Mission Impossible
「イースターカクタス国王陛下よりセントポーリア国王陛下に宛てられた外交文書の中にあった栞様宛のものだよ」
雄也さんからそう言って、黄色い封書を手渡される。
「セントポーリア国王陛下より、ある程度、内容は伺っている。但し、実際、この書簡内に何が書かれているのかは、俺も知らない。複製防止、名宛人以外の開封禁止の措置が施されていて、セントポーリア国王陛下すら、開けられないものだからね」
そこまで、徹底した処理がされた封書が……、平和なものであるはずがない。
「つまり、これは、例の継妃の申し入れと言うことでは?」
「昨日、セントポーリア国王陛下に極秘文書として送りつけられた書類は、必要事項が記入、署名され全て調っていたそうだ。つまり、正式な求婚と言うことだね」
「こ、これこそ……、お断りすることは……」
頭が真っ白で、叫ぶことすらできなかった。
声が……、いや、身体全身が震えている。
思っていた以上に行動が早い。
しかし、そこまでしたなら、情報国家の国王陛下は本気だということだ。
「セントポーリア国王陛下は、それらの書類を見るなり引き裂いたらしい」
「はへ?」
今、なんて?
「ここ数日の、度重なるストレスでイライラしていたんだろうね。魔法を使わず、物理的な処理を行う陛下の姿を久しぶりに見たと千歳様は言っておられたよ」
「それって、大丈夫なんですか!?」
一応、国家間の話になるのではないだろうか?
国王から国王宛に送られた文書だよね?
「大丈夫だよ。書類そのものは、復元したらしいから」
「はい?」
今、不思議な言葉を聞いたような気がする。
「陛下が引き裂いた後、六十分刻もかからず、書類は元に戻ったらしい。何度、やっても同じだったらしいから、陛下の行動は読まれており、復元魔法でも施されていたのかもしれないね」
なんて、用意周到なんだ?
情報国家の国王陛下は。
そして、何度も引き裂いたんですね?
セントポーリア国王陛下は。
「陛下の魔法でも、復元したらしいから相当だったんだろうね。最終的に神剣ドラオウスを持ち出そうとされたから、流石に、千歳様が慌てて止めたそうだけど」
「それは……」
どれだけ頭に血が上っていらっしゃったのでしょうか?
「その様子からセントポーリア国王陛下の出した結論は断る一択だったようだ。だけど、千歳様は違う。娘の判断に任せると仰せだ」
「母が……」
「一応、正式な文書として調えられた書類だったからね。当人に見せず、第三者が判断するのはおかしいとのことだよ」
第三者……。
それを判断したのは、国の頂点であり、一応、わたしの父親なので、本当の意味では立派に関係者なのではないでしょうか?
母はどれだけ頑なに認めたくないのか。
いや、分かっているよ。
わたしのために認められないのは。
認めてしまえば、セントポーリアの問題に巻き込まれることになるから。
それでも、そこまで激しい拒絶は、セントポーリア国王陛下がちょっとかわいそうになってくる。
だけど、今、考えるべきはそこじゃない。
「セントポーリア国王陛下すら開けられないってことは、これはわたし専用ってことですか?」
「そうなるね。情報国家の国王陛下から先に届いた伝書に取り扱い方法が書いてあったらしい。複製もできず、名宛人以外が開封、読むこともできない特殊な文書を使いの者に渡すから、確認しろと」
開封もだけど、読むことすらできないのか。
「その時点で、セントポーリア国王陛下は嫌な予感がしたらしい」
「それはそうでしょう」
情報国家の国王陛下がそこまでするような文書が普通であるはずがない。
警戒するのは当然だろう。
「そんなわけで、栞ちゃん。ソレを読んでもらえるかい?」
「はい」
しかし、情報国家の国王陛下はわたしの護衛たちのことを知っている。
専属侍女のことも知っていた。
彼らの前で読む可能性について、考えないはずはないだろう。
あるいは、彼らの前で読めってことだろうか?
「九十九、ごめん。ハサミある?」
「あ? ああ」
中に入っているのがどんな物か分からないけれど、開封は……?
