命あってのものだね?
命に別状はなかったけれど……の概要。
あまり良い内容ではないので、読み飛ばしても問題はありません。
次話から新たな章になります。
ロットベルク家に滞在することが決定した初日から、いろいろあった。
本当にいろいろあったのだ。
いや、本当にあり得ねえだろうって思うぐらい、信じられねえことが立て続けにあったのだ。
まず、王族を迎え入れる体制が全く整っていなかったことに驚いた。
事前に行く日時を先方には伝えていたにも関わらず……だ。
歓迎しろというつもりはない。
だが、いろいろ貴族の屋敷として……、というよりも、人としてありえなかった。
この家は客人を招いたこともないのか?
そう思うしかなかった。
新興貴族とは聞いていたが、この時点で、オレがこの家に不信感を抱くには十分すぎるだろう。
―――― こんな家に栞が?
本人にその気があれば、王族にも嫁げるのに?
いや、王族が良いってわけじゃねえんだ。
だが、選ぶことができるのに、わざわざこんな酷い家に嫁ぐのはおかしいだろう?
相手はトルクスタン王子の親戚であり、カルセオラリアからの紹介であることも承知だが、いくらなんでもこれは酷過ぎる。
使用人を含めて、仕えている人間を見れば、その家のことはある程度、分かる。
教育、教養があるか、ないか。
他者に指導ができるか、どうか。
何より、品格を意識できるか、どうか。
そういった意味では、この家はトルクスタン王子には悪いが、外れだろう。
いや、このトルクスタン王子の表情を見ても分かる。
ここまで酷いとは思っていなかったらしい。
たまにしか会わなければ、そんなものなのかもしれない。
しかも、基本、話す時は通信珠だったはずだ。
それでも、ここまで取り繕うこともしていない状態を見せつけられるとは思わなかったけどな。
だが、オレの立場はこんな家にすら勝てないのだ。
トルクスタン王子から、カルセオラリアの王城貴族という肩書きを貰うことができた。
だが、それでも栞を護るには全く足りない。
そのことをまざまざと見せつけられた気分だった。
その後はさらに酷かった。
どうやら、オレは、貴族の家ってやつを相当、なめていたらしい。
縁談相手と紹介された栞に対する侮辱ともとれる発言。
さらに重ねて一方的な条件の付き付け。
トルクスタン王子のお墨付きがあったとはいえ、魔力暴走に耐えられるかどうかを試すために、無抵抗の相手に容赦なく魔法をぶつけたのだ。
普通の女なら、それまでの仕打ちと合わせ技で、間違いなく激昂していたことだろう。
さらに腹立たしいのは、始めはトルクスタン王子の妹への話だったらしい。
婚約者がいるのに、解消させようとしたとも聞いている。
いろいろ失礼すぎるだろう。
カルセオラリアの王族を甘く見すぎだ。
さらに、馬鹿な当主と救いようのない長子。
次々に明かされていく非常識の数々。
そして、弟の婚約者候補として紹介された女に、自分の側妻になれと迫った挙句の返り討ち。
この時点でいろいろ腹いっぱいだったのに、子息の婚約者候補となりはしたが、王族の同行者であり、客人でもあるはずの栞の扱いがとにかく酷かった。
少なくとも、真っ当な貴族の邸内ではありえない失態の数々。
責任者は物理的に首をすっ飛ばされてもおかしくはなかった。
挙句、集団で下賤な輩に襲わせ、その相手を穢すように仕向けるとか。
到底、許せるものではなかった。
兄貴もそう思っていたのだろう。
だから、即、相応の罠を仕掛けた。
何もなければ、何も起こらない。
だが、何かを企てれば、ソレは容赦なく対象に対して牙を剥く。
そんな身の毛もよだつような罠を。
トルクスタン王子に宛がわれた客室には、貴族の館らしく、従者用の控えの間があった。
そこに兄貴は風属性の魔力が付加された魔石をいくつか置いたと聞いている。
その中には、まあ、とんでもなく貴い御方の魔力が付加された魔石もあった。
仕事の対価で貰ったらしい。
トルクスタン王子が言うには、通常、普通の人間は、魔力の気配について、属性の判別ぐらいしか分からないらしい。
誰の魔力の気配かを嗅ぎ分けることができる人間は、魔力に対してかなり鋭敏な感覚を持っているか、その相手と親しかったり近しかったりために感応症を受けて、その魔力を完全に記憶しているかのどちらかとなると言っていたのは真央さんだ。
