王子たちからの乱文
「それぞれの王子殿下たちからの申し入れは理解できた?」
「どの王子殿下たちも、わたしの都合やアーキスフィーロさまのことを、全く何も考えていないことはよく分かりました」
だけど、先に雄也さんが言った「ロットベルク家を潰す」などという物騒な言葉は何も書かれていないように思えた。
「では、次の物を置こう」
そう言って、雄也さんは先ほど王子たちのお手紙を並べた時と同じように、四通の封書を並べていく。
「これは……」
そして、わたしも気付く。
その封書には先ほどと同じ印象が押されていることに。
「これらは、アーキスフィーロ様に宛てられたものだよ」
「へ?」
何故、そんなものを雄也さんが持っていらっしゃるのでしょうか!?
アーキスフィーロさま宛?
それをわたしが読んでも良いの?
個人的な手紙ですよね?
「アーキスフィーロ様に許可を取った上で、セヴェロ殿から渡されたものだよ」
本人から許可を取って、しかも、セヴェロさんが雄也さんに渡したってことは、読めということだろう。
「二人とも、栞ちゃんも読んだ方が良いと判断してくれたようだ」
確かに、アーキスフィーロさまの意思もあるのなら読まない理由もないか。
そう思って第二王子殿下の手紙を読みだす……、が……。
「雄也」
「なんだい?」
「アーキスフィーロさま宛のこの手紙は何部複製されていますか?」
まずは確認。
「10部だね」
「それなら、魔法の練習をしても良いですか?」
「存分に」
許可は下りた。
いや、わたし宛への手紙以上に複製されているのだから、雄也さんは予測していたのかもしれない。
「シュレッダー」
そう口にしながら、人間界の機械を思い出す。
ザキョザキョザキョと奇妙な音を立てて、手紙だった紙はその端からどんどん細切れになっていく。
「お前は機械の再現までできるのか」
「いや、細かくするなら、シュレッダーだよねと思ったら、こうなった」
指で摘まんだ紙の、反対側から削るように細切れになっていくその姿は、まさに紙をシュレッダーに掛けた時によく似ていた。
「指先が触れている上部ではなく、下部から刻まれていくのは不思議だね」
「多分、離れた場所に風刃魔法に似たモノを発生させているな」
「とりあえず、次はもっと掃除しやすい形でお願いしたいところだね」
雄也さんが言うように、わたしが使った「細切れな魔法」は、床に紙片が散らばってしまった。
しかし、この様子だと、次があるらしい。
「受け皿がいるか?」
「いや、イメージがシュレッダー処理ならば、箱の方が良さそうだ」
次回の後始末まで考える兄弟。
いや、これはわたしが悪かった。
わざわざ魔法を使うほどのことでもないのに。
「そんなに酷いことが書かれていたのか?」
「うん」
酷かった。
わたしに対する内容が違うのは理解できる。
理解できるけど、これは確かに、アーキスフィーロさまとロットベルク家に対する脅しでしかない。
「要約すると、お前に『ヴィーシニャの精霊』など勿体ないから、潔く、俺に渡せ。今ならば互いに傷は浅い。『ヴィーシニャの精霊』が穢されてからでは遅い。そして、二度と関わるな。それが果たされなければ、ロットベルク家は今代で潰れる」
「あ?」
わたしの言葉に九十九が固まった。
本当はまだいろいろ書いてあったのだ。
だけど、要約すればそんな話だった。
アーキスフィーロさま本人は、一体、どんな気持ちでこの手紙を読んだのだろうか?
「お前も読むか?」
そう言いながら、雄也さんは九十九にも手紙を数通渡す。
数が多く見えたから、多分、それぞれの王子殿下がわたしに宛てたモノと、アーキスフィーロさまに宛てたモノを同時に渡したのだろう。
わたしは次の手紙……、第三王子殿下が書いたものを読む。
意外にも、こちらは、全部直筆のようだった。
だが、最初の数行で誤字を発見。
いや、これは全体的に誤字だと思いたい。
先ほどの第二王子殿下からの手紙はまだマシだったらしい。
いくら何でも、これは王族が書く手紙ではないだろう。
「第三王子の文章には、品がないな」
「その方が脅迫文らしいとは思わないか?」
「ただの犯行予告じゃねえか」
わたしが頭を抱えたりしている間に、九十九は第二王子殿下の文章を読み上げて、既に第三王子殿下の手紙を読み始めている。
早くない?
いや、それだけ、わたしが思考を停止させた時間が長かったのかもしれない。
お前の家に来た女を寄越せ。
ヴィバルダスからの命令を何度も拒否したらしいな?
お前は何様だ?
呪われた黒公子の分際で。
お前に関わることで不幸になる女の姿をまた見たいようだな?
今度は女だけでなく、家も不幸になるかもしれないな?
ヴィバルダスを除いた家人の不審死とかどうだ?
呪われた黒公子の家系らしい末路だろ?
ああ、分かっていると思うが、誰にも言うなよ?
