王子たちからの手紙
ローダンセの王子たちからお手紙をいただくのは初めてではない。
あのでびゅたんとぼ~るで目立ってしまったから。
だけど、庶民相手に手紙を書く、文字を読ませるというのは実際、かなりおかしなことではあるのだ。
このローダンセは庶民の識字率はそこまで高くない。
だから、「学舎」の話がいろいろ問題になってくる。
これまで、文字を覚えなくても生きていけた。
それなのに、文字を覚える必要があるのか? という話だ。
契約のために、自ら魔法書とかを見る必要がある王侯貴族は文字を読めないといけないが、必要な生活魔法だけを聖堂で契約する庶民には文字を覚えなくても良いという考え方らしい。
そして、庶民には代読……、自分に宛てられた手紙を別の人の読んでもらうなんて発想がまずない。
つまり、庶民であるわたしにお手紙を出すってことは、王族でありながら、そんな庶民のことを知らないと言っているに等しいのだ。
尤も、わたしは既に何度かお手紙をいただいており、その都度、返信も行っているから、文字は読めると思われているのだろうけど。
但し、庶民でも数字だけは覚えている人が多いらしい。
お店で買い物をする時は必要だからね。
そして、庶民は基本的な四則計算に関しては、お貴族さまよりも早い者が多いらしい。
お貴族さまには計算など必要ないと思われているそうな。
なんだろう、その、数学は現実に必要ないから、覚えるのは算数だけで良いっていう思考停止な考え方は……。
もっと頑張れ、お貴族さま。
自分たちの税金とかの計算を全て家の執事さん? 家宰さん? とかにお任せしすぎると、横領の元ですよ?
まあ、ロットベルク家のように全てを第二子息に任せすぎているのもちょっと考えものではある。
アーキスフィーロさまは事務仕事が苦手って話だったけど、計算が物凄く早い。
雄也さんや九十九、わたしは筆算型だが、アーキスフィーロさまは珠算型と言って良いだろう。
この世界、電卓はないが、算盤に似た計算機があるのだ。
やはり、道具を使って楽をしたいのは、何処の世界も同じらしい。
その使い方がかなり速く、雄也さんが褒めていたほどだから、相当だと思う。
「因みに、その書簡の複製品をトルクに見せたら、背後から覗き込んでいたワインレッドの髪色をした《・》美女から笑顔で燃されてしまったんだよ」
真央先輩は、拡散石と呼ばれるちょっと変わった魔石を使うことで、魔法を使えるようになっている。
まだ練習中らしいため、室内で火系統の魔法を使うは止めた方が良いと思うのは、わたしだけでしょうか?
「そして、セントポーリア国王陛下にも同様の品をお渡ししたら、笑顔で細切れにされてしまった。陛下があんな繊細な風魔法を使う姿を見たのは初めてだったよ」
いつの間に!?
いや、わたしが寝こけている間にか。
細切れ……、シュレッダー?
確かに、封書を細かく裁断するような魔法を使うセントポーリア国王陛下の姿はあまり想像できない。
「1通辺り、何部複製したんだ?」
九十九が雄也さんに確認する。
この様子だと、その手紙を読んだ人が荒れると思って、念のために複製したことは分かるけど……。
「先の二人に加えて、婚約者候補であるアーキスフィーロ様に渡す用、大神官猊下に渡す用、母親である千歳様に渡した物、予備を含めて……、7部だな」
思ったよりも多かった!?
5部くらいだと思っていた。
いや、情報共有するために渡す人数が多いのか。
わたしには保護者が多すぎる!!
つまり、ここにあるのは、その中の一部らしい。
いや、よくよく考えれば報告だけで事足りるのに、手紙を複製する必要はないとも思う。
まあ、魔法で複製しているのだから、用紙代とか印刷費用はかかっていないから、気にしなくて良い……のかな?