つまり、トルクスタン王子の客室に侵入してきた人間は鈍かったらしい。
風属性の魔力の気配を頼りに、従者たちの控えの間へと忍び込み、兄貴が準備していた罠にあっさり嵌った。
その侵入者が一体、どんな凄惨な目に遭ったのかは、オレも分からない。
その時間帯は、そこにいなかったから。
ただ、栞の護衛のために離れていたオレが、その現場に呼び出され、気絶していた侵入者に対して治癒魔法を使うことになったのは確かだ。
さて、話は変わるが、このウォルダンテ大陸にも当然ながら、「ゆめの郷」と呼ばれる場所が存在する。
オレは詳しくないが、その中には、出張サービスと呼ばれるものがあるらしい。
「ゆめの郷」は一度、そこの娼婦や男妾として登録されたら、その区域へ出ることはできないと思っていたが、それは管理者によるそうだ。
ただオレが知る「トラオメルベ」は外に出ることが許されなかった。
それだけのことだ。
その出張サービスは、娼婦や男妾を「ゆめの郷」から、遠く離れた土地へ派遣するものではあるが、当然ながら、管理者による監視の目がある。
娼婦や男妾は「ゆめの郷」にとっては大事な商売道具だ。
だから、逃げ出さないような措置を施した上で、監視するための人間も付いてくるため、当然ながら、派遣料金は通常よりもド高くなる。
そんな高額のサービスをこのローダンセに来て間もないある男が利用したらしい。
それも、「男妾」ではなく、「男娼」と呼ばれる職業の人間を呼び寄せたそうだ。
この「ゆな」と呼ばれる職業は、その字面は同じだが、内容が全く違う。
異性相手ではなく同性専門の公娼なのだ。
同性に対して微塵もその気になれないオレからすると、割ととんでもない話だと思うのだが、世の中にはいろいろな需要というものがあるということだろう。
トルクスタン王子が言うには、単純に同性愛者が買うこともあるが、どちらかと言えば、王侯貴族が自分の配偶者や恋人に手を出したり、出そうとした間男に対して報復する手段として買うことの方が多いらしい。
情人に大事なモノを奪われた自身の雪辱を果たすためや、汚名を雪ぐためとはいえ、酷い返報もあったものだと思うが、それだけ、王侯貴族というのは面子ってやつを気にする。
「ゆめの郷」側も、そういった貴族的な事情は重々主知で、それ専用の置屋を持つ場所もあるそうだ。
この世界は、同性愛に対して寛容な国が多い。
身近な人間が同性愛者でも、相手に強要、無理強いをしない限り、何も問題としないのだ。
だが、ローダンセは同性愛を一切、認めない国であり、それが露見すれば、社会的にも処罰の対象となるらしい。
ローダンセ城下に蔓延っている「バラとひなげしの会」と呼ばれる同好の士の集いは、そんな抑圧された社会の歪から生まれたのかもしれない。
まあ、つまり、件の「男娼」は、他国の「ゆめの郷」からわざわざ呼び寄せたということである。
そして、そんなローダンセ城下の貴族街にあるとある屋敷に、今回、派遣されてきた男娼は、鼻持ちならない貴族をその手練手管で屈服させることが趣味だという玄人だったらしい。
始めからそんなヤツを指定したわけではなく、庶民の娘を暴力的に躾けようとした貴族子息がいるので復讐したいと「ゆめの郷」に説明したら、そんな貴族子息に相応しいお相手として派遣されただけのようだ。
トルクスタン王子が、水尾さんと真央さんを城下に避難させた本当の理由はお分かりいただけただろうか?
いくら、別室とはいえ、そんな状況で彼女たちを近くに置くわけにはいかなかった。
そして、あの長子がどんなバラ色の夢を見ることができたかはオレも知らない。
オレが知るのはその結果だけ。
だから、栞も何も知らないままで良い。
自分に対して良からぬことを企んだ男が、どんな地獄を体験したのか。
それを知る必要はないのだ。
聖女は「穢れ」を祓い、清めるものであり、ソレを背負うものではないのだから。
気分を害された方がいらっしゃれば、申し訳ございません。
この話で129章が終わります。
次話から第130章「乱筆乱文、乱射乱撃」です。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。




