でも、先に年齢が頭をちらついちゃうんだよ」
「年の差の婚姻は王侯貴族では珍しくねえ。セントポーリアでも昔は、よくあった」
九十九がそんなことを言う。
確かにセントポーリアの王族たちを見ていると、血族婚に拘っていたために、年の差婚はたまにあったようだ。
親子の年齢差どころか、後妻さんが孫ほど離れていたり、直系ではなかったようだが、女性の方が母親の年齢を超えていたりということもあったらしい。
その上、兄妹、親子などの近親婚もあったから、セントポーリアの王族は短命が多かったのだと思う。
若年出産は母胎ができていないため早産になりやすく、高齢出産は卵子の質が低下すると婦人科系の本を読んだ時に知った。
それに、あまりにも近すぎる婚姻によって生まれた子は染色体異常になることもあるんじゃなかったっけ?
わたしが読んだことがある少女漫画にも、主人公の緑の瞳が金色がかっているのは、近親相姦の結果によるものって設定があった。
今にして思えば、漫画の設定とはいえ、なかなか酷い出自である。
いや、わたし自身も漫画の設定みたいな生まれなんだけど。
「つまり、情報国家の国王陛下の話に乗れと?」
「そうは言ってねえよ。お前が無理だって言いたくなるのは当然だ。四捨五入すると五十路だぞ? 人間界でいえば中高年の親父が女子大生になりたての女に手を出そうとしているようなもんだ。オレだって気色悪いって思う」
ああ、それで九十九は「エロ親父」って言ってるのか。
それでも、わざわざ四捨五入して年齢を上げるのはかわいそうだと思う。
あの国王陛下なら笑い飛ばしそうだけど。
でも、女子大生……。
そっか、わたし、もうそんな年齢なんだ。
「別に賛成ってわけじゃないのか」
「何故、賛成できると思った? オレだって、四十越えの年増女から誘われたくねえ」
九十九はやはり、口が悪い。
四十超えの女性から迫られる九十九。
……。
…………。
………………。
ありそうで困った。
九十九は母親世代から可愛がられそうなイメージがある。
いや、そんな現場にお目にかかったことは流石にないけど。
この護衛兄弟は、男性接客従業員の御仕事でも財産を築きそうな容姿と声だから困るよね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。