勿論、ヴィバルダスにもだ。
お前と違って俺は人望があるからな。
ロットベルク家で家人に何かあっても疑われるのはお前しかいないのだ。
それが嫌なら、分かるだろ?
お前の女は飽きるまでは可愛がってやるよ。
だから、俺を飽きさせないように仕込んでおけ。
……確かに犯行予告だ。
この第三王子殿下はお馬鹿さんらしい。
何故、この手紙を直筆で書いたのか?
そして、わたしに宛てた手紙よりも、文章の繋がりはまだマシだった。
犯人が特定しやすいにも程がある。
いや、この書き方だと、容疑者となるのは、アーキスフィーロさまよりも、ただ一人害のないヴィバルダスさまの方か。
不審死狙いなら、魔法よりも毒殺系だろう。
だが、カルセオラリアの王族もいる間に?
本当に度を突き抜けたお馬鹿さんはいるらしい。
トルクスタン王子には忍びのような護衛たちもいる。
雄也さんのことだから、これもトルクスタン王子に渡していることだろう。
警戒心を引き上げるには都合が良い。
それに、ロットベルク家は呆れるほどどうしようもない面が目立つが、一応、カルセオラリアの縁戚なのだ。
それに手を出す愚は、ちゃんと理解させる必要もある。
尤も、ただの脅しで終わる可能性もあるけどね。
「第四王子殿下もなかなかだな」
「へ?」
九十九の言葉にわたしは、慌てて第四王子殿下からアーキスフィーロさまに宛てられた手紙を読む。
こっちは、代筆のようだ。
わたしへの手紙と文字が違う。
内容を要約すると、優れた腕を持つ女性を、大事にするから譲ってほしい。
その願いが果たされなければ、ロットベルク家は遠からず内部から崩壊するだろう。
そうなる前に、女性を手放すことをお勧めする。
それが、ロットベルク家にとっては追い風になるはずだ。
……なんだろう?
この予言。
しかも、内部からか。
可能性としては高い気がするため、なんとも言えない気分になる。
「第五王子は……、まだ、マシか?」
そうなのか。
九十九はわたしが第四王子殿下の手紙を読むのを待ってから、言葉を口にしたようだ。
そして、第五王子殿下の封書に手を伸ばす。
九十九はマシだと言ったけれど、なんとなく、この手紙が一番、嫌な予感がした。
親愛なるアーキスフィーロ。
ボクはずっとキミのことを良い友人だと思っていた。
この書き出しから、既に、引き裂きたくなった。
本当に友人だと思うなら、何故、一度も、契約の間に来ないのか?
アーキスフィーロさまの登城は三日に一度なのだ。
その間、ずっと来ているのは、第二王子殿下ぐらいで、第四王子殿下だって一度しか来ていない。
第三王子殿下と第五王子殿下は一度だって、あの契約の間に姿を見せることがなかった。
だが、違った。
キミは本当に酷い男だね。
何故、全く関係のない高田さんをキミの家の都合に巻き込んだ?
ボクはそれが許せない。
キミはあの時から何も反省していないじゃないか。
彼女も同じ目に遭わせる気なのか?
同じ目?
何のことだろう。
ロットベルク家はおかしい。
キミの扱いからもそれは明らかだ。
そんな家にどうして彼女を誘い込んだ?
厄介なことに、最近、兄たちがロットベルク家を潰す方法を画策しだしている。
このままでは遠からず、国王陛下も動き出すだろう。
だから、その前に高田さんをロットベルク家から逃がしてあげてほしい。
彼女一人ぐらいなら、ボクでも守れる。
ボクはキミたちを守ることはできなかった。
だけど、少なくとも潰されるロットベルク家よりはマシだと思う。
決意したなら、連絡がほしい。
きっと悪いようにはしないから。
良い答えを期待しているよ、アーキスフィーロ。
心を込めて ジュニファス=マセバツ=ローダンセより
人間界風の書き方だった。
しかも、文字は日本語である。
尤も、日本の手紙の書き方と違い、冒頭の挨拶と結語はちょっと欧州風だとは思うけれど、そこまでおかしくはない。
そして、その文字がウォルダンテ大陸言語ではなく、日本語であることからも、本人の直筆で間違いないだろう。
だけど、アーキスフィーロさまの人の好さに付け込むような内容なのが気に食わない。
そして、随分、わたしに宛てたものとも違う。
ウォルダンテ大陸言語で書くよりも日本語の文章の方が分かりやすい。
今度から、わたし宛にもそう書くようにお願いしたいほどに。
だけど、わたしには謙って、アーキスフィーロさまとの仲立ちを頼むような内容なのに、アーキスフィーロさまに宛てたものはあの人を見下すような物の言い方をしているところも、イライラの要因かもしれない。
まあ、呪いとか黒公子とか本人に書いていないし、他の手紙に比べれば幾分、マシな気がしなくもないけれど……。
それでも胸の内が落ち着かないのは何故だろう?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