「あれ?」
九十九から渡されたハサミが……、切れない。
文字通り、歯が立たないのだ。
封筒の上部にハサミをいれるものの、硬くはなく、軟らかくて手応えがなくて、紙がゴムのようにぐにょんとなる。
まるで、見えない何かに阻まれているような不自然な動きと感触だった。
「切れない」
「本当にお前の手で開封しろってことか」
「え? 破るってこと?」
わたしが確認すると、九十九も雄也さんも頷いた。
「…………」
わたしは絵が描ける。
縫い物もできる。
だが、器用な人間ではない。
具体的には、プレゼントなどの包装紙を開封する時、少しだけセロハンテープを剥がす際、ちょっとだけ包装紙がくっついてしまうような、そんな微妙に不器用な人間なのである。
つまりは、封書を自分の手で破って開封して、中身が無事な状態で出せる気がしない。
魔法?
魔法を使う?
そんな考えも少し思い浮かんだが、情報国家の国王陛下の考えは違うだろう。
仕方なく、端からチビチビと破っていくことにした。
そして、案の定、途中までは良かったのに、最後の最後で、大きく斜めに破れてしまった。
わたしには慎重さが足りないらしい。
「ん?」
―――― 忠告その1、この書簡は音読しないこと
―――― 忠告その2、この書簡を何かに書き写さないこと
―――― 忠告その3、以上の2点を必ず、守ること
―――― もし、それらが守らなければ、その時は…………
折りたたまれた便箋にそんな紙が挟まっていた。
なんだろう?
このミステリー小説でよくありそうな出だしは……。
意味深な「…………」の後に何も書かれていない辺り、ホラー小説でもありそうな演出だ。
こう、忠告を無視した後に、じわじわと表示されるんだよね。
「どうした?」
「ああ、うん。注意書きが書かれている。この手紙を声に出して読むな、写し取るなってさ」
そのまま読むのは躊躇われた。
この忠告にもその注意書きが適用されてしまう気がして。
「周到だな」
九十九の言う通りだ。
それだけ、他者に読まれたくないものなのだろう。
そうなると、記憶しなければならない。
しかも、黙読で。
音読の方が記憶に残りやすいのに。
書写も許されないとか、なかなか記憶力を試されている気がする。
しかも、シルヴァーレン大陸言語か、ライファス大陸言語で書かれている文章を?
大事な部分だけはなんとか覚えておかなければならない。
わたしはそう覚悟して、三つ折りになった紙を開く。
―――― Gentillissima Signora Lasciares=Verona=Saintpaulia.
その手紙は、そんな文章から始まっていた。
やはり、情報国家の国王陛下は、わたしの魔名を知っていたらしい。
母が言うとは思えない。
そうなると、セントポーリア国王陛下か、ミヤドリードさんからの情報だろう。
先に九十九から魔名を聞いていて良かったと心底思った。
モレナさまの時も、今も、絶対に疑問符を浮かべる所だったから。
だけど、その下には驚いた。
書き出しは、シルヴァーレン大陸言語である。
ライファス大陸言語ではなかった。
「Dear」ではなく、「Gentillissima Signora」から始まっていることからも、それは明らかだろう。
だが、途中の文字は……、日本語だったのだ。
いや、どれだけ調べているの?
しかも、字もお上手。
文章もおかしくないし、わたしが誤解する余地もない。
そして、最後の署名である……。
―――― Da Grease=Natoria=Eastercactus.
……という文字を読んだ直後。
「ふわっ!?」
「栞!?」
「栞ちゃん!?」
わたしの手にあった紙が黄色い炎を上げて、燃え尽きてしまったのだ。
それも、後には灰すら残さずに。
「こ、これは……」
頭の中で、「なお、このテープは自動的に消滅する」などという謎の言葉が自動再生される。
だけど、せめて、何かの予告をください! 情報国家の国王陛下!!
リアルでそれをやられるのって、本当に怖かったです。
いや、テープじゃないし、煙も爆発もなかったし、炎も全く熱くはなかったのだけど!!
「隠蔽魔法か?」
「分からん。だが、今のは実に興味深い仕掛けだな」
そして、情報国家の王族の血が流れる二人も変に興味を持って、先ほどまで手紙を持っていたわたしの手を見ている。
今の衝撃でいろいろ吹っ飛びそうになった。
内容的に忘れることはないだろうけど、なんとかそれらが頭から飛び出さないように、先ほどの手紙の内容を胸の奥深くに刻み込むのだった。
サブタイトルでオチまで読めた方は拍手です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