「オレが読んだ中には、含まれてなかったようだが……」
「王族からの書簡は、その綴りに保存しなかったからな」
つまり、九十九は読んでいないと言うことになる。
「高貴なる方々と、その辺りの有象無象からの手紙を同一に扱えるはずがないだろう?」
確か、わたし宛に届いたのは、あの花の宴と呼ばれた舞踏会と仮面舞踏会の参加者からのお手紙である。
つまり貴族やその婦人、子女だ。
それを有象無象扱い。
九十九も口は悪いが、雄也さんもかなり悪いと思う。
それでもローダンセ王族に対する敬意のようなものが、全くないわけではないようだ。
「問題を起こすのは、間違いなくこの辺りだろうからね」
違った。
警戒指数が高いだけだったようだ。
そして、口に出したのは分かりやすい理由だったけど、実は裏にも何かありそうだ。
「貴族の方がやらかす率は高いんじゃねえか?」
わたしもそう思う。
「敵に回ると面倒なのはどちらだ?」
「間違いなく王族だな。了解、これらの分別の意味は理解した」
既に、王族以外のお手紙を確認した九十九がそう答える。
「断るというのは分かったけれど、内容の確認はするかい?」
「一応、読ませてください」
そう言いながら、第二王子殿下の印章がついたものを手に取る。
第二王子殿下の文章はとにかく、熱いし厚い。
勢いを感じる。
だけど、相手のことを考えない。
自分が良いと思ったことを、その相手にも押し付けるような感じが多い。
だが、意外にも文字は丁寧なのだ。
読みやすく、誤字がない。
そして、わたし宛に書くものは、必ず、直筆である。
今回の物もそんな感じだった。
内容を要約すれば、わたしに身分がないから、正妻にはできない。
だが、ロットベルク家第二子息よりは絶対に守れるものは多い、と。
言い分としては納得できる。
この方が言いたいのは、単純な強さではなく、立場的な話だろう。
だけど、正妻となる女性よりも大事にする……は、駄目だろう。
正妻となる女性の立場がない。
裏表がない部分は、人として美徳かもしれないが、王族としてはマイナスだ。
王族が感情を優先し、それらを全面に出さないで欲しい、と思ってしまう。
わたしはこの方以外の王族を知っているから。
第三王子は分かりやすく代筆である。
毎回、最後の署名と本文の文字が全く違うから。
流石に王族からの手紙として、その署名まで代筆はさせられなかったのだと思う。
そして、毎度のことながら美辞麗句が並んでいる。
女性を褒めて、持ち上げているようで、チラリと漏れ出ている女性蔑視の言葉。
要約すると、このままロットベルク家に飼われるよりは、王族の庇護を受けることによって、女性としての美しさを云々……。
完全に自分の世界である。
これは確かにヴィバルダスさまと気が合いそうだ。
そして、アーキスフィーロさまのことを「黒公子」と書いている辺りも、アイナスでしかない。
それにしても、この文中にある「無表情で会話もなく、女を喜ばせることができない男」って、一体、誰のことなのでしょうね?
アーキスフィーロさまは無表情でも無口でもない。
中学時代、口数は少なかったけれど、無表情だったかと問われたら、今にして思えばそこまででもない。
よく見ていると表情は確かに変化しているのだ。
それも、大神官モードの恭哉兄ちゃんよりはずっと分かりやすい。
中学時代のわたしは見る目がなかったってことだろう。
まあ、同じクラスになったのも一度きりだったし、そこそこ人数の多い中学校で、部活も違えば接点なんてほとんどない。
あまり接する機会が多くなかった同級生で、数年経った後でも、顔と名前が一致しているだけマシだとも思う。
第四王子殿下は丁寧な直筆文字で、文章自体も纏まっている。
一番、読みやすい。
要約すると、この先も援助するから自分の側でアンゴラウサギの絵を描き続けて欲しいという内容。
これは、どちらかというと側妻というよりも、芸術家支援者と呼ばれるやつではないだろうか?
しかも、わたしの絵からあのアンゴラウサギ仮面を作り出したらしい。
自分が使うつもりだったが、国王陛下から奪われたそうな。
いや、国王陛下は自分の息子の力作を奪わないでください。
だけど、あの仮面を近くでしっかり見て欲しかったと書いている辺り、わたしがあの仮面舞踏会に参加したことは、もしかしたら、知らないのかもしれない。
多分、あの仮面をあの会場内にいた貴婦人や御令嬢たちの中で、最も、至近距離で見ることができたのは、アンゴラウサギ仮面さまと踊ったわたしぐらいだろう。
そして、第五王子殿下からの手紙は、字は読みやすいけど、ちょっと文章の前後が不思議なつながりを持っている気がする。
多分、言いたいことを上手く纏められないのかな? って、感じの文章だった。
内容としては、アーキスフィーロさまの登城回数を増やして、ついでにまた会えるように手配して、さらに仕事の手助けをして、昔のような関係に戻らせてくれたら、貴女を優遇しますけど、どうでしょう? 無理ですよね? 分かっているんですけど、諦められないのです、お願いします、自分を哀れと思うなら! という感じ。
一つの文章に情報を盛り込み過ぎで、自己完結型。
これも側妻の申し入れというよりも、本命はわたしではなく、アーキスフィーロさまなんじゃないかな?
ただ、その中にもちょっと気になる文章があった。
―――― アーキスフィーロの相手は高田さんが不幸になるから、早めに別れた方が良いよ
そんな言葉が、日本語で書かれていたのだ。
多分、ロットベルク家で誰かの目に入る可能性もあるために、そんな風に書いたのだと思う。
だけど、残念!!
わたしの専属侍女……、いや、今は護衛の二人は日本語も読めてしまうのです!!
でも、不幸……、ねえ。
第五王子殿下はアーキスフィーロさまの人となりを他の王子殿下よりも知っていると思うのに、何故、そう思うのだろうか?
まさか、本当に「呪い」だと思っている?
第五王子殿下からの手紙を読んだわたしは、そんな風にモヤモヤした気持ちを抱え込んだのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。